3 / 10
「第1章・偽りの平穏」
第3話「紅蓮の影」
しおりを挟む
放課後の教室。
夕陽が差し込み、机の列が黄金色に染まっていた。
九条レンは誰もいない教室で、一人ノートを開いていた。
——“変われると思う?”
昨日の春川美緒の言葉が、何度も頭をよぎる。
変わるって、どうすればいいんだ。
拳を握らず、怒鳴らず、ただ笑って過ごす。
それが、こんなにも難しいことだとは思わなかった。
「……おーい、九条ー」
扉の向こうから声がして、レンは顔を上げる。
鷹村の取り巻きの一人、杉本だった。
あの日、廊下で腕を捻り上げた相手だ。
「リーダーが呼んでる。裏庭、今すぐ来いってよ」
レンは内心で舌打ちした。
——やっぱり来たか。
教室を出る前、美緒の視線を感じた。
窓際に立つ彼女は、心配そうな目でこちらを見ていた。
レンは小さく首を横に振り、「大丈夫」とだけ口の形で伝える。
裏庭に出ると、すでに数人の男子が待ち構えていた。
その中央に立っていたのは、包帯を巻いた鷹村だった。
「ずいぶん元気そうだな、転校生」
その声に、レンは静かに返す。
「……俺は何もしてない」
「は? 冗談だろ。お前のせいで俺、病院送りだぞ」
鷹村の笑みは歪んでいた。
怒りと屈辱を押し殺したような笑い方。
「いいか。ウチの学校じゃな、力がすべてだ。弱ぇ奴は踏まれる。お前も例外じゃねぇ」
レンは拳を握る。
——殴るな。落ち着け。もう昔の自分じゃない。
しかし、鷹村が胸ぐらを掴んだ瞬間、脳裏に過去の光景がフラッシュバックした。
——“紅蓮の九条”が、街の連中を相手に一人で立っていた夜。
仲間を守るために、殴るしかなかったあの日。
「やめろ!」
気づけば、鷹村の手を払いのけていた。
その勢いで、相手は尻もちをつく。
取り巻きたちが一斉に構える。
だが、レンの視線に気圧され、誰も動けなかった。
無言のまま、レンはその場を立ち去る。
——もう、二度と暴力なんか使わねぇ。
そう誓いながらも、心の奥に渦巻く衝動を抑えきれずにいた。
校門を出ると、夕暮れが街をオレンジに染めていた。
コンビニの前で、美緒が待っていた。
「……見てたよ」
レンは驚いたように目を見開く。
「なんで……」
「心配だったの。あの人たち、また絡んでたでしょ?」
彼女はため息をつき、レンの腕を引っ張る。
「行こ。ちょっと付き合って」
そのまま商店街の裏路地を抜け、小さな河川敷に出た。
夕陽の残光が川面に反射して、キラキラと揺れている。
「ここ、落ち着くんだ。昔、よく一人で来てた」
美緒はベンチに腰を下ろし、風に髪をなびかせながら言った。
「九条くんさ、無理してるでしょ」
「……何がだよ」
「自分を押さえつけてる顔してる。誰かに“そうしろ”って言われてるんじゃない?」
図星だった。
レンは言葉を失い、ただ川面を見つめた。
「母さんがさ、再婚して……。今の親父、俺が昔ヤンキーだったって知ってる。もしバレたら、母さんが困る」
「だから、正体隠してるんだ」
レンは黙って頷いた。
美緒はしばらく黙っていたが、やがてポツリと呟いた。
「……私もね、昔は似たようなもんだった」
レンが顔を上げる。
「中学の頃、家庭がめちゃくちゃでさ。暴れてた。教師殴ったこともある」
「……マジで?」
「今は反省してるけどね。でもさ、人ってそんな簡単に変われないんだよ」
美緒の横顔は、どこか寂しげだった。
「だから、私も“普通”を演じてる。真面目な優等生のフリしてるだけ」
レンは彼女の言葉を聞きながら、自分の胸の奥が静かに熱くなるのを感じた。
「……じゃあ、似た者同士だな」
「そうかもね」
二人の間に、柔らかな沈黙が流れた。
その夜。
レンがアパートに戻ると、玄関の前に一通の封筒が落ちていた。
拾い上げると、そこには無造作な筆跡でこう書かれていた。
> 『紅蓮の九条 見つけた』
血の気が引いた。
封筒の中には、一枚の写真。
夜の街で、レンがヤンキー仲間と並んで笑っている過去の写真だった。
誰が——?
どうして、今——?
震える指で封筒を握りしめる。
胸の鼓動が速くなる。
“紅蓮の九条”という名は、二度と表に出してはいけない過去だった。
そのとき、スマホが震えた。
画面には、差出人不明のメッセージ。
> 「明日の放課後、屋上で待ってる。来なかったら——全部バラす。」
レンは歯を食いしばる。
——やっぱり、平穏なんて長くは続かねぇか。
机の上に置かれた写真を見つめながら、静かに呟いた。
翌朝。
教室に入ると、美緒がこちらを見て微笑んだ。
だが、レンは笑い返せなかった。
「どうしたの? 顔色悪いよ」
「……いや、なんでもない」
心の中では嵐が吹き荒れていた。
自分の過去を知る誰かが、確実にこの学校にいる。
そして、今日、屋上で待っている。
チャイムが鳴る。
授業が始まっても、レンの視線は窓の外に釘づけだった。
沈みゆく太陽の向こうに、再び“紅蓮”が蘇ろうとしていた。
夕陽が差し込み、机の列が黄金色に染まっていた。
九条レンは誰もいない教室で、一人ノートを開いていた。
——“変われると思う?”
昨日の春川美緒の言葉が、何度も頭をよぎる。
変わるって、どうすればいいんだ。
拳を握らず、怒鳴らず、ただ笑って過ごす。
それが、こんなにも難しいことだとは思わなかった。
「……おーい、九条ー」
扉の向こうから声がして、レンは顔を上げる。
鷹村の取り巻きの一人、杉本だった。
あの日、廊下で腕を捻り上げた相手だ。
「リーダーが呼んでる。裏庭、今すぐ来いってよ」
レンは内心で舌打ちした。
——やっぱり来たか。
教室を出る前、美緒の視線を感じた。
窓際に立つ彼女は、心配そうな目でこちらを見ていた。
レンは小さく首を横に振り、「大丈夫」とだけ口の形で伝える。
裏庭に出ると、すでに数人の男子が待ち構えていた。
その中央に立っていたのは、包帯を巻いた鷹村だった。
「ずいぶん元気そうだな、転校生」
その声に、レンは静かに返す。
「……俺は何もしてない」
「は? 冗談だろ。お前のせいで俺、病院送りだぞ」
鷹村の笑みは歪んでいた。
怒りと屈辱を押し殺したような笑い方。
「いいか。ウチの学校じゃな、力がすべてだ。弱ぇ奴は踏まれる。お前も例外じゃねぇ」
レンは拳を握る。
——殴るな。落ち着け。もう昔の自分じゃない。
しかし、鷹村が胸ぐらを掴んだ瞬間、脳裏に過去の光景がフラッシュバックした。
——“紅蓮の九条”が、街の連中を相手に一人で立っていた夜。
仲間を守るために、殴るしかなかったあの日。
「やめろ!」
気づけば、鷹村の手を払いのけていた。
その勢いで、相手は尻もちをつく。
取り巻きたちが一斉に構える。
だが、レンの視線に気圧され、誰も動けなかった。
無言のまま、レンはその場を立ち去る。
——もう、二度と暴力なんか使わねぇ。
そう誓いながらも、心の奥に渦巻く衝動を抑えきれずにいた。
校門を出ると、夕暮れが街をオレンジに染めていた。
コンビニの前で、美緒が待っていた。
「……見てたよ」
レンは驚いたように目を見開く。
「なんで……」
「心配だったの。あの人たち、また絡んでたでしょ?」
彼女はため息をつき、レンの腕を引っ張る。
「行こ。ちょっと付き合って」
そのまま商店街の裏路地を抜け、小さな河川敷に出た。
夕陽の残光が川面に反射して、キラキラと揺れている。
「ここ、落ち着くんだ。昔、よく一人で来てた」
美緒はベンチに腰を下ろし、風に髪をなびかせながら言った。
「九条くんさ、無理してるでしょ」
「……何がだよ」
「自分を押さえつけてる顔してる。誰かに“そうしろ”って言われてるんじゃない?」
図星だった。
レンは言葉を失い、ただ川面を見つめた。
「母さんがさ、再婚して……。今の親父、俺が昔ヤンキーだったって知ってる。もしバレたら、母さんが困る」
「だから、正体隠してるんだ」
レンは黙って頷いた。
美緒はしばらく黙っていたが、やがてポツリと呟いた。
「……私もね、昔は似たようなもんだった」
レンが顔を上げる。
「中学の頃、家庭がめちゃくちゃでさ。暴れてた。教師殴ったこともある」
「……マジで?」
「今は反省してるけどね。でもさ、人ってそんな簡単に変われないんだよ」
美緒の横顔は、どこか寂しげだった。
「だから、私も“普通”を演じてる。真面目な優等生のフリしてるだけ」
レンは彼女の言葉を聞きながら、自分の胸の奥が静かに熱くなるのを感じた。
「……じゃあ、似た者同士だな」
「そうかもね」
二人の間に、柔らかな沈黙が流れた。
その夜。
レンがアパートに戻ると、玄関の前に一通の封筒が落ちていた。
拾い上げると、そこには無造作な筆跡でこう書かれていた。
> 『紅蓮の九条 見つけた』
血の気が引いた。
封筒の中には、一枚の写真。
夜の街で、レンがヤンキー仲間と並んで笑っている過去の写真だった。
誰が——?
どうして、今——?
震える指で封筒を握りしめる。
胸の鼓動が速くなる。
“紅蓮の九条”という名は、二度と表に出してはいけない過去だった。
そのとき、スマホが震えた。
画面には、差出人不明のメッセージ。
> 「明日の放課後、屋上で待ってる。来なかったら——全部バラす。」
レンは歯を食いしばる。
——やっぱり、平穏なんて長くは続かねぇか。
机の上に置かれた写真を見つめながら、静かに呟いた。
翌朝。
教室に入ると、美緒がこちらを見て微笑んだ。
だが、レンは笑い返せなかった。
「どうしたの? 顔色悪いよ」
「……いや、なんでもない」
心の中では嵐が吹き荒れていた。
自分の過去を知る誰かが、確実にこの学校にいる。
そして、今日、屋上で待っている。
チャイムが鳴る。
授業が始まっても、レンの視線は窓の外に釘づけだった。
沈みゆく太陽の向こうに、再び“紅蓮”が蘇ろうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密
まさき
青春
俺は今、東大院生の実験対象になっている。
ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。
「家庭教師です。住まわせてください」
突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。
桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。
偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。
咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。
距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。
「データじゃなくて、私がそう思っています」
嘘をついているような顔じゃなかった。
偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。
不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる