第四王子の運命の相手は私です

光城 朱純

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二人、馬車の中で

「おはようございます。ライナルト殿下、エラ。間もなく出発です。ご準備、整っていますか?」

 ライナルトとエラも共に村に向かうと決めた会議から二日。ダームエルが声をかけに来たのは、その日の早朝だった。

「ダームエル様、おはようございます。昨日ご連絡いただいた通りに用意いたしましたので、ご心配は無用です」

「それならば、そちらを持って庭に降ります。馬車が用意してありますので、お二人はそちらにお乗りください」

 エラとライナルトとの関係に変化はあったものの、たった二日では周りに何の変化もない。
 エラに話しかけるダームエルの態度が、どことなく遠慮がちに見えること以外は。

「ありがとうございます」

「今回は騎士団の他、魔塔より聖魔法の使える者の同行がきまっております。その者たちに紛れるように馬車を用意してありますので、お二人の存在が目立つこともないでしょう」

「ダームエル。わざわざすまない」

「ジークフリート殿下を始めとした皆様のお心遣いです」

 闇魔法の使い手だと知られているライナルトが、心無い者の態度で傷つかないように。
 平民を見下して過ごす貴族が、エラのことを蔑んだりしないように。
 二人のことを想った兄達の、最大限の配慮。

 この部屋に閉じ込められ、魔法を使うことを禁じられ、無気力に日々を消化する中で、兄のやることを穿った目で見ていた。
 闇魔法を使うライナルトを嫌悪しているのだろうと、そう思っていた日々。

「それならば、心して受け取らなければならないな。期待に応えられるよう、精進する」

 ダームエルと話しているエラの背後から、ライナルトが顔を覗かせる。
 エラの肩に両手を乗せ、そっと自分の後ろへと追いやり、ダームエルとエラの間に割って入る様は独占欲にまみれた幼子のようで。
 その態度を隠そうともしないライナルトを見たダームエルが目を逸らしたのは、思わず笑い出してしまいそうになったからだろう。

「お二人でご一緒の馬車となります。その周りを囲むように騎士団が配置されております。私もおりますので、何かありましたら申し付け下さい」

 笑い声を堪えたまま、ダームエルが荷物を持って部屋を出る。
 エラとライナルトも、それを追うように部屋を後にした。


「ば、馬車というのは、これほど揺れるものだったか?」

 地面から伝わる振動に体を任せながら、ライナルトがそう呟いた。

「少し速いからでしょうか。それでも、これぐらいのものです」

「そ、そうか。あまり心地よいものではないな」

 馬車の振動の不快さと、窓から見える景色の新鮮さにライナルトの気持ちは落ち着かなかった。

「ライナルト殿下は、あまりお好きではないみたいですね」

「乗り慣れていないからな。城の外に出たのが、いつぶりかもわからぬ」

「それでは、また私と一緒に出かけましょう?」
 
 拗ねたように外を向いたライナルトの手を、エラがそっと握ってそう言った。

「だが、今度はいつあの部屋から出られるかもわからん」

「ふふっ。いつでもいいではありませんか。いつかの、お約束です」

「いつか……か」

「はい」

 城の外どころか、部屋の外に出ることすら滅多にないライナルトと、その運命の相手だというエラに、そのいつかが訪れる可能性は少ない。
 だが、今この瞬間だけは、二人で外に出られる時間を大切にしていたい。それが二人の共通の願いだ。

 二人きりの幸せな時間も間もなく終わる。
 馬車の速度が少しずつ弱まり、エラの目に見覚えのある景色が映る。

「ライナルト殿下。見て下さい! あれが……私の……」

 故郷へ続く景色をライナルトに見せたいと、そう思ってかけた声は、徐々に小さく途切れ始める。

「エラ? どうした?」

 眉間にしわを寄せたまま、馬車の不快な振動に耐えていたライナルトも、エラの言葉が霞んでいくのを聞いて外を覗き込んだ。
 
「生まれ育った、村なんですが……」

「エラはここで暮らしていたんだな」

 言葉を詰まらせたエラとは対照的に、ライナルトはその景色を慈しむように穏やかな声を出した。

「本当は、本当はもっと……綺麗な場所なんです」

 目の前に広がった景色は、エラの知っている村とはまるで違うものだった。

「うん。わかってる」

 エラを慰めるように、ライナルトの手がエラの頭に触れる。その優しさが、余計に今の村の現状を際立たせて、傷つけられた故郷への思いが、エラの涙を溢れさせる。
 斜めに切られた木、鋭利なもので切り付けられたような跡の残る地面。村の中央に向かって少しずつ増えていく家も、屋根や壁が切り取られて、無惨な姿を見せた。
 村の真ん中、大きく開けた広場で騎士団の多くが隊列から離脱する。
 馬車に乗ったままの聖魔法の使い手はそこから少し進んだ先、森に近い位置で馬車を降りた。彼らに気が付かれないように馬車の中から様子を伺えば、ハーロルトが先頭で何かを話してるのが見える。

「エラ。もう少し屈まないと気が付かれてしまう」

 二人の存在が貴族達の目に触れないように、できる限り離れて動くようにと、それがジークフリートからの厳命だ。

「私たちはどうすれば良いのでしょう?」

「アルフレート兄上とダームエルがいる。しばらくは大人しくしておこう。二人に任せておけば良い」

 そう言って静かに目を閉じたライナルトの手が小刻みに震えているのをエラは見逃さない。
 村の惨状を見て、闇魔法による被害を思い知ったのだろう。

「そうですね。お二人がいれば、悪いようにはなりませんね」

 エラは敢えて呑気な声を出して、改めてライナルトの隣にそっと座り直した。
 狭い車内で触れ合う肩越しに、ライナルトの不安を感じることができないものかと考えるが、服で遮られた肩からは体温すら感じることができない。

「ライナルト殿下、よろしいですか?」

 二人が並んでその時が来るのを待っていれば、突然外から響くダームエルの声。

「あぁ」

「少しエラに確認してもらいたい場所があります。ライナルト殿下も、ご覧になりますか?」

「私もエラと共に行く」

「かしこまりました。それではお渡ししたフードを着けて、ついてきて下さい」

 顔が見えないような深さのあるフードをダームエルに渡されていたのは、このためだったのだろうか。
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