【試し読み】妖言(およずれごと)ー本編ー

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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【試し読み】特装版 絆鬼(つなぐおに)

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 忍海は、霧雨の着物の中へと手を忍ばせた。しかし、態と焦らしては霧雨の欲しい所へ指を這わせてやらない。
「あんた、態とだろう?」
 今にも泣きそうな声で、霧雨は呻いた。忍海は素知らぬ顔で、微笑を浮かべながら囁いた。
「何の事だい?」
「女に言わせる気かい?」
「さて、何の話だか?」
 忍海は、事実何もしていない。それなのに、忍海の媚薬で理性を失った霧雨の身体は、恥ずかしい程に羞恥する。とろとろと溢れ出る淫液をどうにかしたいと、霧雨の手が自らの股に伸びたところで、忍海はそれを邪魔して押し倒した。
「ああ、俺は何もしていないんだがなあ。こんなに溢れちまって。びしょびしょじゃないかい」
 忍海は意地悪く、霧雨の耳元で囁いた。まるで生娘のように、顔を真っ赤に染め上げた霧雨は忍海にねだった。
「何が知りたいんだい?」
「ん?」
「鬼っ」
 忍海が霧雨の花弁を優しく撫でると、淫液がぬるりと滴った。同時に、霧雨から仔猫の様な鳴き声が上がる。
「ここの店主が、鬼の歩き巫女を探しているとの噂を耳にしてな。何の為にと興味を持ったのだ」
「そんな事を知って、どうするのさ?」
「俺の里にも、鬼ではないが歩き巫女が来た事があるのだ。興味だよ。これ以上追求する気なら」
 忍海は、霧雨の種を指先でくりくりと弄んだ。霧雨の花が、まるで浅蜊よろしく淫液をプッと飛ばしたところで、忍海は離れた。
「終いだ。俺は帰る」
 霧雨が、幼子の様に泣いた。
「わかったよ。言うよ。言うから、ほっとかないでおくれよ。部屋持ちの妓が、夜鷹の男と駆け落ちしたんだ。勿論、妓楼の借金も踏み倒してね。その前に、二人で小指を斬って誓い合ったのは、皆知ってる話だよ。だから、二人は心中したと思ったんだ。けど、遺体が未だに見付からない。それどころか、旦那様は最近悪夢を見るからまともに眠れないって話で。それで、二人の呪いだと騒ぎ出して、なら鬼の巫女に頼もうって」
 忍海はご褒美として、再び霧雨の身体で遊び始めた。霧雨の乳房を愛撫しながら首筋に舌を這わせれば、霧雨の腕が忍海を求めてしがみついてくる。そこから、乳房の突起を舌先でころころ転がした。霧雨の身体が、弓なりに畝った。霧雨の口から、熱い吐息が何度も吐き出される。
「霧雨、まだ話の最中だ。祓いだけなら、巫女であれば誰でも良かろう」
 霧雨の種の手前で、忍海は指を止めた。
「鬼の呪いで、呪い返して貰おうって寸法さ」
「ふうん、醜い話だね」
 忍海は急に面倒になり、そのまま霧雨を猫撫で挫いて、果てさせてしまった。自分は一切、着物すら乱してはいない。
「ねえ、また来てくれるかい?」
 忍海は、いつの間にか、帰る為の襖に手を掛けている。
「面白い情報があればね」
 ぱたり、と。忍海は部屋を出た。
「旦那、どうでしたか?」
 忍海が思ったより早く部屋から出てきたので、旦那は両手を擦りながら、忍海の元に近寄ってきた。
「思い通りだったよ」
 忍海はにっこり笑い、持ち物を返して貰うと、金を払って遊郭街を後にした。
(鬼の呪いねえ)
 基本的に、忍海は暇人である。
(ちょっと遊んでいこうか)
 大体こうなるのがオチである。
 と言う訳で、忍海は近いうちにでも、この妓楼を再び訪ねる事に決めた。勿論、次はお海としての“ひと稼ぎ”である。

 さて、ここからは心中騒動男女の話である。
 越中からの再会を果たし、熱く愛し合った遊女と元陰間ではあるが、互いの小指を入れた心中箱は、妓の方が預かった。そして、金の無い男の代わりに、今夜のお代は自分の借金にするよう、妓は下男に言い付けた。
「今晩の金くらいは、貯めて来ているよ」
 男は、申し訳無さそうに妓に告げた。
「あの世にも金が要るだろう。それに、あんたが食べる分の金はあるのかい」
 男の身体が、恐ろしい程やせ細っている事に、妓は心配した。
「二、三日くらい平気だよ」
「その金で、蕎麦でも食べて帰りな」
 男は余りの情けなさに、顔を悲痛に歪めた。
「そんな顔はおよし。こんなあちきを、ずっと想って迎えに来てくれたんだ。地獄に仏でも見た気分だよ。さあ、今日は帰んな。あんたがあの日の事を今でも覚えていてくれてるんなら、あの場所も覚えているだろう。そこで、待っていておくれよ。何れ逢おうじゃないか」
 この日、男は妓に言われて大人しく帰った。唐瘡であると伝えたにも関わらず、愛してくれた妓の心に改めて泣いた。妓の肌の温もりが、切なく身体に残ったままである。
 男は、とぼとぼと妓楼を後にした。呼び込みの声、客の笑い声、煌びやかな遊郭街の風景が眩しく歪む。もう二度と、足を踏み入れる事は叶わないであろう。一生に一度のつもりで、食う物も食わずに泣け無しの銭を貯めて来たのだから。
 妓の言う、あの場所が男には分からなかった。告げられた刹那、自分を突き放す為の優しさだと分かった。それでも、男は何処かで妓との繋がりを信じたかった。
 遊郭街を抜けた際、二八蕎麦の屋台が目に付いた。男は、蕎麦を一杯注文した。
(美味いなあ、美味いなあ)
 蕎麦どころか、まともな食事など、何時ぶりだろうか。
 男は蕎麦を食べ終えると、町外れへと足を運び、少し遠くからぼんやりと木戸門を眺めた。
(通行手形どころか、身元保証も無いのだ。生きてこの土地から抜け出すことすら、叶わぬのだろうな)
 ガラガラと、大八車が木戸門を通過していく。男は諦めて、いつもの川岸へと向かった。
 客を取る為である。妓のお陰で、数回の食事と家賃代くらいは手元に残ったが、それでも稼がなければ生きてはいけない。それに、叶うなら妓と最期くらいは美味しい物を口にしたいと思った。
(寿司、天麩羅……最後なんだ。屋台じゃなくて、もっと良い物がいいな。そうだ、鰻なんてどうだろうか)
 陰間の時に一度だけ、羽振りの良い客に食べさせて貰ったことがある。
(あれは、美味かったなあ)
 男は顔こそ器量はあれど、中豚なだけに男の客付きが悪かった。その上、早くして痔に悩まされてしまい、喰うのにぎりぎりの日々を送ってきた。
 ある日、ふらりと気紛れにこの男を買った金持ちの未亡人が、男を哀れに思い、鰻をご馳走したのである。男は、未亡人の優しさと鰻の美味しさに、泣きながら食べた。
 散る花に入ってからは、男のそれについて、剥けていない訳では無いが、やはりそこが問題で、女の客もあまり取れないでいた。
 そうこうしているうちに年季が明け、男妾になる事すら適わぬままに。
 最初は提重をしていたものの、実は不義密通であったと亭主にこっぴどく痛め付けられてしまい、夜鷹とならざる得なくなったのである。
 裏長屋で、厠横の一番安い一室を借りて住んでいる。毎晩筵を抱いては、この川岸で客を待った。
 唐瘡を患ったと気付いたのは、夜鷹を始めてから半年後の事である。今はまだ症状が落ち着いてはいるものの、再びいつ発症するのかが分からない。一度感染すれば、落ち着いてもまた何れ発症すると、陰間時代によく耳にした話である。
 遊女程では無いしろ、陰間の間でも唐瘡は蔓延していた。
 いっその事、死んでやろう。何度、そう思った事か。
 流行りであろうか、遊女と客の心中をよく目にした。遊郭街の溝川で、度々男女の遺体が上がるのだ。いつしか、心中溝と呼ばれるその場所は、妓楼の男衆が必ず見張りに現れる場所となっていた。それでも、未だに男女の心中は絶えない。
(俺には、共に死んでくれる人もおらぬ)
 そう思った時、妓を思い出した。本当に妓が共に死んでくれるとも思ってはいなかったし、寧ろ自分の事など覚えてすらいないと思っていた。
 嘘でも良かった。それが例え偽物でも、入っているのが何処ぞの分からない死体の指でも。妓を信じて死ねれさえすれば良かったのだから、本当に欲しかったのは心中箱である。それを抱いて死ぬつもりで、銭を貯めて妓を訪ねた。妓を探し出したのも、この世の未練を断ち切る為である。自分の居場所も、存在も、何もかも否定したかったから。
 それなのに、妓は男に小指を寄越すよう告げた。これから自分は死ぬのだから、そのくらい構わないと思い、心中箱に言われたままに小指を落とした。続いて、まさかの妓もそこへ小指を落とした。
 男は妓が自分を覚えていることも、妓が目の前で小指を落としたことも予想外であった。そして、心中箱を持ち帰ろうとした男から、妓はそれを取り上げ告げたのだ。
「これは、あちきが預かっておくよ。この世を恨みながら死ぬには、丁度いいからさ」

 今晩は、老婆が一人釣れた。十六文貰って、最後までした。老婆は、最後に男へ一言告げた。
「落ちぶれた色男は、儚げで好きさ。また、買いに来るよ」
「どうも、ご贔屓に」
 更に、老婆と老人の二人の客を取った。老人には尻が良くないと怒鳴られ値切られたが、それでも何とか渋々に十六文払って貰えた。
 この日は客足が悪かったので、男はいつもより早いが長屋に戻って寝た。
 朝になって、激しく咳き込んで起きた。風邪を引いたかもしれないと思い、次の日は休んでゆっくり眠った。妓が妓楼の代金を肩代わりしてくれたお陰で、男は休んでいられるのだ。感謝に涙が溢れた。
 やはり、独りで死のうと決めた時、一箇所だけ妓との思い当たる場所が脳裏を過ぎった。
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