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翌日、カウンセリングルームで、僕は冴木と向かいあっていた。僕はソファーに深々と沈みこんでいた。 室内は柔らかい照明の光に包まれている。
「じゃあ、始めるぜ」
冴木は決然と言った。
「ああ、頼む」
僕は頷いて、目を閉じた。
「気分をゆったりさせて…おまえはリラックスしていく…だんだんとだ…おまえは次第にリラックスしていく…そして、俺の言葉に素直に従うようになる…」
冴木の言葉が次第に遠く離れていった。
「雪路…おまえは心の深みへと降りていく…」
冴木が僕を誘導した。
「心の階段を一段ずつ降っていく…一段ずつ…ゆっくりとだ…」
僕は心の階層を一段一段降りていった。
夏祭りの情景…浴衣姿の女たち…ソーダ水の泡…プールのカルキのにおい…理科室の人体模型…田舎の祖父母の家…麦わら帽子…虫取り網を持って野山を駆け回った思い出…夏休みの日記帳…
無意識の底には、忘れ去っていた様々な記憶の断片が散乱していた。そこに留まりたいと思わせる記憶も多かった。だが僕は則子の心の扉を探し当てねばならない。僕は更に心の深みへと潜っていった。深みへ。更に深みへ。そして僕は集合的無意識に辿り着いたように思う。
集合的無意識。そこは混沌とした世界だった。あらゆるものがあると同時に…無意識が渦を巻いて…衝撃…輪転…目眩…放出…急浮上…。
「あっ!」
「どうした?」
目を開けると、冴木が僕の顔をのぞきこんでいた。
「駄目だ!」
僕は首を振った。
「集合的無意識にたどり着くことは出来たように思う。だけど、そこから先は何も覚えていないんだ」
「どうやら意識を保ったまま、集合的無意識に突入するのは難しいらしいな」
冴木は首を捻った。
「僕はどうしたらいい」
僕は縋るように冴木に問いかけた。
「おまえが意識を保てるように、俺がヘルプする。おまえが意識を保っていることを確認しながら、一段一段、無意識の階段を降りていこう」
「命づなをつけて、集合的無意識にダイブするということだな」
「そうだ。だが俺が手助けできるのは、そこまでだ。おまえが仮にクライエントの無意識に入りこめたとしても、たぶん俺の言葉は、おまえに届かないだろう」
「命づなが切れるということか」
「ああ、そこはクライエントの無意識であって、おまえの無意識ではない。クライエントの無意識に働きかけている訳ではないから、その先、俺は何もできない。おまえが、おまえの意識を保てるかどうかもわからない」
暫く僕と冴木は黙りこんだ。
「仮に集合的無意識で意識を保てたとしても、それから僕はどうしたらいいんだ。則子の無意識の扉をどうやって探し当てたらいいんだ」
「良く思い出せ。きっとヒントはあるはずだ」
冴木は言った。
「明日、またやってみよう」
「じゃあ、始めるぜ」
冴木は決然と言った。
「ああ、頼む」
僕は頷いて、目を閉じた。
「気分をゆったりさせて…おまえはリラックスしていく…だんだんとだ…おまえは次第にリラックスしていく…そして、俺の言葉に素直に従うようになる…」
冴木の言葉が次第に遠く離れていった。
「雪路…おまえは心の深みへと降りていく…」
冴木が僕を誘導した。
「心の階段を一段ずつ降っていく…一段ずつ…ゆっくりとだ…」
僕は心の階層を一段一段降りていった。
夏祭りの情景…浴衣姿の女たち…ソーダ水の泡…プールのカルキのにおい…理科室の人体模型…田舎の祖父母の家…麦わら帽子…虫取り網を持って野山を駆け回った思い出…夏休みの日記帳…
無意識の底には、忘れ去っていた様々な記憶の断片が散乱していた。そこに留まりたいと思わせる記憶も多かった。だが僕は則子の心の扉を探し当てねばならない。僕は更に心の深みへと潜っていった。深みへ。更に深みへ。そして僕は集合的無意識に辿り着いたように思う。
集合的無意識。そこは混沌とした世界だった。あらゆるものがあると同時に…無意識が渦を巻いて…衝撃…輪転…目眩…放出…急浮上…。
「あっ!」
「どうした?」
目を開けると、冴木が僕の顔をのぞきこんでいた。
「駄目だ!」
僕は首を振った。
「集合的無意識にたどり着くことは出来たように思う。だけど、そこから先は何も覚えていないんだ」
「どうやら意識を保ったまま、集合的無意識に突入するのは難しいらしいな」
冴木は首を捻った。
「僕はどうしたらいい」
僕は縋るように冴木に問いかけた。
「おまえが意識を保てるように、俺がヘルプする。おまえが意識を保っていることを確認しながら、一段一段、無意識の階段を降りていこう」
「命づなをつけて、集合的無意識にダイブするということだな」
「そうだ。だが俺が手助けできるのは、そこまでだ。おまえが仮にクライエントの無意識に入りこめたとしても、たぶん俺の言葉は、おまえに届かないだろう」
「命づなが切れるということか」
「ああ、そこはクライエントの無意識であって、おまえの無意識ではない。クライエントの無意識に働きかけている訳ではないから、その先、俺は何もできない。おまえが、おまえの意識を保てるかどうかもわからない」
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「仮に集合的無意識で意識を保てたとしても、それから僕はどうしたらいいんだ。則子の無意識の扉をどうやって探し当てたらいいんだ」
「良く思い出せ。きっとヒントはあるはずだ」
冴木は言った。
「明日、またやってみよう」
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