蒼月館の招待状

天音 翔杜

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第5章 巡りの外

第4話 決断

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 橋の揺れは、もはや足元の不安定さでは説明できないほど大きくなっていた。
 霧の中で、原型がゆっくりと姿を取り戻す。
 その輪郭は相変わらず無数の靴跡で構成され、踏みしめるたびに橋板が悲鳴をあげる。

 翔は、水沢の足元に目を凝らした。
 ——黒い染みが、膨れ上がっている。
 最初は輪郭だけだったそれが、いまや立体的な影となり、水沢の足首を這い上がろうとしていた。

「動くな、水沢!」
 森が声を張り上げる。
「核が……引っ張られてる」
 水沢は必死に足を動かそうとしたが、靴底が板に貼りついたように動かない。

 原型の声が橋全体から響く。
「その足跡は、お前が選んだ道の証。逃げても消えはしない」

「やめて……やめて!」水沢が叫ぶ。
 だが影はさらに濃くなり、足首から膝へと絡みつく。
 霧の冷たさが橋全体を覆い、息を吸うだけで喉が凍るようだった。

「森!」翔が叫ぶ。
「切るしかない。足ごとだ」
 森は腰の刃物に手をかけたが、水沢の目が恐怖で見開かれた。
「やだ……お願い、やめて……!」

 その刹那、板が大きく傾いた。
 涼太郎夫妻が悲鳴を上げ、手すりにしがみつく。縄がきしむ音が、やけに近くに感じられる。

 翔は息を呑み、原型を睨みつけた。
「お前の狙いは核だけじゃないな」
「当然だ。ここに刻まれた罪ごと持ち帰る」
 原型の輪郭が、霧に溶けるように広がり、橋全体を包み込もうとする。

 その瞬間——翔は自分の体が自然に前へ出ているのに気づいた。
 足元の板が揺れるたびに、視界の端で崖下の深い闇が蠢く。
 落ちれば、二度と戻れない。

「翔、何を——」結衣の声が背中に届く。
「行く」
 短く、それだけ答えた。

 翔は一気に原型との距離を詰めた。
 橋板が悲鳴を上げ、足元で縄が軋む。
 原型は動じない。ただ足音だけが、二度響いた。

 その二度目の足音と同時に、翔は原型の中心に手を伸ばした。
 指先に触れた瞬間、そこは靴底の形をした冷たい空洞だった。
 吸い込まれるような力が腕を引き込み、同時に背後から結衣の叫びが響く。

「翔——!」

 視界が霧に呑まれ、橋の感触が消える。
 翔は最後に振り返り、結衣にだけ微かに笑みを見せた。
「……後は、頼んだ」

 そのまま、原型と共に崖の闇へと消えていった。
 縄が弾ける音と、板が裂ける音がほぼ同時に響く。
 霧が渦を巻き、やがて足音は完全に途絶えた。

 残された者たちは、揺れる橋の上で動けずにいた。
 水沢の足元からは、黒い染みが跡形もなく消えていた——まるで最初から何もなかったかのように。
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