冬迷宮

関谷俊博

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全ての記憶が蘇った。ここがどこで、僕が何をしに来たのかも。それに僕がどこから来たのかも。
 僕は則子を連れ戻しに来たのだ。
 僕は壁面の柱時計を見た。どの時計の針も、十時七分を指していた。僕がこの小部屋にやってきたのと同じ時間だ。つまり時間は経過しなかったことになる。
 空間と区別がつかない時間。これはスティーブン・ホーキングが提唱した「虚数時間」のことだったのだろう。たまたま読んだ科学雑誌で、僕は「虚数時間」のことを知っていた。
「虚数時間」はホーキングが、宇宙の始まりを論理的に説明する為に導入した概念だった。この宇宙は膨張を続けていると言われている。これを逆戻りさせていくと、宇宙はある一点に、ぎゅっと収束する。しかし、そこではエネルギー密度が無限大で、体積はゼロという、これまでの物理法則では説明ができないことが起きてしまう。だが「虚数時間」を導入すれば、宇宙の始まりを矛盾なく説明できることに、ホーキングは気づいたのである。
 そして、記憶が過去の時間の積み重ねであるならば、それを制御することで、僕は過去の記憶を再構築できたのだ。

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