光城 朱純

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絡みつく

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 初めてここにたどり着いたのは、もう幾年前のことだろうか。
 降りしきる雨粒からこの身を庇おうと、屋根が葺かれたばかりの社に入り込んだ。
 まだ神が住み着く前の建物は、新しい木材の匂いが立ち込めていて、居心地が良かった。
 雨宿りのつもりが一日、また一日と日を重ねてしまい、気がつけば年を重ねてしまっている。

 神の住まいになるべき場所であったせいか、そこに存在する力が、徐々に私の体に入り込んだ。
 私のことを駆除するはずの人間すら、自らの力では近づくことができなくなったのはいつからだろうか。

「あぁ。退屈だ」

 私の声を聞き付けたように、しゅるしゅると糸が伸びてゆく。
 しまった。私の退屈しのぎに、また誰かがつれてこられてしまう。
 私は、もう感情を動かしてはいけないというのに。
 私の欲求を叶えようと、糸は何かを捕えて戻る。その何かを見た途端に、私の意識を占領する本能。
 糸があるかぎり、私は自身の気すら自由にならない。



✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



「昨日は大変世話になった。ここらで私も出発させてもらうとしよう」

「大したお構いもできませんで。懲りずにまた立ち寄ってくださいませ」

 昨夜私が泊めてもらおうと思っていた家を見ながら、老婆は困ったように笑った。
 夜な夜な側に寄り付いてくる女たちから逃げるように、老婆の家に転がり込んだのだ。

「見境のない娘達で困りました」

「いえ。仕方のないことかもしれませんので」

 このように周りに何もない土地では、人の行き来も稀であろう。退屈な時間と体を持て余せば、欲を抑えきれなくなるのも理解する。
 ただ、私が相手をすることはない。

「ありがたいお言葉です。それではまた」

「ところで、この先の森の中にある社は、取り壊したりはしないのですか?」

「あそこには、近寄ってはなりませぬ」

「えぇ。それは聞いております。ですが、あのままでは朽ち果ててしまうだけ。それを放っておくのもいかがなものでしょうか」

「あれには、近寄ることができません。周りをびっしり蜘蛛の糸が埋め尽くしておりまして、焼き払おうとも次から次へと伸びてきて。何かよくないものが憑いておるんでしょうな。不気味に思って誰も近寄りません」

「そうでしたか」

 水に濡れて煌めいていた蜘蛛の糸を思い出す。
 物の怪の方が……とも思ったが、本当に憑いているとは。
 恐ろしや。人間も物の怪もどちらも本に恐ろしい。

 老婆と別れた村の入り口。そのまま真っ直ぐ元の街道へと進んで行く。
 急ぐ道ではないけれど、無駄に時間を使う旅でもあるまい。

 足を進めていけば、横目に見えるはあの社だ。
 ぞわぞわと背筋を這い回る気味悪さを感じながら、更に早く歩みを進める。
 走り出さないのは誰に対する意地であろうか。
 
 足早に通り過ぎてしまえば良かった。
 意地を張らずに走り抜けてしまえば良かった。
 それなのに、ふと何を思ったのか足が止まる。
 自らの意思ではない。
 それだけは間違いじゃない。

 足元に絡みつく蜘蛛の糸。
 蜘蛛の糸なんてものじゃない。
 まるで強固な紐の様。
 昨日、糸が煌めいた道。
 そこから伸びる糸。
 私の足へとまとわりついたそれに、そのまま引きずり込まれた。
 
 
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