蒼月館の招待状

天音 翔杜

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第4章 記憶の裏手にひそむ影

第8話 古い型

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 館の西棟は、ひどく静かだった。
 黒い踏み跡はここには少ない——だが、天井も床も、どこか湿った匂いを含んでいる。

「ここ……昔から使われてないのかも」水沢が囁く。
「何年も……いや、何十年も」森が指で壁をなぞる。
 そこには、うっすらと二本線が平行に刻まれていた。
「何だこれ……?」翔が顔を近づける。
「足跡じゃない。……踏み幅を測った“型”だ」森の声は低い。

 結衣はまだ足首を庇いながら、ゆっくり歩く。
「型……って、あの足音の?」
「ああ。こいつは、誰かが決まった間合いで歩くための印だ。呪術的な行動パターン——いわば儀式の下書きだな」

 翔は壁の線を辿りながら、あることに気づいた。
 線は廊下の奥へ進み、やがて突き当たりの古い扉で途切れている。
 取っ手を握ると、冷たさが指先を刺した。
「開けていいか?」
「……開けるしかないだろう」森が頷く。

 扉の向こうは狭い部屋だった。
 中央には古びた机、その上に巻物のような紙束が無造作に置かれている。
 水沢が慎重に広げた。
「これ……全部、足跡?」
 紙一面に黒い足跡が並び、同じ間隔で二つずつ繰り返されている。
 さらに、その周囲には細かな文字が書き込まれていた。

「……読めるか?」翔が森に問う。
 森はしばらく黙って目を走らせ、低く答えた。
「……“二度踏むは魂を刻む。二度踏まれしは巡りより外れず”」
 水沢が息を呑む。
「つまり……二度目に踏まれたら、その魂は館の巡りに縛られる……ってこと?」
「そうだろうな」森は紙をそっと閉じた。

 結衣が震える声を漏らす。
「じゃあ……この巡りから抜け出すには?」
 森は答えず、代わりに壁を見つめた。そこにも古い足跡が、薄く残っている。
 その一部が、まるで燃えたように途切れていた。
「……消す方法が、ひとつだけあるかもしれない」
「何?」全員の視線が森に集まる。
「型を刻んだ本人を、この館から“消す”ことだ」

 沈黙。
 翔は無意識に、靄に呑まれたあの男の顔を思い出していた。
 ——あれはもう、人間じゃなかった。
 だが、それでも「本人」だったのか。

 背後で、廊下から二度目の足音が近づいてくる。
 誰も言葉を発せず、ただ息を潜めた。
 その音は突き当たりの扉の前で止まり……ゆっくりと、一度だけ床を踏み鳴らした。
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