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第3話
しおりを挟むそんな夢のような一夜から1ヵ月が経った。
身体に咲いた真っ赤な花も消え、彼の記憶も段々と朧げになっていく。
今更一夜を引き摺るような若さもないためさっさと忘れようと今日も仕事に励む。
「お願い!上里さんにしか頼めないの!!」
「えぇ~…」
とした矢先にこれだ。
どうやら今日、大企業の御曹司が現社長の代わりに商談に来るらしい。
だがお茶出し担当の子が風邪で休んだらしく、その役を引き受けてくれないかとのことだ。
「お茶出しなんて無理ですよ。私愛想悪いですし」
「上里さん美人だからそのままで十分よ!!お願いします!!お相手は大企業だからこの商談は失敗できないの!」
「それ言われて引き受けると思います!?絶対嫌ですよ!!」
「お願いします!!本当に!!この通りだから!!」
こちらが部下にも関わらず必死に頭を下げる先輩。
この人にはお世話になっているからあまり強く出れないんだよな…。
このまま粘られても困るし、何より周りからの視線が痛い。
これは引き受けるしかなさそうだ。
「わかりました……やります……」
「ありがとう~!!!」
「でも!何かあっても責任取りませんからね!!」
「勿論勿論!出てくれるだけでいいから!!」
ああ、神よ……私は何か悪いことでもしたのでしょうか。
あのやり取りの後すぐに準備を始め、今は商談が行なわれる予定の会議室近くにある給湯室で待機させられていた。
一応化粧を直したりしたが不安なものは不安だ。
「大丈夫よ!上里さんならできるわ!」
隣で先輩が励ましてくれるがもうそれどころではない。
よくよく考えてみると社運背負っているような商談のお茶出しなんて無理がある。
今からでも誰かに代わってもらえないだろうか。
「先方は20分に到着すると言っていたからそろそろ到着されると思うの。くれぐれも粗相のないようにお願いね!」
そんな無茶なという悲鳴を必死に堪えながら小さく頷く。
それから数分もしない内に部屋の扉がノックされた。
もう逃げられないらしい。
覚悟を決めよう。
お盆を持って扉の前に立つ。
大丈夫、言われたことを淡々とこなせばいいだけだから。
給湯室の方を見ると先輩が親指を立てていた。
それを確認してから扉にノックを3回。
「失礼します」
そう言って扉を開けて顔を出すと会議室にいた人物と目が合った。
その瞬間、頭が真っ白になって体が固まった。
何故ならそこにいたのはあの夜の相手だったから。
人違いなはずがない。
人違いなら相手も同じようにこちらを凝視して固まっているのはおかしい。
「どうした」
商談の担当をしていた人から不安そうな声がかかる。
その声に現実に戻された私は慌てて手に持っていたお盆を机の端に置いた。
「いえ、お気になさらず」
とりあえず今の自分が出せる最速でお茶とお茶菓子を机に並べていく。
「失礼しました」
何か言われる前に礼をして部屋を出た。
彼からの視線を全力で無視しながら。
よし、私は何も見ていない。
何も気づかなかったし、何なら何も覚えていない。
さっさとオフィスに戻ろう。
うん、それがいい。
「上里さん、お疲れ様!」
「何の問題も起きなかったので大丈夫ですよ」
早口でそう言うと先輩は不思議そうに首を傾げる。
困惑させて申し訳ないですが、今は一刻も早くこのフロアから離れたいので許してください。
「とりあえずオフィスに戻りませんか?ここでは緊張が解けなくて」
「それもそうね。意外と会議室の中まで声聞こえるし、私たちは先に帰りましょうか」
そう言ってエレベーターに乗る。
まさか彼が大企業の御曹司だったなんて。
っていうか、もう会わないことが前提だったから調子に乗って挑発的なことを言った気がする。
『運命というものに憧れるなら見つけてみてください。…楽しみにしていますね』
酔ってたとはいえ、なんてこと言っちゃってるんだ。
羞恥心で軽く3回は死ねる。
先輩にはお手洗いに行くという旨を伝え、エレベーター前で別れる。
そのままトイレの個室に入るなり、ため息とともに1人反省会を始める。
再会したとはいえ相手も仕事だ。
流石に私を突き止めようとはしてこないはず。
それに1カ月も前のたった一夜のことだ。
女を取っ替え引っ替えできそうな地位も容姿も持っているのにこんな私に執着する方がおかしい。
うん、そうだよ。
考えすぎだ。
運命だ何だと謳っていたが、結局はお互い酔っていた。
酒代もホテル代も払ったんだから今更何かを要求されることもない。
よし、どれだけ考えてもあの一夜を蒸し返される理由はない。
だから私は何も見ていないし、彼のことを知らない。
よし、終了。
さっさとオフィスに戻って残りの仕事を片付けてしまおう。
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