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第1章 月下の招待
第4話 記録されない来訪者たち
しおりを挟む朝食と森川亮太の不在騒動が一段落したあと、館内には妙な静けさが漂っていた。
誰もが何かを感じ取っていたはずだ。しかしその「何か」を口にする者はいない。まるで、この館そのものが沈黙を強いているかのように、重たい空気があたりに張り詰めていた。
暖炉の間では、昨夜顔を合わせた参加者たちが、再び集まっていた。翔と結衣がロビーに足を踏み入れると、数人の視線がわずかに彼らに注がれたが、すぐに逸らされた。その仕草には、互いを警戒し、詮索を避ける不自然な共通点があった。
その沈黙を破ったのは、森涼太郎だった。年配の彼が静かに咳払いをし、低く語りかけた。
「こういう状況だからこそ、まずは名乗り合っておいた方がいい。互いを知らぬまま沈黙を続けても、何も始まらん」
その言葉に、場の空気がわずかに動いた。だが、それは警戒のベールを取り払うほどの力ではない。
翔が立ち上がる。「……では、僕から」
場を見渡すようにして、静かに口を開いた。
「早乙女翔です。都内の大学で文学を専攻しています。趣味でミステリー研究サークルに所属していて、こういう密室や謎には目がない質でして。今回の招待状は、僕のサークル経由で届いたものです。最初はただの興味本位でしたが、今は……もう少し深い理由があるように感じています」
続いて結衣が立ち上がる。声は落ち着いていて、言葉はよく選ばれていた。
「九条結衣。同じ大学で、社会心理学を学んでいます。鵜飼先生の著作には、物語の構造や人の内面への深い洞察があって、大学の講義でも扱われたことがありました。今回の件には、それとは別に、どうしても知りたいことがあって参加しています」
二人の自己紹介が終わると、場の空気がいくらか和らいだ。だが、明確な安心感には至らない。
眼鏡をかけた女性がゆっくりと立ち上がる。
「水沢葵と申します。フリーの編集者をしています。鵜飼先生の編集を過去に何度か担当しました。けれど……仕事を通して見えた先生の一面と、いま起きていることがどう繋がるのか、それを確かめたくてここに来ました」
彼女の声音には理性と、わずかな揺らぎが同居していた。
続いて、長身の男が肩をすくめながら立ち上がる。
「相川達也。俳優……って言っても、大した役はやってません。うちの事務所の先代が鵜飼先生と縁があったらしくて、今回の招待状が届いたんです。ぶっちゃけ、こういう空気は苦手だけど、来ちゃったものは仕方ないんで」
彼の言葉には軽さがあったが、それが逆に場の重圧を中和する効果を持っていた。
最後に、森涼太郎が静かに口を開いた。
「森涼太郎。元大学教授で、専門は刑事法学。鵜飼君とは昔からの知人で、学会などでも顔を合わせた。招待状を受け取ったときは戸惑ったが……この場所に来なければならない気がした。理由は、まだはっきりしていないが」
こうして、形式上の自己紹介は終わった。
しかし、全員が名乗ったにもかかわらず、場には再び重い沈黙が訪れた。
(名乗っただけで、“自分”を語ったことにはならない)
翔の胸にそんな感覚が広がる。誰もが名前の背後に何かを隠している。むしろ“何かを話さない”ための自己紹介に見えた。
そのとき、館の壁時計が鈍い音を立てて十時半を告げた。微かに明滅を繰り返す廊下の照明。まるで館そのものが、何かを警告しているような気配さえ漂う。
「……ねえ、この館って、妙に『演出されてる』気がしない?」
結衣の小さな呟きに、翔も頷く。剥がれた壁紙、時折きしむ床、薄暗い照明。それらが自然な老朽ではなく、意図的に『不安』を演出しているように思えた。
「本当に、こんな人数で運営できてるのかしら」
誰かがそう言ったが、その問いに答える者はいない。
そこへ、重い足音がロビーに響いた。
志倉が姿を現した。
「皆様、午後一時に館内放送にて今後のご案内をいたします。それまでの時間、どうぞご自由にお過ごしくださいませ」
彼は静かに一礼すると、音もなくその場を離れていった。その背中に、何かを封じ込めているような、奇妙な威圧感があった。
翔は窓の外に視線を向けた。濃い霧が山の斜面を覆い、館の輪郭までも曖昧にしていた。
(俺たちは、ここに“招かれた”んじゃない。……“選ばれた”んだ)
直感がそう告げていた。
(そして、この館の『正体』は、まだどこにも明かされていない)
そのとき――
暖炉の奥から、微かに音がした。
カチ……カチ……。
不規則で、どこか金属的な音。
翔は息を呑み、結衣の袖をそっとつかむ。
「……昨日の夜と、同じ音だ」
結衣もまた、表情を引き締めていた。
「……誰かが、“何か”を伝えようとしているのかもね」
その“誰か”が、人間だとは限らない。
ただ、確かなのは――この館で起こることは『偶然』ではない。
それは、『仕組まれた必然』。
静かに、しかし確実に。館は、彼らを試している。
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