君の声が、届くまで

Haruto

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第9話 約束の続きを

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新しい季節が、街に色を戻していく。
 桜が満開を迎えた頃、俺と葵はまた同じスタジオにいた。
 今日の収録は最終話。
 作品のクライマックスにふさわしく、静かな熱を帯びた空気が流れていた。
 スタッフが最後のマイクチェックを終える。
 ブースに二人きり。
 もう言葉を交わさなくても、呼吸のリズムで相手の気配がわかる。
 > 「君と出会って、俺は変わった」
 > 「私も。あなたの声が、私の世界を変えた」
 最後のセリフを言い終えた瞬間、赤いランプが消える。
 監督が笑いながら拍手した。
 「最高だ! 二人の声が重なった瞬間、鳥肌立ったよ」
 葵がマイクを外しながら、少し照れたように笑った。
 「……終わっちゃいましたね」
 「うん。でも、始まった気もする」
 「え?」
 「物語じゃなくて、俺たちの——約束の続きが」
 葵は一瞬だけ目を見開き、それから静かにうなずいた。
***
 収録後、スタッフたちは打ち上げに行くと言った。
 けれど俺たちは、そっと抜け出して夜の街を歩いた。
 春の夜風は少し冷たくて、街灯が川面に映っている。
 人の声も車の音も遠く、世界が静まり返っていた。
 「懐かしいね」
 「どこが?」
 「こうして一緒に歩くの。養成所の帰り以来かも」
 「……そうかもな」
 思い返せば、あの頃は夢ばかり追って、
 現実なんて見えなかった。
 けど、今は違う。
 彼女と過ごす時間そのものが、現実の“夢”みたいだった。
 「葵」
 「うん?」
 「俺……やっぱり、君が好きだ」
 その瞬間、風が止まった気がした。
 葵が少しだけ目を伏せて、ゆっくり息を吸い込む。
 そして、顔を上げて言った。
 「知ってたよ」
 「……え?」
 「悠真の声、全部聞いてきたもん。
  嘘も、迷いも、優しさも。
  でも今の“好き”は、全部本当の声だね」
 その言葉に、胸が熱くなった。
 葵が微笑む。
 「私もね、好き。ずっと前から」
 手を伸ばすと、彼女の手が自然と重なった。
 冷たくて、柔らかくて、確かに“生きてる”温度があった。
***
 川沿いのベンチに並んで座る。
 葵が夜空を見上げて、ぽつりと呟く。
 「雪の日の約束、覚えてる?」
 「もちろん」
 「“夢を叶えよう”って言ったあの日。
  あのときは叶えたら終わりだと思ってた」
 「終わりじゃないよ。
  夢は叶えたあと、どう生きるかだ」
 葵が小さく笑った。
 「じゃあ次の夢、何にする?」
 「君と一緒に、生きていくこと」
 その言葉を聞いた瞬間、彼女が少し涙ぐんだ。
 けど、笑っていた。
 「……ずるいな。
  そう言われたら、断れないじゃん」
 夜風がふわりと吹き、桜の花びらが二人の肩に落ちた。
 淡いピンク色の光が、街灯の下で揺れる。
 葵が指先で花びらを摘み取り、そっと俺の手に乗せた。
 「これ、約束の印にしよ」
 「うん」
 「“次は迷わない”っていう約束」
 俺はその手を握り返した。
 「もう迷わない。どんな未来でも、君の隣で生きる」
 葵は泣きながら笑った。
 その笑顔が、桜よりも綺麗だった。
***
 夜更け。
 彼女を家まで送ったあと、俺はひとり空を見上げた。
 雲の切れ間から星が覗いている。
 あの日、雪の下で交わした約束が、
 今ようやく形を持って輝いている気がした。
 ポケットの中でスマホが震えた。
 葵からのメッセージ。
 > 『今日のこと、忘れないでね。
  “また明日”って言える未来が、今すごく嬉しい。』
 俺はすぐに返信した。
 > 『忘れないよ。
  俺たちは、約束の続きを生きてるんだから。』
 送信して、スマホを胸に当てた。
 鼓動が重なる。
 声ではなく、心で繋がっている。
 そして静かに目を閉じた。
 春の夜風が頬を撫でて、どこか遠くで桜が散る音がした。
 ——これは終わりじゃない。
 始まりの音だ。
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