花はももとせ 汝はちよに

藤雪たすく

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記憶の喪失

逃亡

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……。
…………。

「朝……」
明るい日差しが僕の顔を照らしていた。

ベッドを通り抜け、隠し部屋で悪魔達と出会った事は覚えているのに、思い出そうとすると記憶はぼやけている。

「夢……だった?」

同じ様にあの部屋へ抜ける様に念じてみるけれどその道は開かなかった。マラカさんに聞いた話が見せた夢だったのか……しかし夢と片付けるにはしっくりこなかった。

花瓶に活けられていた花を一本取るとベッドの上に置いて手を合わせる。
夢かもしれない。だけど夢ではないかもしれない。
夢の中の女性は気に病むなと言ったけれど、花を手向けるぐらいはしてあげたい。せめてあの子が安らかに眠れますように……。

ーーーーーー

「あ~……死ぬかと思った」

周りに生き物の気配が無くなったことを確認して僕は地面に体を投げ出した。

魔物が普通に出るなんて聞いてなかった。
戦う術なんて持ってない僕は逃げるのが精一杯だったんだけど……よく逃げきれたなと思う。
走っても走っても前に進まない体。すぐに呼吸は上がるし……マラカさんに聞いてはいたけれど本当に全く体を動かして来なかったんだな。
当面の食料に……と思って拝借したきた干し肉が無かったら逃げられなかった。

「もう大丈夫だからね」

声を掛け、鞄の中で震えている小さな体を掌で包み込んだ。
大きな狼型の魔物ワーヴォルに追い掛けられていた狐型の魔物ロードフォクスの子供。

強い者が弱い者を捕食する自然の摂理に勝手に介入するのは良くないのはわかっているけれど……助けてと言わんばかりに胸に飛び込まれたら抱えて逃げるしかなかった。

助かったのが分かったのか、ロードフォクスの子供はお礼を述べる様に小さな舌で僕の指を一生懸命舐めてくる。

「くすぐったい。君のお母さんは?」

僕の言葉がわかっているのか、いないのか……ロードフォクスの子供は悲しそうな声で「キュウウン」と鳴いた。

ロードフォクスは子煩悩で、知能も高い。けしてこんなに小さな子を一人で放ってはいかないはずだ。
ロードフォクスもワーヴォルもお互いの縄張りに安易に入ったりはしないはずだから、親とはぐれて誤って迷いこんだか、もしくは先程のワーヴォルがロードフォクスの縄張りを犯しこの子の親を……。

「僕と同じだね」

僕も周りの兄弟から、いつ攻め込まれ命を奪われてもおかしくない状況にあるらしい。この国の人達も自分達の未来に『死』しか見ていない。誰にも期待されずに……一人ぼっちだ。

「僕に出来るのはここまでかな……ごめんね。もうお行き」

地面に降ろしてさよならを告げたんだけど、ロードフォクスは離れようとしない。
息が整ってきたので体を起こして移動を再開させるとロードフォクスは短い足で一生懸命についてくる。

「僕について来ても、僕は君を守ってあげられる力はないよ?」

「キュキィ……」

僕と一緒にいるよりはその小さな体を生かして木の洞に隠れたりした方が生存確率は上がると思うんだけど……。

「一緒に居たいって思ってくれるなら、一緒に行こうか」

「キュイ!」

元気の良い返事に心がぽっと温もりが生まれた。

前の事は覚えてないけど神の国の神殿で目が覚めてから、好意を向けられたのは初めてだった……。

首輪を外すために集まって貰った人々の心に宿っていたのは、僕が首輪を外すという約束への信頼ではなく、マラカさんの言う『今日死ぬか、明日死ぬか』の諦めの気持ちだった。
全員の首輪を外した後も喜びに湧く訳ではなく、この次は何が起こるんだと警戒と恐怖に満ちた視線から逃げる様にあの城を飛び出してきた。

マラカさんには兄弟神が攻めてきたらすぐに降伏して、僕は民を捨てて逃げたと伝える様に言ってある。

信仰心は神にとって力となる……攻め入った神がその土地の人間を殺すのはその信仰心が邪魔だから。
その信仰心を自分に向けさせるより殺して自分の国の民を移住させた方が手っ取り早い。

しかしこの国の人々は僕に信仰心など向けていないのは、僕が神力を全く使えないという事でわかる。

僕の行動は……命乞いをする人間を問答無用で惨殺する様な兄弟達で無い事を祈る、薄氷の上を歩く様なものだけど、僕を守る為に戦わせるよりは生き延びる可能性があると信じたい。

俯いた僕を心配する様に肩に飛び乗ってきたロードフォクスが頬を舐める。

「キュイイ?」

「ありがとう。俯いているより、前に進まないと駄目だね」

結界が切れるまであと何日あるのか詳しい日は教えて貰えなかったけど、僕に出来るのはその日に向けて戦う力をつけるよりもこの国を潤すこと。

本当は悠長な事をしている時間はないのだろうけど、不毛の大地が広がる今のこの国を手に入れたところで兄弟神達に利益を生まないが、この国が潤っていて何か有益な産物でもあれば、それは兄弟神達に向けて国民を生かして貰える為の交渉の余地が生まれるかも。

「戦うにせよ降伏するにせよ……厳しい道だよね」

僕の悪名は兄弟神にだって知れ渡っているだろうと言ってた。

穏やかな神で知られるリーンシェント様の国に産まれていればと嘆くマラカさんに僕は何も答えられなかった。
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