熱帯植物街

関谷俊博

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約束の八時がきた。
ぶあついサイバーゴーグルを、ぼくは装着して、右側のスイッチを捻った。〈熱帯植物街〉へのログインの開始だ。

窓についた水滴のような白い光が、次第に数を増やしながら、めまぐるしく点滅する。やがて、白い光は視界を埋め尽くし、霧におおわれたように真っ白になった。

やがて、霧は次第に取り払われ、目の前に熱帯の森がひろがった。
ここが〈熱帯植物街〉。街は廃墟と化していて、熱帯の森に埋れている。街には、学校も病院も遊園地もあったが、全ては崩れかけ、退廃的な雰囲気を醸し出していた。
そのとき、傍らに青白い発光体が出現し、輝きを強めていった。発光体はうごめききながら、次第に人の形をとり始める。
約束の時間通りだ。やがて輝きは弱まり、いとちんの姿が朧げに浮かびあがった。
「お待たせ。かっちゃん」
息をはずませて、いとちんは言った。
「いや。ぼくもいま来たところだよ」
「今日こそ、レベルアップしようよ。モンスターいっぱい倒してさ」
いとちんが、そう答えたときだった。
ステルス戦闘機のような大型のトビハネエイが、滑空しながら、ぼくらに毒霧を吹きつけてきた。
ぼくといとちんは、慌ててそれを避けた。いとちんが、剣を構える。あっという間に、いとちんはトビハネエイを真っ二つにした。さすが、いとちんだ。いとちんに30ポイントが加算された。
「やるな。いとちん」
ぼくは感嘆の声をあげた。
「たいしたモンスターじゃない」
いとちんは、剣を鞘におさめながら、
「ザコだ」
そう言って、にやりと笑った。
〈熱帯植物街〉はネットワーク上の仮想世界だ。正式に言えば「電脳空間」とか、「サイバースペース」とか言うらしい。だけど、ぼくらにとって、そんなことはどうでも良くて、思いきり遊べるもう一つの世界なのだ。


〈熱帯植物街〉には、先ほどのトビハネエイのような得体の知れないモンスターや食人植物、川には巨大ピラニアまでいるが、レベル16まで行ったぼくらは、まず無敵だ。
モンスターを倒すごとに体力や戦闘能力がアップするので、初めて出会うモンスターでも、戸惑うことはほとんどない。まかり間違って倒されてしまっても、バックアップを小まめに取っておけば、またそこからやり直すだけのことだ。
「来るかなあ、フローラ」
独り言のように、ぼくはつぶやいた。
「フローラは気まぐれだからねえ」
いとちんが言ったとき、ぼくらの前の空間が輝きだした。その発光体は蠢きながら、やがて人型となった。輝きは弱まり、ほっそりとした少女が出現した。
「フローラ!」
ぼくといとちんは、同時に叫んだ。
フローラとは、しばらく前から、パーティを組んでいる。サイバーゴーグルの機能を使用すれば〈熱帯植物街〉の外でも連絡を取り合うことはできたが、ぼくもいとちんも生身のフローラを知らない。
生身のフローラが、本当にこのような姿をしているのかもわからない。
ぼくやいとちんは、生身の自分の姿を〈熱帯植物街〉でも使用していたが、その気になれば、自分でデザインしたコンピュータグラフィック画像を〈熱帯植物街〉に投影させることもできるのだ。
フローラとは〈熱帯植物街〉内で知り合い、行動を共にするようになった。わかっているのは、フローラがぼくらと同じ小学五年生らしいということだけだった。フローラがそう口にしたのだ。
「お待たせしました。遅れてごめんね」
フローラは言った。
「さあ、行きましょうか」
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