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E&Mとの契約を無事済ませ、俺と白井はチェスに興じていた。束の間の安息。窓の外では霧雨が降り続いている。
「E&Mか…僕達もとうとうここまで来たんだねえ」
白井は感慨深げに言った。
「ああ」
俺は頷いた。
「僕達の新作は世界24ヶ国で同時発売される。ロサンゼルスから始まる世界ツアーも決まっている。世界進出が始まるんだ」
「商品として消費されないものを」とは、俺はもう口にしなかった。バンドには転機というものがあるのだ。
「そう。世界中のリスナーが、俺達を待っているのさ」
白井はくすりと笑った。
「荻くんらしくない素直な言葉だね。だけど、荻くん。英語の歌詞なんて書けるの?」
「なめるなよ。俺はこれでも帰国子女だ。親父の仕事にくっついて、何ヶ国も連れまわされたのさ。それがこんな所で役立つとはな。これまでの歌詞だって、全部英語にしてあるさ」
俺はチェスのコマを進めた。
「用意周到だね。荻くんにはわかってたの? ジョクラトルが世界に通用するバンドだってことが」
「まさか」
俺は首を振った。
「英訳したのは、ちょっとした遊び心さ。きたねえガード下で出会った俺たちがここまで来るなんて、誰が予想できた?」
「そうだよねぇ」
白井はクスクス笑った。
「白井、おまえさ」
俺は真顔に戻って言った。
「うん?」
「俺とガード下で出会ったとき、ラブ・アンド・ピースがどうのこうのって、ひどい歌詞ばかり歌ってただろ」
「はは。まあ、酷かったね」
「おまえは自分の本当の気持ちを、言葉に出来なくなっていたんじゃないか?」
暫くの間、沈黙が流れた。
「そうかもしれない…」と白井は言った。
「姉貴が死んで、自分の本当の気持ちを表現出来なくなっていたんじゃないか?」
「そうだね」
白井は頷いた。
「僕は自分の心の代弁者を探していたのかもしれない」
「それで…見つかったのか? おまえの心の代弁者」
「見つかったよ。僕の心を汲み取ってくれる最高のパートナーがね」
白井は俺の目を見て言った。
「チェックメイト!」
「あ、おまえ」
俺が言うと白井もまた笑った。
「ところで」
白井は笑うと、俺にゲンコでマイクを向けてきた。
「ジョクラトルは世界でもきっと売れるんでしょうね。売れてジョグラトルは変わるんでしょうか? そこんとこ、どう思います? 荻さま」
「まさか」
俺も白井に笑顔を向けた。
「何一つ変わりはしない。くだらない常識や道徳があればぶっ壊してやるさ。木っ端微塵にな」
そう。俺達はジョクラトル。道化の華。
了
「E&Mか…僕達もとうとうここまで来たんだねえ」
白井は感慨深げに言った。
「ああ」
俺は頷いた。
「僕達の新作は世界24ヶ国で同時発売される。ロサンゼルスから始まる世界ツアーも決まっている。世界進出が始まるんだ」
「商品として消費されないものを」とは、俺はもう口にしなかった。バンドには転機というものがあるのだ。
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「うん?」
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「はは。まあ、酷かったね」
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暫くの間、沈黙が流れた。
「そうかもしれない…」と白井は言った。
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