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極上の華は地雷の上で咲き誇る 下
しおりを挟む応接室の扉をノックし中へ入ると、そこではシンプルな服装をした夫人がソファに座り、その後ろで若いメイドが一人仕えていた。
「ああ、すみません、夫人。お久しぶりです」
「まぁ、オスカー様! お久しぶりですわ。式以来かしら?」
「ええ、そうですね」
「お元気そうで良かったわ」
「はい。夫人も。……えっと、あの、今アレクは隊員が呼びに行っていて……」
「ええ。私が急に来たものだから驚かせてしまったみたい。すごく慌ててらして、すこし申し訳ないわ」
申し訳なさそうに眉を寄せて微笑む夫人。その表情も可愛らしく、あの隊員はこの顔に当てられたんだなと思った。
「あー、いや、こちらこそ申し訳ない。あいつ、飲み物も出さずに行ってしまったんですね。……用意します」
「いえ、いいのです。オスカー様もお忙しいでしょう? 私は主人に書類を渡したらすぐに帰りますから」
「そういう訳にもいきませんよ。ちょっとお待ち下さい」
そう言って廊下に顔を出せば、ちょうど紅茶のセットをトレイに乗せて持ってくる別の隊員が見えた。
「ああ、ありがとう。あとは俺がするから下がっていいぞ」
扉の所で受け取りそう告げれば、明らかに残念そうな顔をされて苦笑する。
(まったく、どいつもこいつも……)
騎士団にはもちろん女性騎士もいるし、女性の出入りがない訳でもない。だが、仕事の性質上、どうしても男所帯となってしまうというのは否めないところである。
年齢が高い奴や、貴族出身の奴は家庭を持っていたりするが、まぁ、歳も若く隊の宿舎で寝泊りしている奴等なんかは女性との出会いに飢えているのだ。
そこへ、ポッと、これだけ美しい女性が現れたなら。それが上司の奥さんだと分かっていても、どこかソワソワとしてしまうものなのかもしれない。
(それにしても、……なんだ、この色気は……?)
紅茶を出せばふわりとした笑顔でお礼を言い、紅茶を飲む仕草は上級の貴婦人そのものである。その振る舞いは完璧で、高嶺の華と言って過言ない程一分の隙もない筈なのに。
まるで、襟元から立ち薫っているような。
その、伏せらた睫毛一筋一筋に纏い漂っているような。
――それは、極上の女が極上の男に芯から愛されたらこんな風になるのかと思わず感心してしまう程の、匂い立つ色香。
(……アレクがココに連れて来たがらないわけだよ……)
男ならば、つい触れてみたくなる。そう思わせる程の色気だ。
「……今日はまた、何故夫人自ら?」
俺は、俺こそ変な気を起こしてしまう前にと口を開いた。
「え? あ、ええ。主人からの手紙が届いたところに丁度居合わせまして。ふふっ。屋敷の者には少し止められてしまったんですけど、我儘を言ってしまったんです」
「我儘……、ですか」
「ええ。一度来てみたかったんですの。主人がどのような所で仕事をしているのか見てみたかったんですわ」
「なるほど……。それにしても、護衛も付けずとは少々……」
「ふふふっ。オスカー様、ウチは、メイドも御者も強いんですのよ? だから大丈夫ですわ」
夫人のその言葉に、ずっと静かに側で仕えているメイドへと視線を移す。
(まぁ、確かに。かなり腕が立ちそうな雰囲気を持っているが……)
その纏う空気に似合わない可愛らしい顔立ちを見つつそんなことを思っていれば、メイドから小さく頭を下げられた。
「目立たないように服装もシンプルな物にしましたし。それに、ここは騎士団でしょう? 王都で最も安全な場所ではなくて?」
「そう……、でしょうが……」
貴女に限ってはそうではないかもしれません、とは言えずに口籠もってしまえば、メイドもまた、少し呆れた顔をしていた。
「ふふっ。それにしても、当然ですが騎士様がいっぱいいらっしゃって。皆様凛々しくて、カッコイイですわね。皆様が私たちの安全を守って下さってるのだと思うと尊敬しますわ」
本当に楽しそうに、嬉しそうに笑いながら話す夫人。
ほんのり頬を染めて、目をキラキラさせて。
頬に手を当て、首を少し傾げ、ほぅっと息を吐いて。
――その姿は、人の妻だと分かっていてもクるものがあって。
こんな女性を独り占めしているアレクを、心底羨ましいと思った。
羨ましくて、羨ましくて。
嗚呼、自分も早く……、と思った瞬間。
コンコンッ!
「は…「マリ?!!!」
不意に強く扉がノックされ。返事をしようとしたら、慌てた様子のアレクが入ってきた。
「マリ! 何故君が?! ジルはどうしたんだ?!」
がしりと夫人の肩を掴み、叫ぶように尋ねるアレク。
「あの? アレク?!」
「オスカーに何もされていない?! 他のヤツには?!」
「ちょっと、アレク! オスカー様に失礼よ。紅茶を頂いただけだわ」
「いやいや、安心しては駄目だよ。コイツは以前から君みたいなカノジョが欲しいと言っていてね、危ないんだ」
「……お前、本当に俺に対して失礼だろ」
「なんだオスカー、本当の事ではないか。……言っておくが、マリは駄目だぞ。私のだからな」
急に始まった親友夫婦のやり取りにツッコミを入れれば、アレクが夫人を抱き締めながら俺を威嚇する。
(本当に。女嫌いって噂されていたヤツとは思えん程の溺愛ぶりだな……)
呆れて見ていると、夫人が口を開いた。
「……ねぇ、アレク。本当に大丈夫よ? 何をそんなに心配するの? オスカー様にも心配されたけれど、ここは騎士団でしょう? 一番安全な場所じゃない。それとも騎士様はみんな、貴方たちの様に心配性なのかしら?」
「……君は、……本当に……」
「……?? あ、そうだわ。忘れ物を届けにきたのよ? ふふっ。珍しいわね」
「あ、ああ。ありがとう。それにしても、本当、何故わざわざ君が来たんだ? ……ジルに止められなかったかい?」
今度はゆっくりと優しく尋ねるアレク。すると、夫人はキュッと唇を尖らせた。
「……止められたわ。ジルにも、サラにも。……でも、だって。……アレクのお仕事姿を見たかったんだもの。絶対カッコイイと思って。すこしでもいいから見たかったのよ。……それなのに、みんなして止めてくるのよ? そんなに、自分の夫のカッコイイ仕事姿を見てみたいって思うのは駄目なのかしら?」
「「……ッッ!!」」
(……こ、れは……!)
ちょっと照れた風に頬と耳をほんのり染め、ちょっと拗ねた風に眉を寄せ、そして、ちょっと悲しそうに目を潤ませて。
――自分の腕の中で、上目遣いにあんな可愛い事を言われたら。
(……襲いたくて堪らなくなるだろうな)
流れ弾でもヤバいのに。と、夫人を抱き締めたままピシリと固まったアレクを見て、そう思う。
「……アレク?」
「っ、そ、そうだね……。私としてもマリにそう思ってもらえるのは嬉しいんだが」
「え、それじゃあ」
見て行っても……と言いかけた夫人の言葉を、アレクが笑顔で「それは駄目だ」と言い放ち、遮る。
「書類のことはありがとう。君のお陰で報告書も今日中に提出できそうだ。他の仕事も早く終わらせて早く帰るよ。ああ、明日は休みを取っているから、そのつもりで。……今夜は…………」
最後の方は耳打ちをしていたため聞こえなかったが、夫人の顔が真っ赤に染まったことから、なんとなく推測されてしまった。
(……チッ、本当に羨まけしからんな)
内心で悪態をついていれば、アレクが夫人の額にキスをする。
「さて、出口まで送ろう。……オスカーもすまないな。マリは私が連れて行くから仕事に戻ってくれ」
「え。アレク、少しだけでもダメなの……?」
「……駄目だ。危なすぎる。……それに、君は早く帰ってゆっくりしたほうがいいんじゃないか? ……夜に備えて、な」
そしてそう言いながら夫人の腰に手を添え扉へと向かい、扉を開けた。
その瞬間。
「「「うわぁぁ!」」」
「やべっ!!! 逃げろ!!」
「うわ……! マジ可愛い……!!!」
「ちょ、お前逃げるぞって! あ、だ、団長!! 違うんですーー!!」
蜘蛛の子を散らしたように、たくさんの隊員がワタワタしながら逃げて行くのが扉の向こうに見えた。
(……何してんだよアイツら……)
それを見てそう思ったのと同時。
「……何をしているんだアイツらは……」
地の底から響いきたようなアレクの低い声が聞こえて。
「お、おい! ……まぁまぁ、落ち着け!」
俺は慌ててアレクの前に出て、宥める。
「これだけ美しい女性だぞ?! アイツらが見たいと思うのも仕方ないんじゃないか? 俺だってもうちょっと話をしたかったのに、お前が来るから……!」
「……ほぉ……?」
(ッッ、やっべっっ!!)
その、早口で捲し立ててしまった途中。
アレクの様子の変化に自分の失態を悟る。
「……そうだったのか。それはすまない事をしたな。……そうだ。お詫びと言ってはなんだが、妻の替わりに夫である私が相手をしようか」
「アレク! ちょっ、今のは違う!」
「最近机仕事ばかりでな、体が鈍りそうだと思っていたところだよ。今日はもう書類を出すだけだしな。……オスカー、私はマリを先に連れて行くから、お前は訓練場へと行っておいてくれ。もちろん、さっきのヤツらも、な?」
しまった、失言だった! と思っても後の祭で。
目の前に現れたのは、結婚してからしばらく見ていなかったアレクの黒い笑顔。
内心で絶叫しながら、救いを求めるようにメイドに目線を向ければ速攻で目を逸らされ、夫人に目線を移せばキョトリとした顔で見つめ返されて。
その顔に、つい思わず、状況も忘れて見惚れてしまった瞬間。
オスカーと、再び俺の名を呼ぶアレクの声色に、俺は今度こそ自分が地雷を踏み抜いたのだと自覚したのだった。
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