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それぞれの想い
剣術訓練
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「ステフ!目を瞑ってはいけない!」
「!!……あっ。」
私の声にステフが目を開いた時には、既に兎は逃げ出した後だ。
「すいません。」
ステフが謝りながら下を向く。
「気にするな。まだ初日だ。」
昨日ルーイに教えてもらった森へ、私とステフは朝から来ていた。
ステフに合わせて買った剣は、軽く扱いやすい様で、ステフはどんどん腕をあげていく。剣を扱うのに、適した体をしているとは思ったが、これ程までとは。
ただ、ステフは獲物に剣を振るう、その瞬間に目を瞑ってしまう。どれだけ腕が良くとも、目を瞑れば剣は当たらぬ。兎や鳥の様に素早いものであれば尚更だ。
「どうして、目を瞑ってしまうのでしょうか。」
「どう……心のどこかで、当てたくないと思っているのかもしれないな。剣を当てれば、兎は生きてはいないからな。」
「……」
「ステフは優しいんだな。」
「アイシュタルトは……怖くないんですか?」
「怖い?」
「その……」
「倒さねば、こちらがやられる。獣は兎だけではないからな。」
「そう、ですよね。」
「気にしすぎだ。そのうち慣れる。」
本当は、相手を倒すことになど、慣れなくても良い。これは決して商人の、ステフの仕事ではない。だが、やはりあの様に逃げてばかりでは、いつ命を落としてしまうかわからぬ。
定住しない旅商人だからこそ、つきまとう危険がある。ステフに身を守る術を持たせておきたい。どちらも、私の本心だ。
「アイシュタルトは、何故騎士になったのですか?」
「私か?何故……と言われても。」
自分のことではあるが、騎士になった理由など考えたこともなかった。成人する前から、騎士の訓練所にいたのは違いない。
「騎士に育てられたからな。」
「親の職業ということですか?」
「いや。私は両親の顔を知らぬ。孤児だからな。他界したのか、捨てられたのか、それすらもわからぬ。気が付けば、騎士たちが交代で私の世話をしてくれていた。だから、そのまま騎士になっただけだ。」
口にすれば火を見るよりも明らかだった。騎士の下で育てられ、騎士のことしか知らない。ただそれだけだ。つまらぬ人生だなと、苦笑する。
「すいません。」
「ん?何がだ?」
「立ち入ったことを聞いてしまいました。」
「謝られるようなことではない。誰にも聞かれぬから、誰にも話さぬ。聞かれれば隠すようなことでもない。隠したところで、事実は変わらぬ。」
脱国し、姫への気持ちを隠している今とは違い、何も罪に問われるようなことでもない。
「そ、そうですか。」
「ステフは何故旅商人になったのだ?」
「僕ですか?!」
「あぁ。あれは厳しい職業であろう?」
「両親が亡くなって、サポナ村にはいられなくなって、兄さんを探し始めたんです。ですが、どこに行ってしまったのかわからなくて、どこにでも行き来のできる旅商人にでもなれば、探し出せるかなって。それだけです。」
「それならば、会えて良かったのだな。」
「まさか、カミュートにいたままとは思っていませんでしたけど。」
ステフの顔に不満が浮かぶ。
「ククッ。それもそうだ。わざわざ国を移動できるまでになったのにな。」
「本当ですよ!シャーノを歩く時も、コーゼを歩く時も、兄さんに似た人を気にして……」
「大変だな。だが、ステフが旅商人でいてくれたから、私はこうしてカミュートにいられる。」
「もちろん、旅をするのも楽しいですけどね。カミュートでは見ることのできないものもたくさん見てきました。」
「いつか、定住するのか?」
「わかりません。定住するのであれば通行証を返却することになります。そうすれば、国を移動することができません。今の生活を楽しんでいる自分がいるのも事実です。」
「国同士もどうなるのかわからぬ時だ。ステフの思うように生きれば良い。その時に、剣術が少しでも其方の力になれば良いと思う。」
「本当にありがとうございます。」
「一方的な私の思いだ。嫌になれば、やめれば良い。本来の仕事ではないのだからな。さぁ、今日はこの辺にしておこう。」
独りよがりな思いになっていなければ良いと、それだけを思う。
「!!……あっ。」
私の声にステフが目を開いた時には、既に兎は逃げ出した後だ。
「すいません。」
ステフが謝りながら下を向く。
「気にするな。まだ初日だ。」
昨日ルーイに教えてもらった森へ、私とステフは朝から来ていた。
ステフに合わせて買った剣は、軽く扱いやすい様で、ステフはどんどん腕をあげていく。剣を扱うのに、適した体をしているとは思ったが、これ程までとは。
ただ、ステフは獲物に剣を振るう、その瞬間に目を瞑ってしまう。どれだけ腕が良くとも、目を瞑れば剣は当たらぬ。兎や鳥の様に素早いものであれば尚更だ。
「どうして、目を瞑ってしまうのでしょうか。」
「どう……心のどこかで、当てたくないと思っているのかもしれないな。剣を当てれば、兎は生きてはいないからな。」
「……」
「ステフは優しいんだな。」
「アイシュタルトは……怖くないんですか?」
「怖い?」
「その……」
「倒さねば、こちらがやられる。獣は兎だけではないからな。」
「そう、ですよね。」
「気にしすぎだ。そのうち慣れる。」
本当は、相手を倒すことになど、慣れなくても良い。これは決して商人の、ステフの仕事ではない。だが、やはりあの様に逃げてばかりでは、いつ命を落としてしまうかわからぬ。
定住しない旅商人だからこそ、つきまとう危険がある。ステフに身を守る術を持たせておきたい。どちらも、私の本心だ。
「アイシュタルトは、何故騎士になったのですか?」
「私か?何故……と言われても。」
自分のことではあるが、騎士になった理由など考えたこともなかった。成人する前から、騎士の訓練所にいたのは違いない。
「騎士に育てられたからな。」
「親の職業ということですか?」
「いや。私は両親の顔を知らぬ。孤児だからな。他界したのか、捨てられたのか、それすらもわからぬ。気が付けば、騎士たちが交代で私の世話をしてくれていた。だから、そのまま騎士になっただけだ。」
口にすれば火を見るよりも明らかだった。騎士の下で育てられ、騎士のことしか知らない。ただそれだけだ。つまらぬ人生だなと、苦笑する。
「すいません。」
「ん?何がだ?」
「立ち入ったことを聞いてしまいました。」
「謝られるようなことではない。誰にも聞かれぬから、誰にも話さぬ。聞かれれば隠すようなことでもない。隠したところで、事実は変わらぬ。」
脱国し、姫への気持ちを隠している今とは違い、何も罪に問われるようなことでもない。
「そ、そうですか。」
「ステフは何故旅商人になったのだ?」
「僕ですか?!」
「あぁ。あれは厳しい職業であろう?」
「両親が亡くなって、サポナ村にはいられなくなって、兄さんを探し始めたんです。ですが、どこに行ってしまったのかわからなくて、どこにでも行き来のできる旅商人にでもなれば、探し出せるかなって。それだけです。」
「それならば、会えて良かったのだな。」
「まさか、カミュートにいたままとは思っていませんでしたけど。」
ステフの顔に不満が浮かぶ。
「ククッ。それもそうだ。わざわざ国を移動できるまでになったのにな。」
「本当ですよ!シャーノを歩く時も、コーゼを歩く時も、兄さんに似た人を気にして……」
「大変だな。だが、ステフが旅商人でいてくれたから、私はこうしてカミュートにいられる。」
「もちろん、旅をするのも楽しいですけどね。カミュートでは見ることのできないものもたくさん見てきました。」
「いつか、定住するのか?」
「わかりません。定住するのであれば通行証を返却することになります。そうすれば、国を移動することができません。今の生活を楽しんでいる自分がいるのも事実です。」
「国同士もどうなるのかわからぬ時だ。ステフの思うように生きれば良い。その時に、剣術が少しでも其方の力になれば良いと思う。」
「本当にありがとうございます。」
「一方的な私の思いだ。嫌になれば、やめれば良い。本来の仕事ではないのだからな。さぁ、今日はこの辺にしておこう。」
独りよがりな思いになっていなければ良いと、それだけを思う。
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