5 / 11
第5話
しおりを挟むあれが月曜日で今日が金曜日。
この短期間で私のスマホには恐ろしいほどの着信とメールが来ていた。
着信は余裕で3桁を超え、メールも全て違う文章で50件は送られてきた。
無視し続ければそのうち収まると思っていたのに一向に止む気配がない。
「上里さん、どうかしたの?」
「いえ……なんでもないです」
先輩の問いに乾いた笑いで返すが、当然誤魔化せるわけがない。
心配そうに覗かれてどことなく居心地が悪くなる。
顔に出やすいタイプではないはずなのだが、おそらく今は相当酷い顔をしているのだろう。
そのくらいには悩んでいた。
「顔色悪いけど今日もう帰る?」
「気遣って頂いて申し訳ないのですが大丈夫ですよ。今日は金曜日ですし、土日でしっかり休みたいと思います」
「そう?でも無理そうだったらいつでも声かけてね」
先輩の気遣いに感謝しつつパソコンに向き直る。
これは一度まともに向き合った方がいいかもしれない。
思わず零れた小さな溜め息はキーボードの音にかき消された。
「お疲れ様です」
「ゆっくり休んでね」
退社の声をかけると先輩からは優しい言葉が返ってきた。
改めて会釈をしてからオフィスを出る。
解決しようと腹を括ったはいいがどうしようかな。
「あっ!上里さん!」
「え?」
いつもは軽い挨拶を交わすだけの守衛さんが慌てて私を引き止める。
不思議に思い立ち止まると駐車場の方向を示される。
「お知り合いが駐車場でお待ちです」
「知り合い?……まさか」
慌ててスマホを開き、メールを確認する。
そこには予想通り新着メールが届いていた。
『仕事が終わったら駐車場まで来て欲しい。話したいことがある』
思わずその場で項垂れる。
嫌だ、行きたくない、帰りたい。
いや、帰らせてくれ。
「上里さん?」
「…何でもありません。駐車場ですね」
もう逃げられそうにないと観念してスマホを鞄に仕舞ってから駐車場に向かう。
この際面を向かって不満をぶちまけてやろうかな。
その方が楽かもしれない。
駐車場には見覚えのある高級車が停められていた。
少し離れた所から眺めていると運転席に座っている人物が手招きをするのが見えた。
間違いない、菅谷さんだ。
「お疲れ様」
「…お疲れ様です」
彼は窓を下げるとにこやかに挨拶をしてくる。
一応礼儀だと思って頭を下げてみたが、明らかに顔が引きつっているだろう。
「どうした、乗らないのか?」
「お茶出しをしただけの社員を会社の駐車場に呼びつけるのはどうかと思うのですが」
「とぼけるな。あの夜のことを忘れたとは言わせないぞ」
「何のことでしょうか」
くっそ、やっぱり追及してきたか。
彼は鋭い眼光で私を睨みつける。
そんな彼に私はスマホを突き付けてやる。
「そんなことよりも電話かけてくるのやめてもらえませんか?メールもやめてください。最近バッテリーの減りが早いんですよ」
「やっぱりわざと無視していたのか」
「そりゃこれだけ着信があれば嫌でも気づきますよ。ちなみにブロックしなかったのは私に残った僅かな善意ですので感謝してください」
「素面の時は言葉のキレが凄いな」
「あなたの前で飲酒をした覚えはありません」
一貫して知らぬ存ぜぬを突き通す。
隙を見せたら確実に車内に連れ込まれるに違いない。
今週はお前のせいで疲れたんだ。
もう帰らせてくれ。
「人違いならもう私に用はないですよね?これで失礼し」
「待て」
早口で捲し立てて別れようとすると彼は車から降りて私の腕を掴む。
思ったよりも強い力だ。
痛みに眉を顰めると彼はゆっくりと手の力を緩める。
だがその手を離すことはなかった。
それどころか彼は私を連れて助手席に回ると丁寧でありながらもそこそこ乱暴に私を車内に押し込んだ。
「痛った。ちょ、何するんですか」
「大人しくしていろ。また逃げられても面倒だ」
呆然としていると彼は運転席に戻り、エンジンをかける。
流石にここまでやられては逃げられない。
「…どこに連れていくつもりでしょうか?」
「ホテル」
「は?」
あまりにも突拍子のない単語に思わず聞き返してしまう。
いや待て。
それで行き先を決めつけるのは早計だろ。
「ディナーを予約しているだけだからそんなに警戒するな」
彼は少し悪そうな顔で笑うとアクセルを踏み、車を走らせる。
この男は何故こんなに楽しそうなのだろうか。
少なくとも私は楽しくないです。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
10
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる