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第4話
しおりを挟む「上里さん、商談先の方から呼ばれているらしいのだけれど…」
オフィスに戻るなり先輩にそんなことを言われた。
「…私、何か粗相でもしました?」
「いえ、分からないわ。ただ呼ばれただけなの。あの、本当に大丈夫だった?」
心配そうに見つめられてしまえば本当のことが言えるはずがない。
あまりにもプライベートなことだし、何より私は公私混同が嫌いだ。
「…大丈夫です。行ってきますね」
蹲りたくなる衝動を抑え、踵を返す。
そのまま重い足取りで会議室に向かった。
「失礼します」
ノックをして扉を開けるとそこには予想通り商談の担当者と例の御曹司がいた。
うわあ、逃げたい。
切実にこの場から逃げたいがそんなことできるわけがない。
促されるままに担当者の横に座る。
「菅谷様、彼女でお間違いなかったでしょうか?」
「ええ、わざわざ呼び戻していただきありがとうございます。あなたも、再び呼びつけてしまい申し訳なかった」
「…いえ、お気になさらず」
まるであの夜がなかったように彼の態度は普通だった。
もしかして覚えていないとか?
いや先程の反応は完全に覚えている人のものだった。
「個人的なこだわりになるのですが、商談に関わった方全員と名刺交換をしたいと思っていまして」
「え?」
「頼めませんか?」
予想外の申し出に困惑してしまう。
名刺交換ぐらいなら、とスーツのポケットに手を伸ばしたところで気づく。
名刺には苗字と名前、会社と個人両方の電話番号やメールアドレス、所属まで全て細かく書かれている。
つまりこれは、
「どうかされましたか?」
爽やかな笑顔で名刺を差し出す彼に舌打ちをしそうになりながらも何とか笑顔を繕う。
ここまで来たら諦めるしかない。
商談はすでに終わっていたようで、私たちの名刺交換を終えると彼はそのまま席を立った。
流れで私もお見送りすることになったのだが如何せん気まずい。
「本日はありがとうございました。今後もよろしくお願いします」
「こちらこそお互い良い関係を築いていきましょう。では失礼いたします」
黙りこくって車に乗り込む彼を見つめていると、ふと視線が交わった。
彼は視線を外さないまま胸に仕舞った名刺入れを軽く中指で叩く。
は?
おいおいおい、待ってくれ
この男やっぱり確信犯だろ!?
しかし商談担当者の手前騒ぐわけにもいかず、彼が去って行くのを見送ることしかできなかった。
「上里さん?大丈夫?」
「…大丈夫です」
あれから自分のデスクに戻り必死に平静を装っているが、内心は大荒れである。
名刺を切らしていたとでも適当に嘘をつけば良かった。
しかしあの場でそれは無理だろう。
失礼にも程があるし、そんなに上手く丸め込む自信もない。
「……もういい。仕事に専念しよう」
後悔しても仕方ない。
今は仕事を終わらせようとパソコンに手を伸ばした。
「お疲れ様です」
疲労に耐えきれず、定時に合わせて退社する。
外に出ると冷たい風が頬を撫でた。
段々と冬に近づく気候に、スーツのジャケットだけでは寒さを凌げなくなってきた。
明日からはトレンチコートも出そうかな。
足早に駅に向かおうとしたところでスマホが震えていることに気づいた。
…嫌な予感がする。
画面を見ると名前ではなく番号が表示されていた。
名刺入れを取り出し、先ほどの男性の名刺を確認するとかかってきた番号と同じ番号が書かれていた。
「…無視しよう」
出る義理は無いし、何か粗相があったなら会社にクレーム付けてくれ。
そんな投げやりな気持ちでスマホを鞄に仕舞うと私は再び駅に向かって歩き始めた。
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