【試し読み】妖言(およずれごと)ー本編ー

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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甲子ノ巻 齬鬼(かみあわないおに)

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 坂下は、目を覚ますや否や「あの娘っ子に逢いたいのお」と隙あらば周りにこぼしていた。
「坂下さんが、自ら手を下すのですか?」
 と弟分の仲間が問えば、坂下はそれを否定した。
「“花岡”は、乱暴じゃの。儂が刃物を向けるから、娘っ子はそうするしか無かったのじゃろうて。あんなに美しく肝っ玉の座った娘も早々おらん。何より腕が立つ。仲間に引き入れたいのじゃ」
 花岡は呆れた。
「殺され掛けたと言うのに、貴方って人は。大体、その娘に仲間が殺されたのかもしれないのですよ」
 坂下は、押し黙った。仲間を殺ったのが、その娘だと言う事を自分が唯一知っているからである。
「仲間達が、今その娘を探しています。見つけ次第、場合によっては殺してしまうかも」
 坂下は叫んだ。
「花岡、それはいかん! 直ぐに止めに行け。見つけたら、儂が話をする」
 花岡は坂下に怒鳴られ、咄嗟にその場から飛び出した。
 坂下は考える。このような時代なのだ。思想等簡単に覆るし、敵味方も安易に変わる。明日は自分が花岡の敵になるかもしれないし、その逆かもしれない。何より、死んだ仲間も自分も、その覚悟で全てを棄ててここにいるのである。娘の事を責めは出来ない。何より、今は一人でも多くの、腕の立つ仲間が欲しい。特に、娘の様な隠密に長けたものなら尚のこと。
(殺すには惜しい、惜しすぎるのだ)
 坂下は、誰とも分からぬ娘に対して、胸を踊らせていた。
(誰でもいい。早う、見つけて連れてきてくれ)

 忍海を呼び出したのは、先日の依頼主の仲間であった。忍海的には、やむ無く四人目も斬ったので、その分貰えないかなと言うスケベ心があった訳だ。
 忍海に依頼をする方法は二つ。噂を流して、その噂に忍海が乗るかどうか。それから、お海がたまたま口利きに現れたタイミングで依頼できるかどうかだけである。
 呼び出す方も、命懸けである。もし、忍海が殺すべきと判断すれば、いつ首を掻っ切られるか分かったものでは無い。噂は噂を呼び、それは真実以上に膨れ上がり、忍海は“鬼”と称される。
「巫女の口利き致しませぬか」
 料理茶屋の廊下から襖越しに、部屋へと鈴を鳴らしたような綺麗な声が響いた。
「お主が鬼か」
 依頼を受けに来たのか、それとも自分を斬りに来たのか。部屋にいる男達は、全身から冷や汗を流した。
 忍海も、馬鹿では無い。寧ろ、頭が切れる方である。警戒する様な相手を、この様に堂々と斬りには現れない。
「鬼とは失敬な。巫女でございますよ」
 一人の侍は刀を抜くと、その先でそっと襖を開けた。歳は十九、二十歳くらいだろうか。そこには、美しい娘が座っていた。
「お侍様方、どうされましたか。口利きがご所望とお聞きましたが、それとも芸でもさせていただきましょうか。お気に召しましたら、一両いただきましょうかね」
 お海が三味線を手に取ったので、侍の一人が慌てて声を上げた。
「待て! 我々も鬼には警戒しているのだ。酒でも呑みながら、話そうでは無いか」
 お海を呼び出した座敷に居たのは、侍が三人。一人は、前回の依頼主と共に見た男であった。なら、さっさと周りに説明すればいいものを、気が小さいのかガタガタ震えながら蹲っているだけなのである。もしくは、説明したからこその状況なのかもしれないが。
(帰ろうかな)
 とお海が思った刹那、その男が這うように部屋を出た。お海がその姿を冷めた目で見送ったのに気付いた侍の一人が、お海に告げた。
「警戒しなくてもよい。其方の酒と料理を頼みに行っただけだ」
 お海は、にっこり笑って返した。
「今宵は、お茶でお願い出来ませぬか。お酒の気分ではなく」 
 お海が言うと、別の男が普通に歩いて先程出た男を追って行った。
「さて、話を始めようか。中へ」
 お海は、残された侍から十分距離を取った場所に座り直した。
「先日、我等の仲間が其方に口利きを頼んだと思う。その仲間で坂下と呼ばれる男がいるのだが、その男を始末して欲しいのだ」
 侍は、懐から折り畳まれた半紙を取り出し、お海に渡した。お海がそれを受け取り開いて見れば、なんのことはない。あの日、最後に無償で斬った男の似顔絵が描かれていたのである。
「この殿方、私をしつこく追い回すので、あの晩口利きしてしまいました。出来れば、そのお代を頂きたいくらいでございますのよ」
 お海がにっこり笑いながら、その半紙を元通り丁寧に畳んで突き返したところで、お茶と料理が運ばれてきた。
「始末した、と?」
「ええ」
 近くで聞いていたのか、最後に出て行った男が、お海の目の前の侍と目を合わせた。そして、目の前の侍の代わりに、その男が答えた。
「では、あの傷は巫女殿が……。坂下は生きています」
 お海は口に含んだお茶を、目の前の侍に向かって吹き出した。
「ごめんなさい」
 咄嗟に謝ったものの、今の話の意味がわからない。
「いや、いい」
 と言いながら、手拭いで顔を拭く侍に、お海は話した。
「私は、あの晩。あの殿方を薬で動けなくしてから、お首の経絡を斬り裂いたんです。生きていられる筈がありませんわ。何かの間違いでは?」
 侍は続けた。
「確かに深手は負ったそうで、一時は命も危ぶまれた。しかし、奇跡的に生きておるのだ。今宵も女郎屋で女を買っていると言う話である」
 お海は動揺して口に含んだ茶を、再び侍に向かって吹いた。
「ごめんなさい」
「いや、いい」
 意味が分からない。瀕死になってから、数日しか経っていないではないか。女といちゃこらする体力があるなどとは、にわかに信じ難い。
「不死身ですか? 不死身が相手では、分が悪いです」
「人魚の肉の話は、ご存知かね?」
 お海は、急な話にきょとんとした。
「この土地の郷土料理の事でしょうか?」
「うむ、いかにも。しかし、その発祥は八百比丘尼の伝説である事はご存知かな。その人魚の肉が実際に存在し、坂下が口にしているとしたら、どうだろうか」
 お海は、声を張り上げた。
「そんなもの、あってたまりますか! そのごきかぶりは、私が何とかいたしましょう」
 お海としても、このまま逃げる訳にはいかなかった。あの晩、お海が口利きを終えたところで坂下と遭遇している。お海がそのまま逃げ切れてさえいれば、坂下はお海が下手人かどうかまで証言出来ないはずであった。お海は、現場に居合わせた巫女で、十分通じたのだ。何故なら、お海の着物には一切の返り血が無いのであるから。けれど、お海が坂下を殺り損ねた事で、話が変わった。
(この先が殺りづらくなる)
 侍は、お海に一両差し出した。お海は、侍に指を二本立てて見せた。侍は、更に一両お海の前に置いた。
「確かに、この口利き承りました」
「ところで巫女殿。今回は、拙者がお供させて頂きたく存じる」
 先程から代弁している侍が、お海に名乗り出た。
「私が信用出来ませぬか?」
「其方は、佐幕でも倒幕側でも無いのだ。そこは、容赦してくれぬか」
 お海は、人形の様に笑って魅せた。
「ならば、場合によっては私をお斬りになりますか?」
 その場の空気が、凍りついた。あの男は、相変わらずガタガタと震えながら蹲っている。
「ご心配無く。坂下の始末は、私の今後にも関わっておりますから」
 お海は、小判を二枚。懐に入れると、立ち上がった。
「貴方々こそ。そこの殿方の様にならぬよう、鬼の扱いには十分ご注意くださいな」
 お海は、三人を冷たく睨みつけると、部屋を出た。ガタガタ震える男の下には、大きな水溜まりが出来ている。
 お海が去った後、余りの情けなさに侍は尋ねた。
「あの巫女の何がそこまで恐ろしいのだ」
 気の小さくなった男は答えた。
「あの巫女は、本物の鬼じゃ。その姿に見蕩れいる間に、顔色一つ変えず首を刎ていく。その姿を、心底美しいと思わせるのじゃ」
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