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第13話
しおりを挟む医務室の扉前に着いたはいいがノックをする勇気が出ない。
そもそも日付を超えた今のような時間に来て迷惑ではないだろうか。
パーティーの夜は何があってもいいように寝ずに待機してくれているが裏を返せば今も仕事中ということだ。
「…やっぱり明日にしようかな」
何ともそれらしい理由を付けて帰ろうかと踵を返した時に医務室の扉が静かに開いた。
「あ、」
「……陛下?」
出てきたのはカリンだった。
長い髪を下ろし、眠たそうに眼を擦っている姿を見るにどうやら患者はいないようだ。
しかし白衣を羽織っているため予想通り仕事中のようだ。
「どうかされましたか?」
「あーいや、今日は色々あったから大丈夫だったかと心配になってな」
「大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
会話はそこで途切れてしまう。
妙な気まずさが漂って困っていると、彼女は部屋の中をチラッと見てから半身ずらした。
「あの、良かったら寄っていかれますか?もちろんお忙しくなかったら、ですけど」
「…いいのか?」
「酷く酔った方には酔い止めを渡しましたし、今回は珍しく何もないのでどうしようもなく眠たくて…」
普段のしっかりしている姿ばかりを見ているからか、へにゃりと笑っている彼女に庇護欲が湧いてしまう。
抱きしめたくなる衝動を抑えて口を開く。
「じゃあお邪魔する」
「はい、どうぞ」
彼女の後を追うように医務室に入り、患者が座る丸椅子に腰を下ろす。
「奥に来客用の椅子があるので持ってきますね」
「これでいい。なかなか座ることが無いから新鮮だしな」
気を使おうとする彼女を引き留めると眉を下げつつ頷いてくれた。
それからカリンはいつも使っているであろう椅子に腰かけた。
「本日はお疲れさまでした。パーティーはどうでしたか?」
「大変だったよ。…まぁ、あの2人の騒ぎに比べたら楽かもしれないがな」
「元恋人と遭遇というだけで気まずいのにお互いに隠し事が多かったようですからね」
「これから1週間はテレンスがここに滞在するからもっと大変だろうな」
「お二人には幸せになってほしいものですね」
いつものような豪快さは鳴りを潜め、クスクスと上品に笑うカリンに思わず見惚れてしまう。
その視線に気づいたのか、彼女は不思議そうに俺を見つめてきた。
「陛下?」
「……お茶会を、しないか?」
「え?」
ずっと言いたかった言葉は思ったよりもスムーズに出てきた。
驚いたように目を瞬かせる彼女に思わず笑ってしまう。
「2人での個人的なお茶会だがそれでもよければどうだ?」
「陛下との…お茶会」
「ああ。駄目か?」
「…私でいいのですか?」
「カリンがいいんだ」
そう言うと彼女は嬉しそうな、しかしどこか悲しそうな顔で笑った。
その表情の意味が分からず困惑していると彼女は口を開いた。
「楽しみにしていてもいいですか」
「勿論。お互い気負わず楽しめるものにしよう」
その言葉でようやく彼女は自然な笑顔で笑ってくれた。
「…なんだかこうして話していると昔を思い出しますね」
「そうだな」
「なつかしい。もう戻れないのが残念で仕方ありません」
「……」
「嫌だなぁ…私が、王族だったら、変わったかもしれないのに」
「え?」
俺が顔を上げた時、カリンはすでに背凭れに体重を預けて小さな寝息を立てて眠っていた。
彼女が王族ならば何が変わったと言うのだ。
気になって仕方ないがきっと起こしても答えてはくれないだろう。
最悪覚えていないと言われておしまいだ。
「仕方ない。ここのベッドでいいか」
流石にカリンの私室に無断で入るのは気が引ける。
仕方なく医務室に常設されているベッドに運ぶために抱きかかえた。
思っていたよりも軽い体に驚きながらもゆっくり、そっと運ぶ。
「軽すぎないか…?」
そういえば忙しい時は完全食と呼ばれるものを好んで食べていた気がする。
明らかにそれが原因だろう。
ベッドにカリンを寝かせて布団をかける。
すっかり寝てしまっている彼女に少し寂しく思いながらも医務室を後にするために踵を返す。
しかしそれは叶わなかった。
「待って」
小さな声が聞こえたと思ったら同時に軽く袖を引かれる感覚がした。
驚いて振り返るとカリンが不安そうに眉を下げていた。
「悪い、起こしたか」
「…行かないで」
弱弱しい言葉を紡ぐ彼女を放ったまま部屋を出るわけにもいかない。
お見舞い用に設置されている簡易椅子を開いてベッドの傍に腰かける。
すると彼女は恐る恐る手を伸ばしてきた。
迷うことなくそれを取ると彼女は子どもの様な表情で笑った。
「……暖かい」
「俺は何処にも行かないから寝ろ。カリンは働きすぎだ」
「約束、して」
「何を?」
「イゴールだけでも、幸せになるって……やくそく……」
彼女の目はとろんとしていて今にも眠りそうだ。
そんな状態で交わす約束にどれほどの信憑性があるのかは分からないが、何故か断れそうになかった。
「分かった」
「…ほんと?」
「約束するから今はお休み。患者の心配はしなくていいから」
空いている方の手で目元を覆ってやればすぐに寝息が聞こえてきた。
それを確認してから毛布をかける。
さて、患者の心配をしなくていいと言った以上今日はここで夜を明かそうか。
正直寝ている彼女を誰でも入ることができる医務室に放置したくない。
「…俺はお前がいないと幸せになれないからな」
眠っている彼女に届かないことは分かりつつもそう言わずにはいられなかった。
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