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関谷俊博

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ケンイチは崩落しかけたアパートの一室を当てがわれた。部屋には四本の棒の着いた平たい木の板と、もう少し小さめな木の板(後になって机と椅子と呼ぶのだと、ユウシンが教えてくれた)が置かれていた。その殺風景な部屋でケンイチは書物を開き、再び自分の「モノガタリ」を読み始めた。「モノガタリ」にはケンイチが此処に来るまでの経緯と道程、ユウシンとの再会が語られていた。そして記述は以下の様に続いていた。

ケンイチは崩落しかけたアパートの一室を当てがわれた。部屋には四本の棒の着いた平たい木の板と、もう少し小さめな木の板(後になって机と椅子と呼ぶのだと、ユウシンが教えてくれた)が置かれていた。その殺風景な部屋でケンイチは書物を開き、再び自分の「モノガタリ」を読み始めた。「モノガタリ」にはケンイチが此処に来るまでの経緯と道程、ユウシンとの再会が語られていた。そして記述は以下の様に続いていた。

ケンイチは「モノガタリ」を読みながら考えていた。この「モノガタリ」は過去のケンイチが書き記したものではなかろうか。
理由はただ一つ。未来のケンイチに「記憶」を引き継いでもらう為である。魂を別の身体に移植すれば記憶が失われることを、過去のケンイチや仲間達は知っていたのだろう。
だが過去のケンイチが未来のケンイチに「記憶」を引き継がせたかった理由は果たして何であろうか。  
その時ドアがノックされユウシンが部屋に入ってきた。
「夕餉だよ。たいした物は無いが」
夕餉はケンイチも良く知っているヌタイモリと白髪蕨の炒め物だった。
「トモベはどうした」
気に掛かっていた事をケンイチはユウシンに尋ねてみた。
「此処に来た筈だが…」
「トモベは先に出ていった」
ユウシンは呟いた。
「迷殻舟に戻って、また一から始めるんじゃないか」
その言葉からユウシンが、この世界の理を理解している事が分かった。
体験の反復。それが此の世界の理であり、自然律なのであろう。
過去のケンイチが書いた「モノガタリ」と自分の体験が寸分も違わない事から、それは推測できた。何故なのかは分からない。だがそもそも、世界の理に理由等あるものだろうか。
ケンイチは再度尋ねてみた。
「どうしてユウシンは、そんなに色々な事を知ってるんだ。俺が誰かも理解している。身体を乗り換えたら記憶は失われるんじゃなかったのか」 
「その通りだ。魂を移し替えれば記憶は失われる」
「それじゃ、どうして…」
ユウシンは肩に掛けた皮袋を探っていたが、やがて一冊の書物をケンイチに差し出した。
「此れを読んだからさ」 
其れは背表紙に「ユウシン」と書かれた書物だった。

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