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インタビュー当日、俺たちはミュージックプラン本社の狭苦しい一室に通された。
部屋には貧弱なパイプ椅子が五つ。
小さなテーブルにはペットボトルのウーロン茶が五本。
部屋の隅には一昔前のアンプやPA等の機材が積み上げられている。
VIP待遇は最初から期待していなかったが、余りの酷さに俺は言葉を失った。
「おい。ここって本当に、あのミュージックプランなのかよ」
倉田が俺たちの声を代弁した。
「らしいね」
白井も肩をすくめた。
杉浦はおどおどと部屋を見まわしている。
やがて、ノックも無しにドアが開いて、頬の削げた顔色の悪い男が入ってきた。
「お待たせしました」
俺たちに一人ずつ名刺を渡しながら、男は言った。
「ミュージックプランの渋川一朗です」
こうしてインタビューは始まった。
渋川は最初に俺に話を向けてきた。
「初めに荻さんにお尋ねします。荻さんの歌詞は、女々しい、と言われることがあります。この意見を荻さんはどう思いますか?」
「大変、光栄なことだと思っているよ」
俺は慎重に答えた。
「男が男らしくあらねばならない。これも既成概念なんだ。女々しいっていうのは、最高の褒め言葉だね」
「なるほど。ジョクラトルが文系ロックと呼ばれる由縁ですね」
「マッチョなロックは前世紀の遺物なのさ。既成概念を破壊する為に、俺は歌ってるんだ」
「既成概念の破壊ですか…誰か影響を受けたアーティストはいますか?」
「スティーブン・パトリック・モリッシーとパティ・スミス」
俺は言った。
「あとはオスカー・ワイルドかな」
「なるほど。みんな既成概念を破壊しようとしたアーティストなり、作家ですね。これは私個人が思うことなんですが、荻さんの歌詞は確かにシニカルです。だけど、常にマイノリティ。弱者の立場に立っているように思うんですよ」
俺は、そこで初めて、インタビュアーである渋川の顔を見た。意外と核心を突いている。こいつはただの阿呆ではなかったらしい。
「ああ。そうありたいと思っているよ。俺自身がマイノリティだからね」
渋川は深く頷いた。
「なるほど。では次に白井さんにお伺いします。白井さんのアコースティックで繊細なギターは、これまでのロックとは一線を画しています。ボップで美しいメロディーライン。そこに荻さんのシニカルな歌詞が不思議とハマるんですね。そこがジョクラトルの凄さです」
渋川が白井に向き直った。白井は語り始めた。
「ぼくはギタリストである以前にソング・ライターなんだ。荻のボーカルをいかに引き立てるか、ぼくはそれしか考えていない。派手なギタープレイは必要ないんだよ」
「なるほど。白井さんのソング•ライティングの才能には卓越したものがありますね」
「荻の歌詞からインスパイアされることも多いよ」
「白井さんは、誰か影響を受けたアーティストはいますか?」
「ぼくと荻の趣味は近いんだ。ジョニー・マー。それに、ザ・キュアーかな」
「そうですか。ザ・スミスのギタリストがジョニー・マーで、ボーカルがモリッシー。ジョクラトルは、ザ・スミスへのリスペクトがあるんですね」
「そうだね。それは認めるよ」
白井は恥ずかしげに笑った。
「倉田さんと杉浦さんのリズムセクションにも、お話を伺いたいと思います。まずは倉田さん」
インタビュアーは、倉田に向き直った。
「倉田さんは、ベースがめちゃくちゃ上手いって評判ですね。時折見せるファンキーなベース。何だか職人って感じです」
「職人か…ああ、そうだな」
倉田は何度も頷きながら言った。
「荻や白井が俺のプレイに注文をつけることは、まずないよ。自由にやらせてもらってる。だけど、俺も白井と同じで、ベーシストは単なる伴奏者だと思っている。ファンキーなベースが必要なら、俺はそうするけれど、必要なければやらない。必要がない音は、一音たりとも弾くべきではないと、俺は思っているんだ」
「さすが職人ですね。あれだけのテクニックを持ちながら、それをひけらかすことは、あえてしない」
「それが本当のベーシストなんだよ」
「では次に杉浦さんにお尋ねします。ジョクラトルのメンバーの中で、杉浦さんは唯一プロとしての経験をお持ちです。だけど、オーディションを経て、ジョクラトルに参加された訳ですよね。その辺りの経緯をお話しいただけますか?」
「その頃、自分のバンドが解散しちゃって、どうしようかなって思ってた時に、たまたまネットで、ドラマー募集の広告を見つけたんです。荻が白井のギターで歌っている映像が、そこには添付されてました。もう一発でやられちゃいましたね」
「杉浦さんは、結構攻撃的なドラムを叩きますよね」
「攻撃的…うーん。そうですか…ぼくが以前いたバンドはパンクバンドでしたから…」
「杉浦さんとパンクバンド…杉浦さんはいつも物腰が柔らかくて…以外な組み合わせですね」
「やっぱり好きなんですよ。ジョクラトルと出逢わなければ、今でもパンクをやっていたと思いますね」
「だけど、そこでジョクラトルに出逢ってしまったと…」
「そうなんですよ。荻の攻撃的なボーカルに、一度で心をつかまれてしまいましたからね。とにかく、このバンドのドラムは、僕でなければならない。オーディションの結果が出るまで、僕はずっとそう思ってました」
「正に運命的な出会いだった訳ですね」
「ええ。だから白井から一緒にやって欲しいって、連絡があった時は小躍りしました」
渋川が再び俺に向き直った。
「最後に荻さんにもう一度お尋ねします。あなた達のことをロックではない、と言う人もいます。最後のロックバンドだと言う人もいます。あなた達と話していると、結局、ロックとは何か、と言う問題に帰結してしまうんです」
「さっきも言っただろう。ロックとは全ての破壊さ。優れたロックは、くだらない既成概念を破壊するのさ」
「しかし、それが本当にロックの全てなのでしょうか? もう少しわかりやすく説明してもらえませんか?」
「俺がこんなに正直にわかりやすく話すことは、そうはないんだけどな…」
俺は辛抱強く言った。
「ロックとはサウンドではない。スタイルでもない。全ての既成概念を破壊するスピリット。それがロックなのさ」
「これで本当に最後です。荻さん、ジョクラトルの魅力とは何だと思いますか?」
「そうだな。ユーモアとウィットに富んでいて…チャーミングであることかな」
部屋には貧弱なパイプ椅子が五つ。
小さなテーブルにはペットボトルのウーロン茶が五本。
部屋の隅には一昔前のアンプやPA等の機材が積み上げられている。
VIP待遇は最初から期待していなかったが、余りの酷さに俺は言葉を失った。
「おい。ここって本当に、あのミュージックプランなのかよ」
倉田が俺たちの声を代弁した。
「らしいね」
白井も肩をすくめた。
杉浦はおどおどと部屋を見まわしている。
やがて、ノックも無しにドアが開いて、頬の削げた顔色の悪い男が入ってきた。
「お待たせしました」
俺たちに一人ずつ名刺を渡しながら、男は言った。
「ミュージックプランの渋川一朗です」
こうしてインタビューは始まった。
渋川は最初に俺に話を向けてきた。
「初めに荻さんにお尋ねします。荻さんの歌詞は、女々しい、と言われることがあります。この意見を荻さんはどう思いますか?」
「大変、光栄なことだと思っているよ」
俺は慎重に答えた。
「男が男らしくあらねばならない。これも既成概念なんだ。女々しいっていうのは、最高の褒め言葉だね」
「なるほど。ジョクラトルが文系ロックと呼ばれる由縁ですね」
「マッチョなロックは前世紀の遺物なのさ。既成概念を破壊する為に、俺は歌ってるんだ」
「既成概念の破壊ですか…誰か影響を受けたアーティストはいますか?」
「スティーブン・パトリック・モリッシーとパティ・スミス」
俺は言った。
「あとはオスカー・ワイルドかな」
「なるほど。みんな既成概念を破壊しようとしたアーティストなり、作家ですね。これは私個人が思うことなんですが、荻さんの歌詞は確かにシニカルです。だけど、常にマイノリティ。弱者の立場に立っているように思うんですよ」
俺は、そこで初めて、インタビュアーである渋川の顔を見た。意外と核心を突いている。こいつはただの阿呆ではなかったらしい。
「ああ。そうありたいと思っているよ。俺自身がマイノリティだからね」
渋川は深く頷いた。
「なるほど。では次に白井さんにお伺いします。白井さんのアコースティックで繊細なギターは、これまでのロックとは一線を画しています。ボップで美しいメロディーライン。そこに荻さんのシニカルな歌詞が不思議とハマるんですね。そこがジョクラトルの凄さです」
渋川が白井に向き直った。白井は語り始めた。
「ぼくはギタリストである以前にソング・ライターなんだ。荻のボーカルをいかに引き立てるか、ぼくはそれしか考えていない。派手なギタープレイは必要ないんだよ」
「なるほど。白井さんのソング•ライティングの才能には卓越したものがありますね」
「荻の歌詞からインスパイアされることも多いよ」
「白井さんは、誰か影響を受けたアーティストはいますか?」
「ぼくと荻の趣味は近いんだ。ジョニー・マー。それに、ザ・キュアーかな」
「そうですか。ザ・スミスのギタリストがジョニー・マーで、ボーカルがモリッシー。ジョクラトルは、ザ・スミスへのリスペクトがあるんですね」
「そうだね。それは認めるよ」
白井は恥ずかしげに笑った。
「倉田さんと杉浦さんのリズムセクションにも、お話を伺いたいと思います。まずは倉田さん」
インタビュアーは、倉田に向き直った。
「倉田さんは、ベースがめちゃくちゃ上手いって評判ですね。時折見せるファンキーなベース。何だか職人って感じです」
「職人か…ああ、そうだな」
倉田は何度も頷きながら言った。
「荻や白井が俺のプレイに注文をつけることは、まずないよ。自由にやらせてもらってる。だけど、俺も白井と同じで、ベーシストは単なる伴奏者だと思っている。ファンキーなベースが必要なら、俺はそうするけれど、必要なければやらない。必要がない音は、一音たりとも弾くべきではないと、俺は思っているんだ」
「さすが職人ですね。あれだけのテクニックを持ちながら、それをひけらかすことは、あえてしない」
「それが本当のベーシストなんだよ」
「では次に杉浦さんにお尋ねします。ジョクラトルのメンバーの中で、杉浦さんは唯一プロとしての経験をお持ちです。だけど、オーディションを経て、ジョクラトルに参加された訳ですよね。その辺りの経緯をお話しいただけますか?」
「その頃、自分のバンドが解散しちゃって、どうしようかなって思ってた時に、たまたまネットで、ドラマー募集の広告を見つけたんです。荻が白井のギターで歌っている映像が、そこには添付されてました。もう一発でやられちゃいましたね」
「杉浦さんは、結構攻撃的なドラムを叩きますよね」
「攻撃的…うーん。そうですか…ぼくが以前いたバンドはパンクバンドでしたから…」
「杉浦さんとパンクバンド…杉浦さんはいつも物腰が柔らかくて…以外な組み合わせですね」
「やっぱり好きなんですよ。ジョクラトルと出逢わなければ、今でもパンクをやっていたと思いますね」
「だけど、そこでジョクラトルに出逢ってしまったと…」
「そうなんですよ。荻の攻撃的なボーカルに、一度で心をつかまれてしまいましたからね。とにかく、このバンドのドラムは、僕でなければならない。オーディションの結果が出るまで、僕はずっとそう思ってました」
「正に運命的な出会いだった訳ですね」
「ええ。だから白井から一緒にやって欲しいって、連絡があった時は小躍りしました」
渋川が再び俺に向き直った。
「最後に荻さんにもう一度お尋ねします。あなた達のことをロックではない、と言う人もいます。最後のロックバンドだと言う人もいます。あなた達と話していると、結局、ロックとは何か、と言う問題に帰結してしまうんです」
「さっきも言っただろう。ロックとは全ての破壊さ。優れたロックは、くだらない既成概念を破壊するのさ」
「しかし、それが本当にロックの全てなのでしょうか? もう少しわかりやすく説明してもらえませんか?」
「俺がこんなに正直にわかりやすく話すことは、そうはないんだけどな…」
俺は辛抱強く言った。
「ロックとはサウンドではない。スタイルでもない。全ての既成概念を破壊するスピリット。それがロックなのさ」
「これで本当に最後です。荻さん、ジョクラトルの魅力とは何だと思いますか?」
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