生克五霊獣

鞍馬 榊音(くらま しおん)

文字の大きさ
36 / 96

36話

しおりを挟む
 蜃が、溜め息を吐いた。
「あれが、鬼共の封印場所だと教えなかった我々にも責任があると。処分はこの程度で済んだのだが……大変なのは、これからだ」
「私達は、お蝶姉様に言われて眠っていて、事の次第は知りませんの。けど、またあの時のように鬼を退治することは出来ないのですか?」
 蜃は、苦い顔をした。
「あの術は、危険すぎる。それに大きな力を必要とするから、一生に1度しか使えんのだ。もし、あの術を使うのだとしたら、次は俺。だが、誰が犠牲になるのか」
 新月は何も言えず、ただしゅんと黙りこくった。 
「蜃様、新月は蜃様にお話したいことがあります」
「なんだ?」
 「この件が片付いたら、聞いてくださいますか?」
「今では、いかんのか?」
 新月が、コクリと頷いた。
「わかった。全てが終わったら聞こう」
 やっと、旬介の居場所がわかった。新月は蜃から離れると共に、地下の独房に向かった。が、途中で葛葉と鉢合わせた。酷く疲れた顔をしていた。
「新月、旬介に会いにいく気か? 蜃から聞いたのか」
 新月が否定も肯定も出来ずにいると、葛葉は彼女の肩を逆方向に押した。
「それは、いかん。情けを与えては、罰にならん」
「いつまでですか?」
「まだ、決めておらん。けど、当分は無理だ。これでもまだ、軽い方だ」
「これから、どうなるのですか?」
「どうにかする。案ずるな」
 新月の目に不安の涙が、うっすら浮かんだ。

 竜子も心配しており、新月が葛葉と部屋に戻るなり、側に駆け寄った。
「どうだった?」
 それを見た葛葉が、竜子にも釘をさした。
「新月にも伝えたばかりだが、絶対に会ってはならん。情けを与えては、罰にならん。罰にならねば、また同じことを繰り返す。もう2度繰り返さぬよう、あの馬鹿2人には頭と身体に十分すぎるくらい教えこまねばならんからな」
 葛葉に言われ、竜子もしゅんとした。 
 その晩、新月と竜子はこっそり寝所を抜け出した。誰も何も教えてくれないから、心配で仕方なかった。ご飯は食べているのかな、とか。今はどうなっているんだろうか、とか。イタズラ好きだった2人が折檻されることはよくあったが、今回ばかりは事情が違うし様子も違う。自業自得だと言ってしまえばそれまでだけれど。
 地下牢への入口は、幸い鍵が掛かっていなかった。恐らく、何かあった時に逃げられる様にという配慮からかもしれない。ただ、中は壁に札が一面に貼り付けられていた。逃げないように、2人の法力を封じたものである。無論、ここに入ってしまえば、新月達はおろか葛葉でさえ術は使えない。
 新月と竜子は互いに手を繋ぐと、息を潜めて階段を降りた。真っ暗で良く見えない。もし、何か明かりにでもなるような物を持ち込んで見つかったらいけないと、何も持って入らなかった。
 地下への階段の半分まで降りたところで、枯れた2人の啜り泣きが聞こえた。真っ暗で冷えきった独房の夜は、2人には酷く堪えた。静かすぎて怖くて、話すことすら塞がれ、互いの啜り泣きだけが頼りだった。
 目もなれないような暗闇の中、手探りでようやくたどり着いた独房の前で、新月は小さな声を出した。
「こっちは、旬介? 紗々丸?」
 何かが動いたような気配と、手に冷えた手の感触があると、その手が新月の手を引き、顔を触らせているようだった。柔らかくてさらさらとした、髪の感触があって、旬介と気付く。竜子も別のところで紗々丸と会えたようで、何かこそこそと話していた。そこから新月が撫で回すように触ると、冷えた頬はぐっしょり濡れていて、口元に布が噛ませられているようだった。それから、先程触った旬介の手も、よく触れば手首で縛り上げられている。
「自業自得だよ。ちゃんと反省しなきゃダメだよ。でも、よかった。元気そうで」
 旬介は、新月の手をぐっと握った。
「こっそり会いに来たのよ。本当はダメなんだけどね。だって、誰も旬介達のこと教えてくれないんだもの。見つかる前に行くね」
 旬介の手に、更に力が入った。
「だめ、見つかったら怒られちゃう」
 新月は無理矢理その手を引き離した。旬介の一旦止まっていた啜り泣きが、再び響き始まった。
「またね」
 闇の中、その様子は全く見えなかった。けれど、見えなくてよかったとすら思った。
 竜子と外に出たところで、待っていたのは蜃だった。
「新月」
 蜃の低い声に、新月は肩をビクリとさせ、数歩下がった。
「ごめん……なさい」
「お前達も一緒に、折檻されるか」
 竜子と青い顔でその場に蹲ると、蜃は冗談だと2人を立たせた。
「厠に行こうと思って部屋を出ようとしたら、お前らの影が見えたので不審に思って着いてきたんだ。なんで聞けんのだ、お前らは」
「心配で……」
「見たのか?」
「見えなかったけど……多分、酷い」
「本当なら、死罪だ」
「可哀想」
「自業自得なんだ。第一、話す事も動く事も制限されてはいるが、1日1食の飯と十分な水は与えているし、毎日折檻も兼ねて母上が会いに行っているからそれほど酷い目にもあっていないよ」
 そうなのか? と、新月は首を傾げた。
「それより、2人の罰はどうしようかな?」
「うっ……」
「まあ、今夜のところは見なかった事にしてやるから、早く寝ろ。明日何か聞かれても、話すな。俺が誤魔化してやるから」
「はい」

 その晩は、それ以降何事もなく終わり、見つかったのが蜃で良かったと新月と竜子は心底思った。
 翌日、やはり葛葉は何か感じていたのか、夜中に何処かに行ったのかと聞かれたが、蜃が寝れずに自分と一緒に散歩をしていたと誤魔化してくれた。晴明は何処か疑うような顔をしていたが、何も言わなかった。

 それから半月程して、旬介と紗々丸はようやく地下牢から出てきた。2人共酷く窶れていて、当たり前だが元気はなかった。更にそこから暫く謹慎するよう告げられ、2人共部屋に篭もりっきりになっていた。
「旬介、入るよ」
 やっと話せる機会が出来て、新月が堂々と会いに行くと、旬介は部屋で蹲って泣いていた。
「やっと、出られたのにまだ泣いてるのね。自分が悪いんじゃないの」
 と、言いながら新月は旬介の頭を撫でた。
「こんなことに……なるって……思ってなくて……あそこにあったものも……何か……知らなかったから」
 途切れ途切れに、旬介は言葉を出した。その声はすっかり枯れていた。
「母上が……一緒に……死のうと言うんだ……お蝶姉さんのように……里のために……だから、俺……新月との約束……守れない」
 新月の胸に、刺されたような痛みが走った。
「紗々丸も?」
 旬介は、首を左右に揺らした。 
 新月は、弾かれたように旬介の部屋から飛び出した。
「母上!」
 「どうした?」
 血相を変えて部屋に飛び込んできた新月に、葛葉は驚きながら問うた。
 新月は、荒い呼吸の中続けた。
「旬介は……母上は、旬介と共に……死ぬのですか?」
  葛葉は表情を殺すと、新月をその場に座られた。
「新月。この度、封印の解かれた鬼共は、お蝶が犠牲になって発動させた秘術『生克五霊獣の法』によってしか抑えることが出来ん。それを使うには、お蝶のように生贄が必要なのだ。あの子の失態は、育てた私の責任だ」
「そんな……」
「誰かが犠牲にならねば、事は収まらん」
 新月はその場で、泣き叫んだ。
 旬介が死ぬのも嫌だ、母上が死ぬのも嫌だ。もう誰かが死んでしまうのが、堪らなく嫌だった。
 泣き叫んで、散々泣き暮れて、泣き明かして……。 
 悔しくて、どうしていいかわからなくて。
 気付いた時、泣き腫らした目で蜃の元に来ていた。
「新月、目が真っ赤じゃないか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...