冬迷宮

関谷俊博

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 冴木に忠告を受けた三日後、則子はまたカウンセリングルームにやってきた。その日の則子は良く喋った。 まるで人が変わったようだった。
「ねえ、雪路くん」
 一頻り話し終わると、則子は僕の肩にしなだれ掛かってきた。
「ねえ、雪路くん。私のこと好き?」
 これでは本当に別人だ、と僕は思った。則子が酔っているのではないかと、僕は疑った。けれど、則子から酒の匂いはしない。
「マズイよ」と僕は言った。
「あのときも、そう言ったわねえ、雪路くん」
 則子は鼻で笑った。
「あのときって?」
 僕は問い返した。
「放課後の図書室。忘れちゃったの?」
「それは覚えてる」
「雪路くん、私のお願いだったら何でもきくって言ったじゃない」
「だって、あれは学生の頃のことだから」
「あら、約束を破る気なの」
 則子の眉がつり上がった。
「そんなつもりはないけれど」
「とにかく私は、あなたを私だけのものにしたいのよ。まあ、今日はいいわ。またね」
 則子はそう言うと、さっさとカウンセリングルームを出ていった。僕は呆気に取られて、則子を見送った。
 後にして思えば、このときに僕は気づくべきだったのだ。則子の抱えている問題に。大きな手掛かりが、このカウンセリングに隠されていたと言うのに、僕はそれに気づくことができなかったのだ。だけど、そう。時間は巻き戻せない。
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