冬迷宮

関谷俊博

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その夜。僕は則子と最後に会ったときのことを思い出していた。あのとき則子が口にした支離滅裂とも思える脈絡のない言葉…あれはいったい何だったのだろうか…。

「冬の森に据えられたピアノ。瑠璃色の冬鳥。蒼い目をした獣。冬の夜空にはためくオーロラ。丸太小屋の森番。冬空を抱きしめて凍りついたあなたの言葉。則子が最後に言った言葉はこれだけだ」
 僕は冴木に余すところなく打ちあけた。何を意味するものなのかは、もちろんわかっていない。
「おそらくは無意識の心象風景が、迸り出たものだろう。それがクライエントの無意識に潜入するキーになる」
 則子が口にした言葉を、冴木はメモ用紙に走り書きした。
「もう一度言うが、本当にいいんだな」
 冴木は僕に念を押した。
「ああ」
「何の保証もないぜ。クライエントの無意識に、もしたどり着けたとしても、そこから戻ってこれなくなるかもしれない。そうしたら、おまえは廃人になる」
「いいんだ。意識を保ったまま、僕を集合的無意識にまで導いてくれれば、それでいい」
「わかった」
 冴木は頷いた。
「決意は固いようだな。じゃあ、始めるぜ」
 僕は目を閉じた。
「雪路…おまえは心の階段を下っていく…一段一段ゆっくりとだ…そう…おまえは一段、心の階層を下った…俺の声は届いているか」
「ああ、届いている」
「それでいい…おまえは命づなをつけたまま、心の階層をおりていく…」
 やがて、無意識が姿を見せ始めた。

 則子がいる…図書室だ…私のお願いをきいてくれる…抱きしめて…青く甘い匂い…温もり…そして胸の膨らみ…その全ての感触が鮮明に蘇った…そして…。

 集合的無意識…そこではあらゆるものが、怒涛のように渦を巻いていた。衝撃…輪転…僕はまた集合的無意識の渦に呑み込まれそうになった。
 そのとき、冴木の声が響いた。
「雪路! 意識を保て!  聞こえるか!」
「ああ、聞こえる」
 やっとの思いで、僕はそう答えた。
「周囲を良く見るんだ!  何が見える!」
 僕は周囲を見渡した。集合的無意識の激しい渦の中を、瑠璃色の冬鳥が僕を誘うように飛翔している。
「鳥だ…瑠璃色の冬鳥…その先に眩い光が見える…」
 冴木は何かに気づいたらしい。
「そこだ! そこが扉だ!  そこからクライエントの無意識に入りこめ!」
 冴木が僕を誘導した。僕は瑠璃色の冬鳥に導かれて、眩い光の中心へと飛びこんだ。


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