背中と刃物、私とコイツ

Chan茶菓

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第三話「ショートカットと、君の呪縛」

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「ロングウルフって憧れる」

 そう言って、君は髪を伸ばす決意をした。





 2年、「側頭部から襟足を3~5mmのグラデーションで刈るのが1番美しく見える」と言っていた君の髪は、もう何十cmあるのだろう。





 数十㎝に伸びた髪は青色のグラデーションになり、彼女が下を向く度ハラリとつたう。

 手を伸ばそうとすると





「…なに?」

 髪を耳にかけ、目だけを俺に移して君は言った。



 いつからだろうか、その髪に触れなくなったのは。





 夕方のラーメン屋でカウンターに座り、麺をフゥ、フゥと冷ましている姿に似はつかない、その、少し、情欲的な仕草を俺は綺麗だと思った。つい、言葉を失くしてしまう。





「…いや、何も。」





 ふぅん、とまた彼女はラーメンに視線を落とす。

 あっさり麺増量の味噌ラーメン、チャーシュー4枚増し。

 チャーシューは俺と半分こ。それがお決まりだった。



 そのやり取りを懐かしく感じるほどに







「…チャーシューくんない?」



「ん。」







 俺が言うと、彼女は皿の淵に並べてある一枚を掬って俺のラーメンに乗せた。味噌ベースに浸っていたチャーシューは醤油ベースの汁をその部分だけ少し白濁とさせる。

「一枚」という枚数が、俺への気遣いと関心の薄さを表しているようで、虚しさが増した。





 ラーメンを食べ終わり、グラスに注がれた水を一口含んで俺は切り出した。

「あのさ、やっと仕事も落ち着いてさ。」





「やっと?長かったね。」

 ___他人事かよ。





「やっぱ、怒ってる、よな。」

 俺は胃がギュッとなるような感覚を覚えてつつ、聞いた。

 彼女の顔を見ることができない。





「仕事だし仕方ないでしょ、なんて言うけど、まぁ思うところはあったよね。」

 彼女もラーメンを食べ終えたようで、箸を置く音がカチャリとイヤに響いた。





「これからは、もう少し時間作れるからさ。どっか行こうぜ。有給も取るし。」

 見下げた先にはさっきまで食べていたラーメンの器がある。器に入った汁は少しゆらゆらと揺れている。





「いいね。沖縄とか行きたいな。3泊くらいして色々回りたいね。」

 顔を上げると、彼女は頬杖をついて、少し笑って俺に顔を向けていた。





 彼女の顔を見て俺もなんだかホッとする。

「ハ、ハハッ!流石に4連休はムズイって!せめて日帰りか一泊にして。」







「じゃあ、しゃーないか。」







「流石にな。でもホントに有給絶対もぎ取るから!どこが良いかな、やっぱテーマパークとか?ちょっと高いパーク内のホテル取るのも良いな!」

 彼女と久々に二人でどこかに遊びに行けると思うと俺は饒舌になってしまった。





「んふっ、急に元気じゃん。また今度話そ、今日はもう遅いし帰ろ。明日は休みなんしょ?」





「あ、うん、まぁ夜からまた仕事だけどさ。まぁ昼間まではゆっくり出来るから…その、泊まってくよな?」

 彼女は少し驚いたように目を丸くした気がした。

 視線を左下に向け、あー…と少し考えるしぐさをして、「うん、いいよ。明日は予定無いし。」と返事をくれた。



「よし!じゃあ酒とか色々買って帰ろうぜ。あ、でも前にお前がくれたライチの白ワインもまだ残ってるわ。」



「…あー。じゃあそれ飲もうよ。食べ物と明日の朝ごはんだけ買って帰ろ。」そう言って、コンビニに向かって彼女は歩き出す。



 俺はすぐに隣に並んで手を握った。冷え性な彼女の冷たい手。しかし冷たい手がするりと解けて、俺の腕に絡みついた。

「手汗気になるし、こっち」





 距離がさらに近くなったからか、それとも久しぶりに逢ったからだろうか。

 俺は周りに人が少ないことを確認して、彼女を引き寄せた。





 瞬間、「ちょ、人前…っ、」と彼女が拒絶しようとしたが、無理矢理唇にふれる。

 少し長いキスだった。





 唇が離れると彼女は慌てた様子で顔を少し隠す。

「誰かに見られたら、どうすんのっ。」



「ごめん、久しぶりだし、我慢できなくてつい…。」

 彼女があまりにも周りを気にするので、少しバツが悪くなる。





「これからまだ電車も乗るんだから、家まで我慢して。」







「……ん。」

 これではまるで悪さをして怒られた子供のようだ、と心の中で自虐する。







 電車に揺られ、コンビニに寄り、家に帰る30分間、これと言った会話もしなかった。

 正直俺は彼女の事で頭がいっぱいだった。







「ふーーっ。やっとついた。先にお風呂借りてい?」





「おっけ、俺も、入ろっかなぁー?」

 ちらっと顔を伺いつつ行ってみたが





「あの風呂場で?無理無理、ホテルみたいにはいかんって。」

 こんな事ならホテルに行けばよかった。





「…デスヨネー。」



『お前は色欲魔か?』とでも言わんばかりの呆れ顔で一瞥して彼女は脱衣所に消えていった。







 俺は二人がけの座椅子の真ん中に陣取った。

 ボーッとしてると脱衣所から響くシャワーの音に意識がいってしまうので、スマホを弄りながらモニターを映して配信サイトの映画を探す。

 最近再配信されたらしい、タイムスリップができる主人公のラブロマンス映画がトップに映し出された。





 映画を再生し始めて間もなく、彼女が脱衣所からタオルを被って出てくる。

「髪乾かさないと明日爆発するぞ。」







「いいの。…明日切るし。」

 そんな急に?2年も伸ばしていたのにか?素直に「なんで?」と口に出てしまった。





「なんでって…なんで?」



「あ、いや、3mmからそんだけ伸ばしたのに勿体ねーなぁって、思って。」





 青みがかった毛先を弄りながら、少し伏せがちに「あー…ま、なんかやっぱさ、鬱陶しくてさ。スッキリするし。」と大事に伸ばした髪を切るだけなのに、なぜか何かを噛みしめるようだった。





「そっか、いんじゃね、なんか髪伸ばしてると暗く見えるし。」



「…んふっ。何それ、別になんも変わらんでしょ。ほら、早く風呂入ってきなよ。アタシこの映画見てるし。」真ん中に座っていた俺を少し押して彼女は座椅子に腰掛けた。スマホを片手にシッシと手で俺をあしらう。







「ダッシュで入ってくるから待っといて。」



「んー。」

 スマホを見ながら彼女は生返事だけする。



 俺は急いで風呂に入り15分もせず部屋に戻ったが、彼女は座椅子に持たれて眠っていた。





「ちょ、起きろって、せめてベッドで寝て。」

 少し肩をゆすると、ビクンッと跳ね上がり彼女が起きた。

「う、わっ……ごめん、寝てた。」

 んーーっと彼女は伸びをして欠伸を出した。





「座椅子で寝るのはしんどいだろ…もうベッド行こうぜ、映画付けっぱで良いしさ。」

 彼女のしなやかな腰に手を添え支え、ベッドに送る。彼女はモソモソと布団に潜っていった。





 電気を消して、俺も布スマホで時間を見たがまだ日は超えていない。つけたままのモニター画面の明かりで彼女の顔がぼんやり照らされる。うっとりしている瞳にモニターの光が映っていた。

「そんな疲れてんの?忙しかった?」



 布団の中で彼女の背中から手を回す。

「いや、最近こんな時間まで起きてる事少なかったから…。」



「めっちゃ健康的じゃん。」



「んふっ、そうだね。」

 笑った彼女の体が揺れる。顔にかかる髪の毛から洗剤の匂いと彼女の匂いがした。起き上がって彼女の頬にキスをする。「んんー…」もう閉じてしまっている彼女の瞳は俺を映さない。

 俺はまた横になり彼女を強く抱きしめた。





「………。」





「……………。」







 いつのまにか眠ってしまったようだ。朝になっていた。

 ロマンス映画を流していたはずのモニターからはニュースと天気予報が聞こえていた。





 座椅子の真ん中には彼女が座っていて、ボサボサ頭でサンドウィッチを食べている。後ろから「ほら爆発しただろ?」と頭のクシャクシャと撫でてやった。やめい、と微笑みながら軽くいなされる。そんなやりとりが心地良い。





「あ、10時にはここ出るから、アタシ。」

 どうやら美容室の予約が取れたらしい。





「え、今何時。」

「8時半。」

 もう少しじゃ無いか。





「今日じゃなくて良くない?美容院くらい。久々なんだから、さぁ。」と後ろから抱きつく。



「また次があるって。」

 彼女は俺の腕から潜り抜け、「顔洗って準備してくる。」と脱衣所に向かった。





 俺はまだ眠気が覚めず、いつの間にかまた眠ってしまった。

 肩に優しい衝撃が起こり、目が覚めた。しまった。二度寝とは。

 毎日の習慣で絶対してしまう自分に今日ばかりは怒りが湧いてきた。







「起きた?」





 彼女の顔が真上にあった。バッチリメイクもして、洗濯した昨日の服も着て、出かける準備はできているようだ。と言うことは、もう彼女が家を出る時間ということだろうか。







「いま、何時…?」

「9時24分。」



「…10時に出たら間に合うって……。」

「割と早く準備できたし、あ、昨日買ったおにぎり貰ったっていい?どうせ食べないでしょ?」



「うん…。」

 俺は夢心地な意識の中で、彼女の言葉を何とか汲んで返事をする。







「…じゃあ出るからね。」

 その言葉が聞こえた瞬間俺はハッと目覚めた彼女を引き止める。





「いってきますの、キスは?」





 彼女は驚いた顔をした。そしてハッ軽く笑って俺をからかう。

「そんなん付き合い始めたぶりじゃない?」



「え、そうだっけな、で?」



 彼女はまた「んふっ。」と笑って俺の頬にキスをして、青色の毛先を靡かせながら部屋を出ていった。

















 そんな彼女を久しぶりに見かけた。

 マフラーを巻いていても邪魔にならない、ツーブロックのショートヘアーになっていた。あれからまたキープしてるんだろう。





 それが彼女のこだわりだから。





 夏に伸ばしたくなり、冬に短くしたくなるんだと過去に彼女が冗談まじりに言っていた。

「私はね、『ショートヘアの呪縛』にかかってんの。」

 と二っと笑って言っていた。





 そんな彼女は道路を跨いだ先に居る、口を開けて、笑っている。俺ではない誰かの隣で。目を細めて、これでもかと、楽しそうに。スキップなんかして。 それを見た俺は足を止めてしまう。





 くん、と俺の袖が張るのを感じた





「どうしたの?」

 そう見上げる彼女の緩くうねる髪は、ふわりと風に煽られ頬を撫でる。













「いや、知り合いがいた気がして、よく見たら気のせいだった。」

















 そして俺は彼女と共に歩みを進める。



「なぁ、やっぱ髪は短いほうが明るく見えるよな。」























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