生克五霊獣

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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75話

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 白百合は旬介に助けられたという意味だと思って頷いた。が、黄龍からしてみれば、年頃の息子が我慢ならず襲ったのだと思ったのだ。

 白百合は相変わらず泣いたまま。黄龍は声にならない悲鳴を上げると、麒麟を呼んだ。

 何事かと麒麟がひょっこり女子会の席に顔を出すと、その首根っこを引っ捕まえて、黄龍は庭へと飛び出した。

 続いて続々と人が集まるものの、冷静に一呼吸終えた薫風が優しく白百合に話した。

「白百合、泣いてたらわからないわよ。旬介ちゃんに、乱暴されたの?」

 白百合は、ぶんぶんと首を左右に振った。

「じゃあ、助けてもらったとか?」

 白百合は、首を縦に振った。そしてようやく震える声で

「旬兄を、助けて」

 と、呟いた。


 庭に飛び出し、ぐるっと見回って直ぐに倅を見つけた。

 あのイタチの子と一緒に、素手でやり合っている。子は素手のみの旬介にも容赦なく、自ら操るイタチをぶつけていた。

「お前には聞きたいことが山ほどあるんだ。大人しく牢に入ってもらうからな」

 偉そうに言うが、旬介の目は笑っていない。

「ふうん。お前みたいな寝小便臭いガキに捕まるかよ」

 ガキと言うが、見た限り年は大差無さそうだ。もしかしたら、旬介より年下かもしれない。

 旬介は挑発に乗って、カチンと来た。

「だから! おねしょなんてしないし!! ふざけんな!」

 近くで聞いていた黄龍と麒麟が思う。

(気にしてるんだ……)

 暫く殴る蹴るが続いた中で、素手となれば力の差か、旬介が少しおし始めた時だった。旬介の伸びた手を交わしきれなかった子の胸に、彼の手の平が当たった。小さいながら、確かな柔らかな膨らみが彼の手におさまった。

「!!」

 咄嗟のことに、旬介は一瞬固まり、その隙をついて子は彼の腹を思いっ切り蹴飛ばした。

 旬介の身体が吹き飛んで、床に転がった。

「は? 女?」

 子、すなわち娘は容赦なく旬介に馬乗りになって殴りつけた。それを掌で押さえつけた。

「待てって! お前、女?」

「なんだ?! それがどーした!」

 どんっと旬介は娘を突き飛ばすと、体勢を立て直した。通りで、男にしては力が弱いし細い気がする。みすぼらしい姿だから、まともな生活をしていないせいだと思ったいたが、それだけじゃなかった。急に、目の前の娘が無性に可哀想に見えてきた。

「お前。名前は? なんでこんなことすんだよ」

 間合いを取りつつ聞いてみた。

「は? 名前? なんだよそれ。僕は父上に喜んで貰わないといけないから、お前からやっつけてやる!」

 ダッ! と子が旬介に向かって飛びかかった時だった。

 飛び込んできた(黄龍に押し投げられた)麒麟が、娘の腹に一撃を入れた。パタリと、娘は電源を切られたようにその場に倒れた。

「旬介、地下牢にぶち込んどけ。入口にこの札を貼ってな」

 麒麟が旬介に御札を渡そうとしたとこだった。その後ろから、殺気立った黄龍が顔を出した。

「旬介。お前も牢行きだ」

「え?」

 訳が分からないが、その異様な雰囲気に旬介はゾッとした。何をやらかしたのかと、必死で考えてもみるが思いつかない。

「たっぷりお仕置きしてやるから覚悟しろ」

 旬介の顔が青ざめた。なんで?っと聞きたいが、声が出ない。何故なら未だかつてないくらい、黄龍が怒っていたから。

 おろおろしていると、後ろから薫風が白百合と共に追いかけてきた。

「黄龍ちゃん、待って! 濡れ衣よ」

 黄龍が振り向いた。

「旬介ちゃんは、うちの白百合を助けてくれたの。白百合に乱暴したのでも、襲ったのでもないのよ!」

 事の真相がわかった途端、今度は旬介が怒った。

「酷い! 俺の事疑うなんてさ!!」

 今度は黄龍がすまなさそうな顔をした。

「お前も年頃だからなあ」

「そーゆー問題じゃないだろ!! 」

「ごめん」

「ごめんで済むかよ! 危うく俺のお尻がまた可哀想な事になるとこだったし! 母上だっていつも謝っても許してくれないくせに!」

 旬介がヒステリックに怒るので(当たり前だが)、今回は黄龍が認めて折れた。

「わかった。後でお詫びに小遣いやるから、機嫌直せ」

 旬介は、ぷいっと顔を背けながら言った。

「仕方ないな、今回はそれで許す」

(麒麟に似て、めんどくさいやつだ)

「さて、娘を牢に入れたら夕餉にするから手伝え」

 旬介は首を傾げた。

「娘の世話はお前の担当だ」

「はあ?」

 黄龍は旬介の文句を聞かないフリして歩き出した。

「母上は、いつも勝手なんだからっ!」

 麒麟が無言で旬介の頭を数回軽くぽんぽんとした後、黄龍の後を追いかけた。

「もう」

 っと唇を尖らして、旬介は気を失った娘を抱えて地下牢へ向かった。

 娘を地下牢へ入れると、旬介は台所を訪ねた。手伝えと言われても何をすればいいのか。普段なら黄龍と2人だから、釜でご飯を炊いたり野菜を洗ったりするくらいはするのだけど。今日はそれぞれ領からも来てため、台所が混み合っていて手伝う事などない気がする。

「母上、行ってきたけど」

 忙しそうに動き回る女達の邪魔にならないよう、端から声を掛けた。

 すると黄龍は、机の端に置かれた茶碗をお盆に乗せて、それを旬介に手渡した。中には粥が入っている。具もないただの粥に見えるが、独特の匂いがする。

「これをあの娘に食べさせてやってくれ。直ぐに気が付くと思うから」

「……なんで俺が……」

 旬介は嫌そうに呟いた。

「そう言うな、可哀想な子なのだからな。それから、必ず食べさせるんだ」

「全部残さず?」

「一口でもいい」

(俺が残すと怒るくせに)

 旬介が文句あり気な顔で、黄龍を見た。

「旬介!」

「はいはい! 全く、人使いが荒いんだから」


 旬介が地下牢に粥を運ぶと、そこの前に麒麟がいた。難しい顔して、娘の顔を見ていた。娘は、まだ気付いていない。

「父上?」

「あ、ああ。粥を持ってきたか」

 麒麟は言うなり、牢の鍵と扉を開けた。

「?」

 旬介はなんとなく嫌な予感がしたが、普段ヘラヘラしている麒麟が珍しく難しそうな顔をしているので、その違和感だと理解した。

「警戒するな。近くまで持って行ってやれ」

 旬介はコクリと頷き、牢の中に入り、粥を盆ごと置いた時だった。


 ガシャン!


 鍵の閉まる音がした。驚いて振り向くと、麒麟が牢を閉めていた。

「え? 何してるんだよ! 父上!?」

「うーん、何か出てきたら、仕留めとけよ。確実にな! また後で来るから」

「はあ?」

 言うと、麒麟はとっとと戻って行ってしまった。

 静まり返った地下牢は暗くて、カビ臭くて不気味だった。初めて閉じ込められた。明かりのようなものなどここにはなく、気配だけで感じるしかないのだが、何が起こったか分からない頭の中は真っ白。涙が出てきた。仕方ないので、さっきの言葉を信じて待つことにした。

「なんだよ……何が出るって言うんだよ……」

 膝を抱えて泣いていたら、娘の唸り声が聞こえた。

「う、う~ん……何処だ? 何が……」

 旬介は泣くのをやめた。

「地下牢だよ」

 娘がきょろきょろしているのを感じる。

「なんだそれ?」

「悪いやつを閉じ込める場所」

「お前、悪いやつだったのか?」

「……」

 単純に言えば、そうなるのだけど。

「俺は、お前の見張り」

「へえ」

 ぐーるるっと、娘のお腹の音が鳴った。

「なんか変な匂いするんだけど」

 粥の匂いだ。

「お前の夕餉、持ってきてやったんだ」

「へえ? 食えるのか?」

 少しだけ目が慣れてきた。どうやらここにも僅かながら光が届くらしい。よく見たら、天井の端の方に空気穴用の小さな穴が空いている。そこから、僅かながら月の光が漏れているのだ。

 普段から闇夜での訓練を受け慣れている彼にとっては、充分な明かりだった。

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