ブレイン35

石枝隆美

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第二章

タイムスリップ

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ブレイン35  第二章    石枝隆美

 四

 鏡に映った自分は若くて、肌艶も良く、髪が腰の辺りまできていて、まるで学生時代の私だ。体も痩せていて、二の腕も華奢だし、下っ腹も出ていない。私はおもむろに昔来ていたワンピースを着てみたら、着れた。なんだか小躍りしたい気分だった。でもなんでこんなことに…
 しかもここは実家だった。階段で降りると、お母さんがいて朝食を作っていた。
「あら、めぐちゃんおはよう。」
「…おはよう。」お母さんも若いな。
「今日は教育実習の日でしょ?お弁当いる?」
「あっうん。」
「お母さんは…パート?」
「そうよ。何当たり前のこと言ってるの。平日はいつもスーパーとコンビニのパートに行ってるじゃない。」
「あっそうだったよね。」
「どうかしたの?めぐちゃん。なんか様子が変よ?」
「あっううん。ちょっと最近、教育実習の準備とかで忙しくて頭が混乱してるだけ。」うまくごまかした。
 
 私はこの不思議な現象を考えるのを後回しにし、記憶を頼りに教育実習に行くことにした。
  
 五
 
 中村芸術大学の教職課程の単位を取得するために、教育実習に出向いた。教職課程では絵画や彫刻などの実技科目や美術教育についても学んできた。

 今日は教育実習の日らしい。スマホを見ながら教育実習の現場である学校に着いた。
 教育実習の担当の先生に挨拶をし、生徒たちに自己紹介を済ませ、美術の授業の見学をした。
 私は授業の事前準備をするために、担当の先生にやり方を聞いたり、必要な道具を揃えたりした。でも私は心は35歳の美術教師だ。教育実習なんてお手のものだ。
 私が担当する中学3年生に学校の周りにある花や植物を描く課題を出した。
 生徒たちはおのおの自分の好きな草花をスケッチし、おしゃべりしながら楽しそうにしていた。
「オレンジや黄色など、元気が出る色のマリーゴールドを描いてくれた子が何人かいるけど、マリーゴールドの花言葉は変わらぬ愛です。」学校の周りにはマリーゴールドが多く咲いていたので、事前に調べておいた情報を生徒に教えた。
「みんなは変わらぬ愛を向けている人やものはあるかな?あるなら、それを絵に描くことで形にすると、自分がどれほどそれに愛情を向けているのか感じることができるかもしれません。」
生徒たちはしんと静まり返って耳を傾けていた。

「なぜ自分はその植物にしたのか、必ず意味がありますよね?そのように書き手が描くものにはその人がそれを選んだ背景があります。色々な美術作品の生まれた背景を考えることは絵画を描く上でとても勉強になります。」

 そうだ、前に教育実習に来た時、大失敗をしたんだった。一人の子を褒めてしまい、クラスの中心人物が拗ねて、他の子もやる気をなくしてしまった。私は教育の難しさを知り、教育実習生の担当の先生に平等に扱わないといけないと教えられ、生徒が二人一組になってお互いの顔を描いて褒めあう授業をすることをひらめいた。そしたらなんとか挽回できて、教育実習を無事終わることができたんだった。私は懐かしい思い出に浸りながら、授業を続けた。

 六
 
 疲れて家に帰ると、家にまだお母さんは帰っていなかった。そういえば今日はお母さんの誕生日だった。何かお祝いした方が良いのだろうか。でもお母さんの欲しいものなんてわからないし…。家に飾ってある写真立てを見た。幼い私とお母さんが笑顔で写っていて、運動会で一位になった時の写真だ。この時は幸せだったな。私は明日の朝も早いのだ、寝ることにした。でもこれからどうなるのかな…もとの35歳に戻れるのだろうか。

 授業で粘土を使って、食べ物や乗り物、人物など興味があって身近なものを作ってみようという課題を出した。一人の生徒がものすごく精巧で感心してしまうような素晴らしい家を粘土で作っていた。私は褒めたかったが、その生徒に直接には褒めず、このクラスの中で、かのピカソのように素晴らしい才能を持った子がいますと伝えた。生徒たちはザワザワとなり、誰々?と口々に言っている。上手い生徒を発見してはお前じゃね?という声も聞こえてきた。これで美術に興味がない生徒でも少しでも興味を持ってくれたら嬉しいと思った。

 今日もお母さんは帰りが遅かった。大丈夫かな。働きすぎて疲れてないかと心配になった。夕食は私が作ることにした。一人暮らし歴は長いのでチャチャっと回鍋肉とお味噌汁、きんぴらごぼうにサラダを作り、テレビを見ながらお母さんの帰りを待った。
「あら、めぐちゃん、料理しといてくれたの?」
「うん、先にお風呂に入る?」
「そうね、汗でベタベタだから、入らせてもらおうかな。」
「でもいつの間にこんなに作れるようになったの?」
「え、あっスマホのアプリでレシピ通りやれば作れるよ~。」
「そう。女の子は料理ができないとね、今の時代、男の人もできたほうがいいけど。」
  
 七
 
 私はお父さんのことも気になり、次の日にお父さんを訪ねた。住所は変わってないはずだ。お父さんには最近全然会ってなかったけど、お母さん同様若くて眩しかった。
「おぅ、芽美か。大学はどうだ?勉強進んでるか?」
「うん、うまくやってるよ。」
「そうか、俺は最近エンジニアの仕事を単発で入れて、駅の掃除もやってるよ。まぁ、それなりに充実してるかな。」
「そうなんだ、たまには家に来れば良いのに。」
「うーんお母さんに会うのが気まずくてな、芽美がたまに会いに来てくれるからそれで良いかなって。」
「お母さん最近、パートで疲れてるみたいだよ。私が早く働けるようになればいいんだけど。」
「すまないな。俺たちが別れたばっかりに皺寄せが芽美にまできちまって。」
「もう終わったことだよ。」
私がお父さんの家から立ち去ろうとすると、目眩に襲われた。
  
 気づくと、そこは私が通っていた紅葉野中学で、登校中だった。お店の窓ガラスを見ると、高校生の風貌をした私が映っていた。

「めぐ、おはよ。」
後ろから声をかけられた。



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