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そんな訳で、またまた白井はうちへとやってきた。ギターをアンプにつなぐと、白井は言った。
「じゃあ、始めるよ」
「ああ。了解」
白井がギターを弾き始める。俺はそのメロディに耳を済ませた。いい感じだ。俺は歌い始めた。
お願いだよ
出来の悪い神様
もう少しマシになってよ
ぼくはもう
クタクタボロボロさ
お願いだよ
くそったれの神様
もう少しマシになってよ
ぼくはもう
待ちくたびれたんだよ
ふかい闇の底で
たかりあう肉
ぼくはもう
耐えられそうにないんだ
命が互いに喰みあう世界に
耐えられそうにないんだよ
白井のソング•ライティングの才能に、俺は改めて感心した。
俺の歌詞が躍動し、そこに息吹きが吹き込まれる。
そして、俺の歌詞と歌によって、白井のギターもまた輝きを放つ。
そんな相乗効果が生まれていた。
最後のリフを決めると、白井は言った。
「とんでもない歌詞と歌い方だな」
白井は、ほっと溜息をついた。
「だけど悪くない。いや、こんなボーカル、これまで聞いたことがないよ。破滅的というか自己破壊的というか」
どうやら白井は気に入ってくれたらしい。
「自己破壊と言うのは、崇高な行為だね。自己破壊を続けることで、俺は何とか生きていられるんだ」
「自己破壊って何かな?」
「究極の自己破壊とは、自ら命を絶つことさ」
「へぇ。荻くんは死に憧れているのかい? タナトス的衝動ってやつかな」
「詩人は二十一歳で死ぬ。ロックンローラーは二十七歳で死ぬ。ジャニス・ジョプリンもブライアン•ジョーンズも二十七で死んだ」
「了解。そういや、ジミ・ヘンドリックスやジム・モリソンも二十七で死んでるな。それなら、きみは詩人よりロックンローラーを選ぶべきだね」
白井は笑っていた。
「ロックンローラーの歳までは一緒に組もうよ。その方が詩人より何年か長生きができる」
その後、俺と白井は一頻り話をした。
「この世界にまともなものなんて、数えるほどしかないんだよ」
俺は言った。
「まともなものって?」
「たとえば、オスカー・ワイルド、スティーヴン・パトリック・モリッシー、ひと気のない美術館」
思わず言葉に力がこもった。
「マイ・フェヴァリット・シングス」
「なに、それ?」
白井が尋ねてきた。
「お気に入りってこと」
「他のやつはわからないが…モリッシーは最高だ」
白井は目を輝かせた。
「僕はジョニー・マーに憧れてギターを始めたんだ」
俺は頷いた。
「やっぱりな。似てると思ったんだよ」
「偉大なる、ザ・スミスか」
「あんなアーティストはもう出ないな。マイノリティや社会的弱者の心の痛みを、ロックに持ち込んだのは、ザ・スミスだけだ。モリッシー自身がマイノリティで社会的弱者だったから、みんな共感するのさ」
白井も深く頷いてくれた。
「モリッシーの意見が全部正しいとは言わない。だけど、これだけは言える。彼は嘘をつかない」
「あんなに素晴らしいバンドに続くアーティストが誰もいないだなんて…」
白井は悔しそうだった。
「だったら俺たちがなればいい」
「えっ」
白井が目を剥いた。
「俺たちがモリッシーとマーになればいいんだよ」
「なれるかな」
「なれるさ」
俺は頭の後ろで手を組んで、壁にもたれかかった。
「おまえはいいパートナーになりそうだ」
翌日も白井はやってきた。俺と白井は夢中で語り合った。好きなアーティストについて。これから結成するであろうバンドの方向性について。
「白井はスミスのどの曲が一番いいと思う?」
「僕? 僕は、ビッグマウス・ストライクス・アゲイン」
「なるほどね。白井らしいな」
「ジョニー・マーのギターが最高なんだ。荻くんは?」
「俺か。俺は、ラストナイト・アイ・ドリームト・ザット・サムバディ・ラブド・ミー」
「珍しいセレクトだね。どんな意味だっけ?」
「昨日の夜、ぼくは夢をみた。誰かに愛される夢を」
「きっとモリッシーは愛されたと感じたことがないんだね」
「だろうな。だけど心の底では、みんな誰かに愛されたいと思ってるのさ」
指でボールペンをまわしていた俺は、ふと話してみる気になった。
「なあ、白井」
「うん?」
「おれさ、聞いちゃったんだ」
「何を?」
白井は不思議そうに俺を見た。
「まあ、つまらない話だけど、聴いてくれ」
俺は改めて、白井に向き直った。
「俺の母親は義理の母親なんだ。本当の母親は亡くなって、親父は再婚した。俺がまだガキの頃の話さ。そこまでは良くある話だよな」
白井は頷いた。
「親父と義理の母親がまだ一緒になる前の話さ。親父と義理の母親は、ダイニングで、ぼそぼそ話をしていて、俺は隣の部屋で布団に入っていた」
白井は黙って俺の話を聴いていた。
「親父とあの人は、俺が寝てると思ってただろうね」
「あの人って義理の母親のことか。荻くんはまだ眠っていなかったんだね」
「そうだ、あの人は言ったよ。他人の子供を育てるのって…」
しばらく俺たちの間に沈黙が流れた。やがて白井は口を開いた。
「その人のことが嫌いなの?」
「べつに」
自然にかったるい口調になった。
「だけど、なんだかつまらないなあって」
「うん」
「育てるの、育てないのって騒がなくても、こっちはちゃんと育ってるって。ニートだけどな」
「すごいな。そう思えるなんて」
「そうか」
「自分だったら、きっとショックだと思う」
白井は率直に感想を述べた。
「ザ・ハート・ワズ・メイド・トゥビー・ブロークン」
「えっ?」
「オスカー・ワイルドの言葉だよ。心は傷つけられるためにある」
窓の風鈴がしきりに鳴っていた。
「夕立になりそうだな」
窓の外をながめて俺は言った。
「他のパートも集めなきゃな」
ある日、俺は白井に言った。話ばかりしていても、話はそれこそ少しも進まない。俺たちはバンドを組むのだ。
「僕の知り合いに、いいベーシストがいる」
最初から白井は、あたりをつけていたようだった。
「派手じゃないが堅実なベースを弾く奴だ。以前にバンドを組んでいた。倉田って奴だ」
「じゃあ、始めるよ」
「ああ。了解」
白井がギターを弾き始める。俺はそのメロディに耳を済ませた。いい感じだ。俺は歌い始めた。
お願いだよ
出来の悪い神様
もう少しマシになってよ
ぼくはもう
クタクタボロボロさ
お願いだよ
くそったれの神様
もう少しマシになってよ
ぼくはもう
待ちくたびれたんだよ
ふかい闇の底で
たかりあう肉
ぼくはもう
耐えられそうにないんだ
命が互いに喰みあう世界に
耐えられそうにないんだよ
白井のソング•ライティングの才能に、俺は改めて感心した。
俺の歌詞が躍動し、そこに息吹きが吹き込まれる。
そして、俺の歌詞と歌によって、白井のギターもまた輝きを放つ。
そんな相乗効果が生まれていた。
最後のリフを決めると、白井は言った。
「とんでもない歌詞と歌い方だな」
白井は、ほっと溜息をついた。
「だけど悪くない。いや、こんなボーカル、これまで聞いたことがないよ。破滅的というか自己破壊的というか」
どうやら白井は気に入ってくれたらしい。
「自己破壊と言うのは、崇高な行為だね。自己破壊を続けることで、俺は何とか生きていられるんだ」
「自己破壊って何かな?」
「究極の自己破壊とは、自ら命を絶つことさ」
「へぇ。荻くんは死に憧れているのかい? タナトス的衝動ってやつかな」
「詩人は二十一歳で死ぬ。ロックンローラーは二十七歳で死ぬ。ジャニス・ジョプリンもブライアン•ジョーンズも二十七で死んだ」
「了解。そういや、ジミ・ヘンドリックスやジム・モリソンも二十七で死んでるな。それなら、きみは詩人よりロックンローラーを選ぶべきだね」
白井は笑っていた。
「ロックンローラーの歳までは一緒に組もうよ。その方が詩人より何年か長生きができる」
その後、俺と白井は一頻り話をした。
「この世界にまともなものなんて、数えるほどしかないんだよ」
俺は言った。
「まともなものって?」
「たとえば、オスカー・ワイルド、スティーヴン・パトリック・モリッシー、ひと気のない美術館」
思わず言葉に力がこもった。
「マイ・フェヴァリット・シングス」
「なに、それ?」
白井が尋ねてきた。
「お気に入りってこと」
「他のやつはわからないが…モリッシーは最高だ」
白井は目を輝かせた。
「僕はジョニー・マーに憧れてギターを始めたんだ」
俺は頷いた。
「やっぱりな。似てると思ったんだよ」
「偉大なる、ザ・スミスか」
「あんなアーティストはもう出ないな。マイノリティや社会的弱者の心の痛みを、ロックに持ち込んだのは、ザ・スミスだけだ。モリッシー自身がマイノリティで社会的弱者だったから、みんな共感するのさ」
白井も深く頷いてくれた。
「モリッシーの意見が全部正しいとは言わない。だけど、これだけは言える。彼は嘘をつかない」
「あんなに素晴らしいバンドに続くアーティストが誰もいないだなんて…」
白井は悔しそうだった。
「だったら俺たちがなればいい」
「えっ」
白井が目を剥いた。
「俺たちがモリッシーとマーになればいいんだよ」
「なれるかな」
「なれるさ」
俺は頭の後ろで手を組んで、壁にもたれかかった。
「おまえはいいパートナーになりそうだ」
翌日も白井はやってきた。俺と白井は夢中で語り合った。好きなアーティストについて。これから結成するであろうバンドの方向性について。
「白井はスミスのどの曲が一番いいと思う?」
「僕? 僕は、ビッグマウス・ストライクス・アゲイン」
「なるほどね。白井らしいな」
「ジョニー・マーのギターが最高なんだ。荻くんは?」
「俺か。俺は、ラストナイト・アイ・ドリームト・ザット・サムバディ・ラブド・ミー」
「珍しいセレクトだね。どんな意味だっけ?」
「昨日の夜、ぼくは夢をみた。誰かに愛される夢を」
「きっとモリッシーは愛されたと感じたことがないんだね」
「だろうな。だけど心の底では、みんな誰かに愛されたいと思ってるのさ」
指でボールペンをまわしていた俺は、ふと話してみる気になった。
「なあ、白井」
「うん?」
「おれさ、聞いちゃったんだ」
「何を?」
白井は不思議そうに俺を見た。
「まあ、つまらない話だけど、聴いてくれ」
俺は改めて、白井に向き直った。
「俺の母親は義理の母親なんだ。本当の母親は亡くなって、親父は再婚した。俺がまだガキの頃の話さ。そこまでは良くある話だよな」
白井は頷いた。
「親父と義理の母親がまだ一緒になる前の話さ。親父と義理の母親は、ダイニングで、ぼそぼそ話をしていて、俺は隣の部屋で布団に入っていた」
白井は黙って俺の話を聴いていた。
「親父とあの人は、俺が寝てると思ってただろうね」
「あの人って義理の母親のことか。荻くんはまだ眠っていなかったんだね」
「そうだ、あの人は言ったよ。他人の子供を育てるのって…」
しばらく俺たちの間に沈黙が流れた。やがて白井は口を開いた。
「その人のことが嫌いなの?」
「べつに」
自然にかったるい口調になった。
「だけど、なんだかつまらないなあって」
「うん」
「育てるの、育てないのって騒がなくても、こっちはちゃんと育ってるって。ニートだけどな」
「すごいな。そう思えるなんて」
「そうか」
「自分だったら、きっとショックだと思う」
白井は率直に感想を述べた。
「ザ・ハート・ワズ・メイド・トゥビー・ブロークン」
「えっ?」
「オスカー・ワイルドの言葉だよ。心は傷つけられるためにある」
窓の風鈴がしきりに鳴っていた。
「夕立になりそうだな」
窓の外をながめて俺は言った。
「他のパートも集めなきゃな」
ある日、俺は白井に言った。話ばかりしていても、話はそれこそ少しも進まない。俺たちはバンドを組むのだ。
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