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それぞれの想い

カミュートの暑さ

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 ステフと剣術の訓練を始めてから半月が経とうとしていた。私は徐々に暑くなっていく毎日の気温に嫌気がさしていた。

「毎日、暑すぎないか?」

 朝の用意をしながら、外に出て待ち受ける暑さを想像し、思わず本音がこぼれた。

「お?アイシュタルトが弱音とは、珍しいな。」

「我慢ができなくなってきた。」

「毎日、森に行くのも辛くなってきましたよね。」

「二人は、平気なのか?」

「慣れてるからなぁ。生まれてから、ずっとこの気候だし、気にもならないよ。」

 この気温に限界を感じているのは私だけということか。

「森の中に行けば、まだ良い。辛いのはそこまでの道のりだ。」

「そろそろ、涼しくなっていくと思うんですけど、涼しくなる少し前が一番辛いんですよ。」

「騎士様も、暑さには弱いんだな。」

「不慣れなだけだ。」

「後数日もすれば、徐々に和らいでいくはずです。」

「そうか、それならば耐えられる。」

「それなら、少し休みにしたら?ちょうどステフにも話を聞きに行ってもらいたいと思ってたんだ。」

 ルーイの提案に、簡単に頷きそうになる。私らしくもない。

「ステフはそれで良いのか?」

「はい!数日お休みをいただけるのであれば、隣の村へ行ってきますよ。そちらはより国境に近いですし、宿には旅商人が多くいますので。」

「それいい!そうしろよ。」

「私たちも行った方がいいのではないのか?」

「だめだめ。俺たちが行ったってなんの役にも立たないよ。」

 旅商人の社交場……か。

「大丈夫です!そっちに行って、数日宿泊してきます。そうすれば、きっと何か聞けますから。」

「役に立たず、すまない。」

「アイシュタルトにはいつもお世話になっていますから。任せてください!昨日加工場に依頼したものも受け取ってから行ってきますね!」

「頼むな。」

「うん。4日で帰ってくる。暑さも和らげばいいけど、アイシュタルトに無理させないでね。シャーノの夏とは大違いなんだ。」

 私たちにそう約束して、ステフが出かけていく。


 
「ステフの訓練は、順調?」

「聞きたかったのはそれか?」

「他にもあるけど、まずはね。兄として、気になるよ。」

「順調だと思う。」

 最初に苦労していた、目を瞑ってしまうことも最近では減った。加工場に依頼するものも、ステフが仕留めたものが多くなっている。

「そっかぁ。うまくいってるんだ。」

「あぁ。兎も狐も仕留められる。もう少し別の獣に会える場があるといいのだが。」

「別……犬とか?」

「あぁ。」

「そしたら、加工場に近いところだ。そこなら、もう少し大きい獣が出る。」

「加工場か。」

 想像して、つい顔をしかめてしまう。

「わかった?今はさ、暑いから臭いがきついんだよ。」

 依頼する一時なら我慢もできる。だが、あの臭いの中に一日中は、耐えられそうにない。

「あそこで働いている者たちは、何故耐えられるんだ。」

「賃金は、良いんだよね。後は、元々鼻が利かないとか。」

「そういうことか。」

「じゃないとやれないよ。俺でも我慢できないだろうな。食い逃げするわ。」

「まだする気か。」

「ステフの前ではね、やらない。」

 兄としての威厳、というやつか。既に大部分が失われつつあるが。

「その方が良い。ステフもせっかく会えた兄が食い逃げで捕まっていては、悲しむだろう。」

 いつだったか聞いた、ステフが旅商人になった理由を思い出す。兄に会いたかったと言った顔が脳裏に浮かぶ。

「それとさ、もう一つ聞きたいんだ。」

「何だ?」

「コーゼに嫁いだ、シャーノの姫って、どんな人?」

「ど、どんなというのは?」
 
 私の心臓が跳ね上がった。先ほどまでと変わらぬ調子でルーイは私に尋ねるが、私は気が気ではなかった。ルーイが私たちと離れて行動していた理由は、これであったか。

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