生克五霊獣

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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74話

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「さて、問題は元凶共にどう接触していくか、だ。術は確実にかけねばならないし、同時に4人がおるのだ。四神の術でも使おうかな。首を傾げるな、思い出してもみろ。お前らは1度使ったことがあるぞ」

「?」

 一同が首を傾げた。

「なんだ、覚えておらんのかな? 私が初めて教えた大掛かりな術だったのだが。ずっと以前、元凶が蘇る少し前のだ。まだ晴明殿がおったころ、雨が何日も降り続いて里が闇に覆われた事があったろう」

「あ」

 と、何人かが声を上げた。

「あの時は部屋で教えた。それぞそれがそれぞれの霊気を上げ、清めるために断食をして、極限の精神状態からそれぞれの霊獣を体内に取り込んだあれだ。四神の結束した結界の中では、元凶の動きも限られるし力も弱まる。麒麟が術を使える可能性も上がるというもの。それから、同じように私も金色の龍と繋がる。そして、龍と意識を通わせるつもりだ。少しでも計画通り、事を進ませる為にな」

 麒麟の頭に、晴明の姿が焼き付いて離れない。どうすべきか……話したくも、どうすべきかわからない。悩んでいるのが顔に出ていた。それに気付いていたのは蜃だけではなく、葛葉とて同じだった。

 麒麟が話すのを待っていたが出てこないので、痺れを切らせた葛葉が問うた。

「麒麟、なにか隠している事があるのだろ?」

 はっとした。

「あ、いや。厠に行きたいので、ここらで休憩でもせぬかな? と」

 咄嗟に誤魔化してしまった。

「あ、ああ。そうだな、では一旦休憩としよう」

 解散となると、子供達は慌てたように厠へと向かっていく。その反対へと言い出した麒麟は歩いて行った。

「麒麟、厠はそっちじゃないぞ」

 不審に思った蜃が、暫く麒麟の後を着けた後、声をかけた。全く気付いていなかった。

「あ。子供達が先だ」

 麒麟はきょろきょろと辺りを見渡した。

「母上はいないぞ。少し疲れたと、黄龍達と茶でも飲もうかと用意しに行った」

 休憩とは言ったが、会議はこれで終わりのようだ。

 麒麟がふうっと息を吐くと、また屋敷の裏手へと進んで行った。それを蜃も黙って後に続いた。

「母上に叱られた。お前も、そういうことで機嫌直せ」

 どういう事かわからんと、麒麟は腑に落ちないと言うふうに顔を傾けた。

「謝る気はないぞ。俺は悪くないからな」

「あの、本気の平手打ちのことか?」

「ばーか。本気ならあれで済むもんか」

「歯が折れたけどな」

「歯くらいでガタガタいうな」

「…………」

 麒麟は腕を組んで、うーんと唸ってみせた。

「俺から、母上に言う勇気はない。言い難いが……兄上なら、いいか。殴らないなら」

「内容にもよるが」

 麒麟が、嫌な目で蜃を見た。

「そんな軽蔑するような目で見るな。冗談だ」

「殴れない所まで離れてくれたら話そう」

「警戒しすぎだ。俺だって理性はある」

 麒麟は躊躇いつつも話し出した。

「父上が、泰親の手によって蘇ってきた」

「は?」

「泰親曰く、地獄の門番と契約して彷徨う魂を呼び戻したとかなんとか。ただ理性もなければ意識もなかった」

「やり合ったのか?」

 麒麟は頷いた。

「確かに父上の姿、身体だったけど……」

「父上は、龍神の生贄になったんだ。そんなことが出来るとは思えん。魂も、お蝶のように消滅してる可能性のが高い」

「それは、ただ兄上がそう思いたいだけだろ? 父上に関してだけじゃなくて、お蝶姉さんに関しても」

 麒麟にズバリ言われて、否定も出来ずに蜃は言葉を詰まらせて黙った。

「魂というものがあるのなら、記憶も人格もその人であることも、全ては肉体に宿すものなのだとしたら……魂を素材の1つとして考えるなら、あれは確かに父上なのかもしれない」

 ふと、蜃の頭にお蝶の姿が浮かんだ。

「けど、死人は死人だ。兄上がもし禁忌を犯してお蝶姉さんを蘇らせても、後悔するだけだ。はっきり言って、父上の姿はおぞましい。見ればわかる」

 蜃の目が泳ぐように辺りを見回した。

「……ちょっと、考えさせてくれ。母上に言うならば……俺から話すから」

「…………」

 珍しく、上の空。とでも言うべきか、魂を何処かに忘れたような素振りで、蜃は泊まりに使っている部屋へと向かった。


*****


 少しばかり、日が傾き始めた時間だった。麒麟邸の塀の上から、子供が1人、こっそり中の様子を伺っていた。

(なんとかして、父上に喜んで貰わないと)

 鞭打たれた背中は、ずきずきと痛いが、母上は仕方ないと助けてはくれなかった。代わりに、何か一つでも成し遂げれば父上も許してくれる上に褒めてくれると教えてくれた。

 ならば、やるしかないと思い、寝床をこっそり飛び出してきた。

 子の目に映るのは、楽しそうな親子の姿ばかり。子供同士で遊ぶ姿すら目に入る。無性に腹が立った。

 今度は失敗など出来ないので、慎重に辺りを見回していた。すると、娘と子供2人が少し離れたところにいるではないか。庭の地面に絵を描いて、呑気にきゃあきゃあ笑っている。白百合と氷子の2人だった。

(よおし、アイツらに決めた)

 弱そう、と言うのが理由だった。子は、自ら操るイタチを向かわせた。


 イタチは氷子の後ろにちょろちょろと来ると、可愛らしく何かをねだるかのような素振りで、つんつんと幼女の着物を突っついてみせた。

 氷子がそれに気付いて振り返ると、しゅっと退いて、少し離れたところで小首を傾げる。

 その姿が氷子には、すこぶる可愛く見えた。頬をぽっと赤らめて、白百合を呼んだ。

「白百合お姉ちゃん、ねこちゃん。ねこちゃん、抱っこしたい」

 氷子はまだ幼い。イタチかネコかの区別が、まだよくわかってない。

「氷ちゃん、違うよ。あれはイタチ」

「いたち?」

「そうそう」

「いたち、でもいい。氷子、だっこしたい」

 白百合は仕方ないなあと、イタチに近付いた。

 刹那、先程まで可愛らしくちょこんとしていたイタチが、急に殺気を放った。咄嗟のことすぎて反応が遅れた白百合に向かってイタチは飛び掛かり、辛うじて避けたものの着物の一部を引っ掛けながらイタチは飛んだ。

 ビリビリと綺麗な着物は破かれ、見るも無残な姿へと変わる。両手でズタズタに引き裂かれた着物を押さえ、顔を真っ赤にしながら白百合は叫んだ。殆ど半裸で、どうしようもない。

 たまたま厠から部屋に戻る途中だった旬介が聞きつけ、何事かと庭に飛び出した。

「どうした?」

 旬介の顔を見て、白百合は安心したのか泣き出してしまった。

 霰もない姿に顔を真っ赤にしながら、旬介は自分の着ていた着物の羽織を脱ぐと、白百合に被せた。

「何があった?」

 思わず棒読みで問う。

「ふえええ……」

 ポロポロと涙を流しながら、白百合はイタチに指をさした。刹那、再びイタチが飛びかかってくるので、旬介はそれを拳で叩き落とした。

 くるんっと回転しながら、イタチは地面に着地した。

 今は術も使えない、武器も持ってきてない。どうするか。とりあえず……

「白百合、避難してろ。ここは、何とかするから」

 白百合はこくりと頷くと、近くできょとんと見ていた氷子を抱いて屋敷の中に飛び込んだ。

「いるんだろ! 名前わからんけど、イタチ野郎!!」

 旬介が大声で叫ぶと、物陰から子が姿を現した。


*****


 泣きながら、白百合は黄龍達が茶を飲む席に伸びこんだ。身体には旬介の着物を纏っている。

「あら、白百合。こっちでお茶でも……」

 ふんわり言いかけた薫風の声が止まり、なんだと一斉に一同が白百合の方を向いて固まった。

 黄龍の目に止まったのは、霰もない姿に纏った旬介の上着だ。

「旬……介……に?」

 黄龍の声が震える。

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