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7話
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晴明は見ていなかったが、葛葉の顔は真っ赤だった。違う意味で、心臓がバクバクしていた。恐ろしく強く、そして本当は優しいのだ。どうすれば、晴明に認めて貰えるようになるのだろうか。葛葉は手を引かれながら、考えた。大きく温かい手は、想像以上に心地良かったから。広い胸は、未だ感じた事がないくらい落ち着いた。 ふしだらにも、もう1度抱き締めて欲しいと思った。
「葛葉殿、大丈夫か?」
少し急ぎで来てしまった事に、晴明は気付いて葛葉を気遣った。ぼんやりとしている、葛葉が辛いのではないかとも思ったのだ。
「あ、あら? もう、ここまで? 晴明殿が手を引いてくださいましたから、随分楽に歩いておりました」
必死に色々考えすぎて、あっという間の時間だった。急ぎで昨日の道を歩いていた事すら、気づいていなかった。
「少し休んでから、本来の道を行くか」
丁度、少し大きめの切り株があったので、晴明は葛葉から手を離してそこに座った。
思わず、葛葉から名残惜しい「あっ」と言う声が漏れた。
「どうした?」
「いえ、大丈夫です」
葛葉の中に、急に寂しさと切なさが込上がった。怖かったけど、また晴明が抱き締めて手を繋いでくれるなら、もう1度山賊が現れないかなと思ってしまった。
「芋でいいか? 朝餉もまだだったな」
「は、はい」
どきどきしで、どうにも食欲が出ない。今更、恐怖が蘇ってきたようだと思った。
「私も、晴明殿のように強く……せめて、自分の身くらい守れればよいのですが、どうにも武芸は苦手で」
「誰にでも、得意不得意はあるのだな。ただ、恵慈家は武家ではない。いくら武術にたけていても、なんにもならん」
葛葉の胸が痛んだ。
葛葉が晴明に惹かれ始めている事を、彼はまだ知らない。
力なく生まれた妬みと屈辱の悔しさは、晴明の中から頻繁に顔を出しては葛葉から引き離そうとする。それだけ、肩身の狭い思いをしてきたのだから、仕方がなかった。
「もしも、武家でしたら。晴明殿が万石の大名になるのもすぐだったかも知れませんね」
葛葉も、変に慰めようとするのはやめた。
「そして、私は。何処かの大名のお屋敷に、人質として嫁ぎに行ったんでしょうか」
晴明が鼻で笑ったように見えた。
「父上のご友人に、武家の主人がおられるのはご存知か? 何でも、今から向かう湯治場への療養の旅の途中で知り合ったそうだ。特別栄えた家ではないそうだが、時々そこの主人と嫡男が遊びに来ていた。いつも俺が勝つのだが、あやつも中々の剣さばきで、大変面白い」
「晴明殿は、誠に剣術がお好きなんですね」
「それしか能がないから」
何故、そのようなひねくれた考えをするのだろう。と、葛葉は寂しく思う。
「私は、その武家のご友人を知りません。寧ろ、父上にそのような方がいたのかと驚いているくらいです。それと同じように、晴明殿の事も噂程度でしか知りません。晴明殿が術を使えないということくらいしか。血を分けても使えなかったということでしょうか?」
元々術を使えるはずの身内に、血を分けるとはおかしな話だった。最終手段であり、恥であるとされた。それ故に、封印されてきた。しかし、今や葛葉に隠した所でなんになると。笑いたければ笑えと思う。屈辱に、晴明は顔を赤らめながら背けた。
「ああ、血は貰ったよ。だが、使えなかった。正確に言えば、まともに使えるようにはならなかった。剣を振るうたびに、暴走するかのように何かが起こる。時には風が起こり、雷か走り、そして焔が上がる。こんなもの見たことがないと、手を焼いた松兵衛が封印した」
葛葉は、目を見開いた。
「恵慈家の力というものは、自然を操る自然の理を基礎にした陰陽術に通じるものだと存じております。恵慈家の血はその全てを操る事が出来ますが、血を分けられた者に関しては、その者が本来持って生まれた属性の力しか使えないと言われております。全ての力を使えるのであれば、それは本来の恵慈家の力が眠っていると言うことでは」
「眠っているかどうかは知らんが、恵慈家の血というのは、当たり前ではないか。そなたと同じ父から生まれたのだからな」
そして、ぽつりと呟いた。
「側妻と言えど、本来正妻になる筈だったそなたの母の血を持つ主の方がやはり正しい血統なのだろう」
これは、晴明もどこかで納得していた。それを覆したのだから、罰が当たったのではないかと。
「ですが、私は所詮女子ですし。里を守る事など出来ませんから……」
「それでそなたと婚姻させ、事を丸くおさめようと言うのが父上の考えなのだろう。血としても家としても、確かに丸くおさまるな。第一、そなたの母の家系は、不運で血が絶えたと聞いた」
「私は、母上のお家の事はよく知りませんが、その事で母が泣いていたのを幼い頃見ております。ですから、晴明殿は恵慈家にとって、大切な存在なのです。何故なら、私は確かに術は使えます。ですが、ただ使えると言うだけで、当主の器ではありません。卑弥呼様とは違うのです」
「では、そなたの理想は?」
「理想ですか? 正直申し上げればご期待を裏切る事になりますが」
「構わん。所詮、理想だから」
「今までのように、人を救うだけでいいのです。慕われ、敬われたい訳ではないのです」
「では、その手柄の先が別の者の名であったり、日陰に隠れる存在であってもいいというのか?」
「はい、救われた方を見るのが私の悦びですから」
「では、出家しろ」
「それは難しいです。何故なら私には根性がなく、尼の修行には耐えられません。かといって、当主になるというのも気苦労が多く、ましてや人の上に立というのは好きではないので……」
晴明が笑った。
「出来れば、晴明殿を当主に仕立て上げ、私は好きなことをしながら余生を過ごすと言うのが理想かと」
「葛葉殿は、正直だな。面倒事なら俺も御免だ」
晴明の理想は、この里を保つこと。彼は彼なりに、里を愛していた。お家騒動さえなければ、何も不満は無いはずであった。
「さて、少しは先に進もうか」
「はい。死人の道とは、どのようなものなのでしょうね。百鬼夜行みたいなものでしょうか?」
「ぶっちゃけ、俺はオバケとか幽霊の類は信じておらんのだよ。だって、見た事ないし」
「見てみたいですか?」
「いや、敢えて見てみたいとは思わんよ」
なんだろう、少しだけだけれど、2人の間の壁がほんの少しだけ薄くなったように感じた。初めての無駄話に、今まで重かった足が進んだ。
山道の暗がりは、いつもより早いように感じた。流石、死人の道と避けられてきただけあってか、かつては整備されていたであろう山道も、荒れ果てその名残を残すだけになっていた。予想以上に進みづらいその先に、途中苔むしたお地蔵様がいた。
「人買いが往来する道だったのでしょうか」
悲しげに見えるお地蔵様は、苔と雑草に隠れてしまっていたが、その足元にお守りだったようなものが幾つか落ちていた。ここで、何人もの子供が捨てられ、お地蔵様に見守られて亡くなったんだろうか。これは、葛葉の想像だったのだけど。
「いずれ、病気や怪我だけでなく、こうして幼く尽きる命をも救えたらいいのですが」
「7つまで、子は神の子であって、親である神の元に帰るのであろう。それ程不憫なのだろうか」
晴明の知識も、当時としてはそれほど間違ってはいない。
「それは、大人の綺麗事のように、私は思います。いつか、私も親になった時、子にはそのような無責任な知識を与えたくはありません。その為には、晴明殿にもっと豊かな里にして頂かなくては。子が神に帰る必要のない里に」
「そうか」
「葛葉殿、大丈夫か?」
少し急ぎで来てしまった事に、晴明は気付いて葛葉を気遣った。ぼんやりとしている、葛葉が辛いのではないかとも思ったのだ。
「あ、あら? もう、ここまで? 晴明殿が手を引いてくださいましたから、随分楽に歩いておりました」
必死に色々考えすぎて、あっという間の時間だった。急ぎで昨日の道を歩いていた事すら、気づいていなかった。
「少し休んでから、本来の道を行くか」
丁度、少し大きめの切り株があったので、晴明は葛葉から手を離してそこに座った。
思わず、葛葉から名残惜しい「あっ」と言う声が漏れた。
「どうした?」
「いえ、大丈夫です」
葛葉の中に、急に寂しさと切なさが込上がった。怖かったけど、また晴明が抱き締めて手を繋いでくれるなら、もう1度山賊が現れないかなと思ってしまった。
「芋でいいか? 朝餉もまだだったな」
「は、はい」
どきどきしで、どうにも食欲が出ない。今更、恐怖が蘇ってきたようだと思った。
「私も、晴明殿のように強く……せめて、自分の身くらい守れればよいのですが、どうにも武芸は苦手で」
「誰にでも、得意不得意はあるのだな。ただ、恵慈家は武家ではない。いくら武術にたけていても、なんにもならん」
葛葉の胸が痛んだ。
葛葉が晴明に惹かれ始めている事を、彼はまだ知らない。
力なく生まれた妬みと屈辱の悔しさは、晴明の中から頻繁に顔を出しては葛葉から引き離そうとする。それだけ、肩身の狭い思いをしてきたのだから、仕方がなかった。
「もしも、武家でしたら。晴明殿が万石の大名になるのもすぐだったかも知れませんね」
葛葉も、変に慰めようとするのはやめた。
「そして、私は。何処かの大名のお屋敷に、人質として嫁ぎに行ったんでしょうか」
晴明が鼻で笑ったように見えた。
「父上のご友人に、武家の主人がおられるのはご存知か? 何でも、今から向かう湯治場への療養の旅の途中で知り合ったそうだ。特別栄えた家ではないそうだが、時々そこの主人と嫡男が遊びに来ていた。いつも俺が勝つのだが、あやつも中々の剣さばきで、大変面白い」
「晴明殿は、誠に剣術がお好きなんですね」
「それしか能がないから」
何故、そのようなひねくれた考えをするのだろう。と、葛葉は寂しく思う。
「私は、その武家のご友人を知りません。寧ろ、父上にそのような方がいたのかと驚いているくらいです。それと同じように、晴明殿の事も噂程度でしか知りません。晴明殿が術を使えないということくらいしか。血を分けても使えなかったということでしょうか?」
元々術を使えるはずの身内に、血を分けるとはおかしな話だった。最終手段であり、恥であるとされた。それ故に、封印されてきた。しかし、今や葛葉に隠した所でなんになると。笑いたければ笑えと思う。屈辱に、晴明は顔を赤らめながら背けた。
「ああ、血は貰ったよ。だが、使えなかった。正確に言えば、まともに使えるようにはならなかった。剣を振るうたびに、暴走するかのように何かが起こる。時には風が起こり、雷か走り、そして焔が上がる。こんなもの見たことがないと、手を焼いた松兵衛が封印した」
葛葉は、目を見開いた。
「恵慈家の力というものは、自然を操る自然の理を基礎にした陰陽術に通じるものだと存じております。恵慈家の血はその全てを操る事が出来ますが、血を分けられた者に関しては、その者が本来持って生まれた属性の力しか使えないと言われております。全ての力を使えるのであれば、それは本来の恵慈家の力が眠っていると言うことでは」
「眠っているかどうかは知らんが、恵慈家の血というのは、当たり前ではないか。そなたと同じ父から生まれたのだからな」
そして、ぽつりと呟いた。
「側妻と言えど、本来正妻になる筈だったそなたの母の血を持つ主の方がやはり正しい血統なのだろう」
これは、晴明もどこかで納得していた。それを覆したのだから、罰が当たったのではないかと。
「ですが、私は所詮女子ですし。里を守る事など出来ませんから……」
「それでそなたと婚姻させ、事を丸くおさめようと言うのが父上の考えなのだろう。血としても家としても、確かに丸くおさまるな。第一、そなたの母の家系は、不運で血が絶えたと聞いた」
「私は、母上のお家の事はよく知りませんが、その事で母が泣いていたのを幼い頃見ております。ですから、晴明殿は恵慈家にとって、大切な存在なのです。何故なら、私は確かに術は使えます。ですが、ただ使えると言うだけで、当主の器ではありません。卑弥呼様とは違うのです」
「では、そなたの理想は?」
「理想ですか? 正直申し上げればご期待を裏切る事になりますが」
「構わん。所詮、理想だから」
「今までのように、人を救うだけでいいのです。慕われ、敬われたい訳ではないのです」
「では、その手柄の先が別の者の名であったり、日陰に隠れる存在であってもいいというのか?」
「はい、救われた方を見るのが私の悦びですから」
「では、出家しろ」
「それは難しいです。何故なら私には根性がなく、尼の修行には耐えられません。かといって、当主になるというのも気苦労が多く、ましてや人の上に立というのは好きではないので……」
晴明が笑った。
「出来れば、晴明殿を当主に仕立て上げ、私は好きなことをしながら余生を過ごすと言うのが理想かと」
「葛葉殿は、正直だな。面倒事なら俺も御免だ」
晴明の理想は、この里を保つこと。彼は彼なりに、里を愛していた。お家騒動さえなければ、何も不満は無いはずであった。
「さて、少しは先に進もうか」
「はい。死人の道とは、どのようなものなのでしょうね。百鬼夜行みたいなものでしょうか?」
「ぶっちゃけ、俺はオバケとか幽霊の類は信じておらんのだよ。だって、見た事ないし」
「見てみたいですか?」
「いや、敢えて見てみたいとは思わんよ」
なんだろう、少しだけだけれど、2人の間の壁がほんの少しだけ薄くなったように感じた。初めての無駄話に、今まで重かった足が進んだ。
山道の暗がりは、いつもより早いように感じた。流石、死人の道と避けられてきただけあってか、かつては整備されていたであろう山道も、荒れ果てその名残を残すだけになっていた。予想以上に進みづらいその先に、途中苔むしたお地蔵様がいた。
「人買いが往来する道だったのでしょうか」
悲しげに見えるお地蔵様は、苔と雑草に隠れてしまっていたが、その足元にお守りだったようなものが幾つか落ちていた。ここで、何人もの子供が捨てられ、お地蔵様に見守られて亡くなったんだろうか。これは、葛葉の想像だったのだけど。
「いずれ、病気や怪我だけでなく、こうして幼く尽きる命をも救えたらいいのですが」
「7つまで、子は神の子であって、親である神の元に帰るのであろう。それ程不憫なのだろうか」
晴明の知識も、当時としてはそれほど間違ってはいない。
「それは、大人の綺麗事のように、私は思います。いつか、私も親になった時、子にはそのような無責任な知識を与えたくはありません。その為には、晴明殿にもっと豊かな里にして頂かなくては。子が神に帰る必要のない里に」
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