【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純

文字の大きさ
76 / 105
幸せな日々って、多分こういうこと

ロイスナーの市場 3

しおりを挟む
「あぁ。私が領主のベルンハルトだ」

 アルベルトの後ろに立っていた男の子は、ベルンハルトが視線を合わせようとかがめば、堂々とその前に姿を表した。

「領主様は素晴らしい方だと父さんからききました。冬でもお腹がすかずにすむのは、領主様のおかげだと。ありがとうございます」

 決して隠れていたわけじゃない少年は、ベルンハルトを前に大きく頭を下げた。

「ハンス!」

 周りの人垣の中から、焼き菓子屋の主人が駆け込んできた。

「父さん!」

 その少年の様子から、父さんというのは焼き菓子屋の主人のことだろう。駆け込んできたままの勢いで、ベルンハルトの前に跪き、深く頭を下げた。

「息子が失礼を致しました。責任は全て親である私にあります!」

 突然目の前で繰り広げられる謝罪に、驚かされたのはベルンハルトであった。

「い、いや。私は何も……」

 どうすれば良いかわからず、ついアルベルトの方へ視線を投げれば、アルベルトも首を横に振っていた。

「ベルンハルト様はそのようなことでは怒りはしません」

 人垣の後ろの方から、聞き慣れた声が聞こえてくる。いつだって進むべき道を整えてくれる、苦手だが頼りになる元執事長の声。

「ヘルムート。どういうことだ?」

「ベルンハルト様は先代とは違うと、そういうことですよ」

 ヘルムートの言葉に、どちらかといえば恐怖で統治を行っていたという父を思い出す。

「父上か」

「えぇ。少々気性の激しい方でいらっしゃいましたから」

 ヘルムートがベルンハルトの前で跪いたままの焼き菓子屋の主人を立たせた。

「ヘルムートさん」

「ご主人、お久しぶりです。ベルンハルト様はそのようなことをせずとも大丈夫だと、お話したじゃないですか」

「ですが……」

「ヘルムート。その主人と知り合いなのか?」

 既に顔見知りのように話をする二人を見て、ベルンハルトの口調に驚きが混じる。

「お茶菓子を買いに市場に来ることもありますから。その時に何度か」

 詳しく話を聞けば、ヘルムートは街へ出る度にベルンハルトのことを吹聴して回っていたらしい。先代当主に怯えて暮らしていた領民達から恐怖を拭い去りたかったようだが、そもそもベルンハルト自身が街へ出てくることもない。
 人々にとっては、ヘルムートの話だけでは信じきることもできず、その恩恵を受け感謝していようとも、本人を目の前にあのような態度になったと。
 領民達が怖がっていたのは、仮面をつけたベルンハルトではなく、先代の影。誰もベルンハルト自身を怖がってなどいなかったのだ。


「領主様。これ、父さんが作ったものです。ぜひ一度食べてみてください!」

 ヘルムートから話を聞き終えて、まだ呆然としているベルンハルトに、ハンスが差し出したのは綺麗に包まれたお菓子。

「私に? くれるというのか?」

「はい! おいしかったら、また買いにきてください!」

「ははっ。私相手に商売をしようというのか」
 
 差し出されたお菓子を、その小さな手から受け取りながら、ベルンハルトは楽しそうに笑う。
 その地位を知っている貴族達にすら、避けられ続けた存在。公爵にでもならなければ、まともに取り合ってくれる人間などいないはずだった。
 それが、ベルンハルトの爵位も素顔も声すら知らなかった領民は、こんなに真っ直ぐに自分を見つめてくれる。きちんと向き合ってくれる。
 これまで必死で守ってきた結果を、ハンスが教えてくれた。

「領主様?」

 笑顔だったはずのベルンハルトの目に涙が浮かんだのが、ハンスには見えてしまったのかもしれない。少し心配そうな顔を覗かせるハンスの頭を、撫でるように触った。

「必ず買いにこよう。ヘルムートではなく、私自身が。約束する」

 涙は仮面の下に隠したまま、ベルンハルトは貴族らしい隙のない笑顔を作り上げた。


 その後の視察は滅多に姿を現さない領主の出現に、そこら中が大騒ぎであった。
 ハンスとの出来事がどうなることかと遠巻きに伺っていた人々が、次から次へと押し寄せ、ベルンハルトとリーゼロッテの周りを取り囲む。
 そして口々に今の生活への感謝と、二人の結婚のお祝いを告げた。
 結婚式のその当日ですら、心から祝いの言葉をくれたのはわずかで、そんな二人の結婚をこんなにも祝福してくれる人々がいる。そのことに嬉しさを覚え、そしてこれまで必死でやってきたことが間違いではなかったと、心から安堵した。


「市場は楽しかったですね」

 帰りの馬車の中で、リーゼロッテが思い返すように口にした。

「あぁ。だが、あれでは買い物にならなかったな」

「ふふ。そうですね。ですが、良いじゃないですか。また参りましょう?」

「もちろんだ。また、行こう。ハンスと約束もしたからな」

 ベルンハルトの仮面のことなど、気にする様子もなく話しかけてきた人々のことを思う。どうだっていいと思っていた辺境伯の務めが、こんな風に報われる時が来るなど思いもよらなかった。

 ベルンハルトがリーゼロッテに向かって穏やかに微笑めば、車内に同乗しているアルベルトとイレーネの様子が気にかかる。イレーネは何とか目を逸らそうとしているが、アルベルトはその素振りすらない。
 護衛を兼ねて同乗させてはいるが、こうなれば従者などというのは邪魔だと思う。リーゼロッテを抱きしめたいという欲望を必死で抑え込んだ。
 いくらアルベルトとはいえ、そんな場面を見せる気にはならない。

「ヘルムート。城まで急いでくれ」

 馬の手綱を握っているヘルムートに、直接指示を言い渡す。
 少しの馬車酔いと引き換えに、最速で城に到着することが叶った。
 
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

普段は地味子。でも本当は凄腕の聖女さん〜地味だから、という理由で聖女ギルドを追い出されてしまいました。私がいなくても大丈夫でしょうか?〜

神伊 咲児
ファンタジー
主人公、イルエマ・ジミィーナは16歳。 聖女ギルド【女神の光輝】に属している聖女だった。 イルエマは眼鏡をかけており、黒髪の冴えない見た目。 いわゆる地味子だ。 彼女の能力も地味だった。 使える魔法といえば、聖女なら誰でも使えるものばかり。回復と素材進化と解呪魔法の3つだけ。 唯一のユニークスキルは、ペンが無くても文字を書ける光魔字。 そんな能力も地味な彼女は、ギルド内では裏方作業の雑務をしていた。 ある日、ギルドマスターのキアーラより、地味だからという理由で解雇される。 しかし、彼女は目立たない実力者だった。 素材進化の魔法は独自で改良してパワーアップしており、通常の3倍の威力。 司祭でも見落とすような小さな呪いも見つけてしまう鋭い感覚。 難しい相談でも難なくこなす知識と教養。 全てにおいてハイクオリティ。最強の聖女だったのだ。 彼女は新しいギルドに参加して順風満帆。 彼女をクビにした聖女ギルドは落ちぶれていく。 地味な聖女が大活躍! 痛快ファンタジーストーリー。 全部で5万字。 カクヨムにも投稿しておりますが、アルファポリス用にタイトルも含めて改稿いたしました。 HOTランキング女性向け1位。 日間ファンタジーランキング1位。 日間完結ランキング1位。 応援してくれた、みなさんのおかげです。 ありがとうございます。とても嬉しいです!

妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。

向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。 幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。 最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです! 勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。 だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!? ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。繁栄も滅亡も、私の導き次第で決まるようです。

木山楽斗
ファンタジー
宿屋で働くフェリナは、ある日森で卵を見つけた。 その卵からかえったのは、彼女が見たことがない生物だった。その生物は、生まれて初めて見たフェリナのことを母親だと思ったらしく、彼女にとても懐いていた。 本物の母親も見当たらず、見捨てることも忍びないことから、フェリナは謎の生物を育てることにした。 リルフと名付けられた生物と、フェリナはしばらく平和な日常を過ごしていた。 しかし、ある日彼女達の元に国王から通達があった。 なんでも、リルフは竜という生物であり、国を繁栄にも破滅にも導く特別な存在であるようだ。 竜がどちらの道を辿るかは、その母親にかかっているらしい。知らない内に、フェリナは国の運命を握っていたのだ。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※2021/09/03 改題しました。(旧題:刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。)

【完結】婚約者と仕事を失いましたが、すべて隣国でバージョンアップするようです。

鋼雅 暁
ファンタジー
聖女として働いていたアリサ。ある日突然、王子から婚約破棄を告げられる。 さらに、偽聖女と決めつけられる始末。 しかし、これ幸いと王都を出たアリサは辺境の地でのんびり暮らすことに。しかしアリサは自覚のない「魔力の塊」であったらしく、それに気付かずアリサを放り出した王国は傾き、アリサの魔力に気付いた隣国は皇太子を派遣し……捨てる国あれば拾う国あり!? 他サイトにも重複掲載中です。

【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。

まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。 泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。 それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ! 【手直しての再掲載です】 いつも通り、ふんわり設定です。 いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*) Copyright©︎2022-まるねこ

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~

志波 連
ファンタジー
息子と一緒に事故に遭い、母子で異世界に転生してしまったさおり。 自分には前世の記憶があるのに、息子は全く覚えていなかった。 しかも、愛息子はヘブンズ王国の第二王子に転生しているのに、自分はその王子付きのメイドという格差。 身分差故に、自分の息子に敬語で話し、無理な要求にも笑顔で応える日々。 しかし、そのあまりの傍若無人さにお母ちゃんはブチ切れた! 第二王子に厳しい躾を始めた一介のメイドの噂は王家の人々の耳にも入る。 側近たちは不敬だと騒ぐが、国王と王妃、そして第一王子はその奮闘を見守る。 厳しくも愛情あふれるメイドの姿に、第一王子は恋をする。 後継者争いや、反王家貴族の暗躍などを乗り越え、元親子は国の在り方さえ変えていくのだった。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

処理中です...