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そのことに気づいたのは、森を二十分も進んだころ。煙のにおいが、風にのって運ばれてきたんだ。
かんちがいかと思ったけど、そうじゃない。パチパチという木の枝がはぜるような音まで聞こえはじめた。
やぶをかきわけて、何度かころびながら駆けた。
「美波! 賀茂さん!」
二人はやっぱりぼくの前にいた。
「亮太!」
「亮太くん!」
賀茂さんが叫んだ。その頃にはもう、あたりいちめんに煙が、ただよっていた。
「村人に感づかれたんだ。鬼塚ごと焼きはらう気だ」
あっという間に、ぼくらは炎にかこまれてしまった。熱い風がふきつけてくる。逃げ場はなかった。
ぼくらは、煙にせきこみながら、動けずにいた。のどが痛い。炎はどんどんせまってくる。熱い。ぼくらは完全に追いつめられてしまったのだ。
気を失いそうになったとき
「スイジンヲヨベ」
耳もとで声がした。美波の声ではない。賀茂さんの声でもない。賀茂神社で聞いたあの声…。
「ナウマク サンマンダ」
ぼくの口から、呪文のような言葉がもれだした。
「ボダナン バルナヤ ソワカ」
雨がふりはじめた。それも滝のようなはげしい雨だ。こんな雨ははじめてだった。
白い水蒸気をあげながら、炎がみるみる消えていく。信じられなかった。
「目ざめたな!」
賀茂さんが叫んだ。
「信じられん。呪を一度、となえただけで」
美波が言った。
「これが亮太の本当の力か…」
「今のは…今のはなんだったんですか…」
まだ、せきこみながら、ぼくは賀茂さんにたずねた。
「亮太くんがとなえたのは水神の呪。雨ごいの儀式に使う呪なんだよ」
「雨ごい…」
「だけど、呪をとなえただけで、雨がふるのを見たのは初めてだ。それだけ亮太くんの力が強いということだね。さすが安倍一族の子孫だ」
「安倍一族…」
「亮太くんの苗字の安倍。それはお父さんの苗字じゃないだろう」
「ええ。父さんの苗字は鈴村っていいます。父さんが死んだとき、母さんは元の苗字に戻ったんです」
「景晴の怨霊を倒した陰陽師は、安倍成平。きみの先祖なんだよ。亮太くんには、その先祖と同じ血が流れてるんだ」
「そうだったんですか…」
「とにかく先を急ごう。村の者がまた何をしてくるか、わからない」
賀茂さんが言った。
ぼくらはまた進み始めた。森のやぶは、ほとんどが焼けている。黒こげになった森の木が、あちこちで倒れてた。
「ひどいな」
賀茂さんが顔をしかめた。
「この森がもとにもどるには、何十年もかかる」
とつぜん、美波が立ち止まった。
「親父」
美波の顔は少し青ざめている。
「さっきから肩が重いんだが、親父はなんともないか?」
「私はなんともないが…」
賀茂さんは言った。
「亮太くんはどうだ?」
「ぼくもなんともないです」
「そうか」
美波はうなずいた。
「私の気のせいかもしれない。行こう」
美波はまた歩きだした。
かんちがいかと思ったけど、そうじゃない。パチパチという木の枝がはぜるような音まで聞こえはじめた。
やぶをかきわけて、何度かころびながら駆けた。
「美波! 賀茂さん!」
二人はやっぱりぼくの前にいた。
「亮太!」
「亮太くん!」
賀茂さんが叫んだ。その頃にはもう、あたりいちめんに煙が、ただよっていた。
「村人に感づかれたんだ。鬼塚ごと焼きはらう気だ」
あっという間に、ぼくらは炎にかこまれてしまった。熱い風がふきつけてくる。逃げ場はなかった。
ぼくらは、煙にせきこみながら、動けずにいた。のどが痛い。炎はどんどんせまってくる。熱い。ぼくらは完全に追いつめられてしまったのだ。
気を失いそうになったとき
「スイジンヲヨベ」
耳もとで声がした。美波の声ではない。賀茂さんの声でもない。賀茂神社で聞いたあの声…。
「ナウマク サンマンダ」
ぼくの口から、呪文のような言葉がもれだした。
「ボダナン バルナヤ ソワカ」
雨がふりはじめた。それも滝のようなはげしい雨だ。こんな雨ははじめてだった。
白い水蒸気をあげながら、炎がみるみる消えていく。信じられなかった。
「目ざめたな!」
賀茂さんが叫んだ。
「信じられん。呪を一度、となえただけで」
美波が言った。
「これが亮太の本当の力か…」
「今のは…今のはなんだったんですか…」
まだ、せきこみながら、ぼくは賀茂さんにたずねた。
「亮太くんがとなえたのは水神の呪。雨ごいの儀式に使う呪なんだよ」
「雨ごい…」
「だけど、呪をとなえただけで、雨がふるのを見たのは初めてだ。それだけ亮太くんの力が強いということだね。さすが安倍一族の子孫だ」
「安倍一族…」
「亮太くんの苗字の安倍。それはお父さんの苗字じゃないだろう」
「ええ。父さんの苗字は鈴村っていいます。父さんが死んだとき、母さんは元の苗字に戻ったんです」
「景晴の怨霊を倒した陰陽師は、安倍成平。きみの先祖なんだよ。亮太くんには、その先祖と同じ血が流れてるんだ」
「そうだったんですか…」
「とにかく先を急ごう。村の者がまた何をしてくるか、わからない」
賀茂さんが言った。
ぼくらはまた進み始めた。森のやぶは、ほとんどが焼けている。黒こげになった森の木が、あちこちで倒れてた。
「ひどいな」
賀茂さんが顔をしかめた。
「この森がもとにもどるには、何十年もかかる」
とつぜん、美波が立ち止まった。
「親父」
美波の顔は少し青ざめている。
「さっきから肩が重いんだが、親父はなんともないか?」
「私はなんともないが…」
賀茂さんは言った。
「亮太くんはどうだ?」
「ぼくもなんともないです」
「そうか」
美波はうなずいた。
「私の気のせいかもしれない。行こう」
美波はまた歩きだした。
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