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「第1章・偽りの平穏」
第8話「戻らないはずの夜」
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夜風が生温く吹き抜ける。
放課後の街は、春祭りの提灯でにぎわっていた。
九条レンと春川美緒は、帰り道の途中で人混みを歩いていた。
「ねぇ、金魚すくい寄っていこうよ!」
「お前、前もやって全滅だったろ。」
「今日は違うもん。勝負だよ、九条くん!」
笑いながら金魚すくいの屋台に並ぶ。
赤い金魚がゆらゆら泳ぎ、灯りが二人の顔を照らす。
美緒が挑戦し、ポイが破れた瞬間、レンが素早く金魚をすくい上げた。
「ほら。」
「ずるい! 助け舟禁止!」
「いや、チームプレーだろ。」
そんな他愛もないやり取りに、二人は声を上げて笑った。
——この時間が、ずっと続けばいい。
レンはそう願った。
けれど、世界はいつも静かに揺らいでいる。
翌朝。
学校の門をくぐると、ざわめきが耳に入った。
「なぁ聞いた? 昨日、港の倉庫がまた燃えたらしいぜ。」
「“紅蓮”の残党が動いたって……」
その言葉に、レンの足が止まった。
誰かがまだ、“紅蓮”の名を使っている。
それだけで、胸の奥の何かがざらついた。
放課後、レンは港へ向かった。
焦げた匂いと、黒くすすけたコンテナ。
かつて龍崎と殴り合った場所が、今は瓦礫の山になっていた。
足音。
背後に気配を感じて振り返ると、見知らぬ少年が立っていた。
年の頃は中学生くらい。
目だけが異様に鋭かった。
「……お前、九条レンだな。」
「誰だ?」
「兄貴の仇。」
その言葉に、レンの心臓が跳ねた。
少年は一歩前へ出た。
「龍崎真吾の弟、龍崎蓮(れん)だ。」
——龍崎の弟。
顔立ちは似ている。
けれど、目に宿る怒りの色は兄以上だった。
「兄貴、あんたと会った夜に帰ってこなかった。」
「……生きてる。どこかで。」
「嘘つくな! あの火事の夜、兄貴は——!」
蓮が叫んだ瞬間、拳が飛んできた。
レンはかわす。
だが、少年の拳は想像以上に重かった。
「やめろ、話を——」
「黙れ! “紅蓮”なんて名前、俺が潰してやる!」
勢いに押され、レンは地面に倒れた。
胸に焼けるような痛み。
だが、それ以上に胸を刺したのは、蓮の涙だった。
「……兄貴は、ずっとあんたを探してたんだよ。何度も名前を呼んでた。
でもあんたは、もう関係ないって顔で、普通の生活してた。」
言葉を返せなかった。
すべて正しい。
自分は逃げた。
残された者の痛みを、見ないふりをしてきた。
「……悪かった。」
レンはゆっくりと立ち上がった。
「でも、俺はもう“紅蓮”には戻らねぇ。
あんたの兄貴は、最後にこう言ってた——“生きろ”って。」
蓮の拳が止まった。
「……嘘だ。」
「信じるかどうかは、お前次第だ。でも、俺はもう二度と誰も傷つけねぇ。
兄貴の言葉を、俺は守る。」
沈黙。
潮風が吹き抜ける。
やがて蓮はゆっくり拳を下ろした。
「……もし、あんたの言葉が嘘だったら、俺がこの手で終わらせる。」
「構わねぇ。だが、それまでに見せてやるよ。
俺がどう生きるかを。」
蓮は何も言わずに背を向けた。
港を離れる足音が、夜に消えていく。
その夜、レンは公園のベンチに座っていた。
街の灯りがにじんで見える。
スマホが震えた。
美緒からのメッセージ。
> 「どこにいるの? 帰り道、一緒に帰ろうって言ったじゃん。」
レンは返信しようとして、手を止めた。
いま会えば、また心配をかける。
だけど、もう逃げたくなかった。
> 「ごめん。港に行ってた。昔のツケを払ってる最中だ。」
送信ボタンを押した数秒後、通知が返ってきた。
> 「一人で背負わないで。約束したじゃん。」
その言葉を見て、レンの視界が滲んだ。
夜風が頬を撫でる。
“守る”という言葉の意味を、ようやく理解した気がした。
翌朝。
学校の門の前で、美緒が立っていた。
手に包帯。
「どうした、それ……!」
「昨日、転んじゃって。でも九条くんに心配されるの、ちょっと嬉しいかも。」
そう言って笑う美緒の横顔に、レンは改めて誓う。
——俺はもう、誰も傷つけさせねぇ。
鐘の音が鳴り、二人は校舎へ歩き出した。
その背後で、校門の外からひとつの影が二人を見つめていた。
龍崎蓮。
その目にはまだ、怒りと迷いが渦巻いている。
「兄貴……あの人、信じていいのか?」
春の風が吹いた。
蓮の問いは、どこまでも遠くに消えていった。
放課後の街は、春祭りの提灯でにぎわっていた。
九条レンと春川美緒は、帰り道の途中で人混みを歩いていた。
「ねぇ、金魚すくい寄っていこうよ!」
「お前、前もやって全滅だったろ。」
「今日は違うもん。勝負だよ、九条くん!」
笑いながら金魚すくいの屋台に並ぶ。
赤い金魚がゆらゆら泳ぎ、灯りが二人の顔を照らす。
美緒が挑戦し、ポイが破れた瞬間、レンが素早く金魚をすくい上げた。
「ほら。」
「ずるい! 助け舟禁止!」
「いや、チームプレーだろ。」
そんな他愛もないやり取りに、二人は声を上げて笑った。
——この時間が、ずっと続けばいい。
レンはそう願った。
けれど、世界はいつも静かに揺らいでいる。
翌朝。
学校の門をくぐると、ざわめきが耳に入った。
「なぁ聞いた? 昨日、港の倉庫がまた燃えたらしいぜ。」
「“紅蓮”の残党が動いたって……」
その言葉に、レンの足が止まった。
誰かがまだ、“紅蓮”の名を使っている。
それだけで、胸の奥の何かがざらついた。
放課後、レンは港へ向かった。
焦げた匂いと、黒くすすけたコンテナ。
かつて龍崎と殴り合った場所が、今は瓦礫の山になっていた。
足音。
背後に気配を感じて振り返ると、見知らぬ少年が立っていた。
年の頃は中学生くらい。
目だけが異様に鋭かった。
「……お前、九条レンだな。」
「誰だ?」
「兄貴の仇。」
その言葉に、レンの心臓が跳ねた。
少年は一歩前へ出た。
「龍崎真吾の弟、龍崎蓮(れん)だ。」
——龍崎の弟。
顔立ちは似ている。
けれど、目に宿る怒りの色は兄以上だった。
「兄貴、あんたと会った夜に帰ってこなかった。」
「……生きてる。どこかで。」
「嘘つくな! あの火事の夜、兄貴は——!」
蓮が叫んだ瞬間、拳が飛んできた。
レンはかわす。
だが、少年の拳は想像以上に重かった。
「やめろ、話を——」
「黙れ! “紅蓮”なんて名前、俺が潰してやる!」
勢いに押され、レンは地面に倒れた。
胸に焼けるような痛み。
だが、それ以上に胸を刺したのは、蓮の涙だった。
「……兄貴は、ずっとあんたを探してたんだよ。何度も名前を呼んでた。
でもあんたは、もう関係ないって顔で、普通の生活してた。」
言葉を返せなかった。
すべて正しい。
自分は逃げた。
残された者の痛みを、見ないふりをしてきた。
「……悪かった。」
レンはゆっくりと立ち上がった。
「でも、俺はもう“紅蓮”には戻らねぇ。
あんたの兄貴は、最後にこう言ってた——“生きろ”って。」
蓮の拳が止まった。
「……嘘だ。」
「信じるかどうかは、お前次第だ。でも、俺はもう二度と誰も傷つけねぇ。
兄貴の言葉を、俺は守る。」
沈黙。
潮風が吹き抜ける。
やがて蓮はゆっくり拳を下ろした。
「……もし、あんたの言葉が嘘だったら、俺がこの手で終わらせる。」
「構わねぇ。だが、それまでに見せてやるよ。
俺がどう生きるかを。」
蓮は何も言わずに背を向けた。
港を離れる足音が、夜に消えていく。
その夜、レンは公園のベンチに座っていた。
街の灯りがにじんで見える。
スマホが震えた。
美緒からのメッセージ。
> 「どこにいるの? 帰り道、一緒に帰ろうって言ったじゃん。」
レンは返信しようとして、手を止めた。
いま会えば、また心配をかける。
だけど、もう逃げたくなかった。
> 「ごめん。港に行ってた。昔のツケを払ってる最中だ。」
送信ボタンを押した数秒後、通知が返ってきた。
> 「一人で背負わないで。約束したじゃん。」
その言葉を見て、レンの視界が滲んだ。
夜風が頬を撫でる。
“守る”という言葉の意味を、ようやく理解した気がした。
翌朝。
学校の門の前で、美緒が立っていた。
手に包帯。
「どうした、それ……!」
「昨日、転んじゃって。でも九条くんに心配されるの、ちょっと嬉しいかも。」
そう言って笑う美緒の横顔に、レンは改めて誓う。
——俺はもう、誰も傷つけさせねぇ。
鐘の音が鳴り、二人は校舎へ歩き出した。
その背後で、校門の外からひとつの影が二人を見つめていた。
龍崎蓮。
その目にはまだ、怒りと迷いが渦巻いている。
「兄貴……あの人、信じていいのか?」
春の風が吹いた。
蓮の問いは、どこまでも遠くに消えていった。
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