扉を開けてはいないから

藤雪たすく

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森へ

メソンの森にて

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最初から手の込んだ物を作って失敗するよりは、新鮮だしシンプルな物のほうが良いだろうと、疲労からの怠惰の言い訳をしながら、アニョはシンプルな串焼きになった。

「美味しいね。御園君の作ってくれた料理を食べると疲れが吹き飛ぶよ」

串に刺さった肉を頬張りながらライさんは嬉しそうに笑っている。
疲れた様子なんて全く無かったくせに。

でもただの串焼きをそこまで褒められると、手抜きした事が申し訳なくなる。

「あの、何が食べたいものとかありますか?」

大きな葉っぱの上に乗せられた大量のアニョの肉。
保冷方法もないので全ては持っていけないけれど、ゴットンさんに教えて貰った保存方法をしっかりしていれば3日くらいはもつかな?旅に出たばかりなので持ってきた食材もまだ充実しているから無理はしなくてもいいだろう。

「……カレー」

俺の質問にライさんがポツリと呟いたのは予想外の言葉だった。

「あの日御園君が作ってくれた……カレーと言っていたものが食べたい」

あの日、俺が最期の食事に選んだ物。

「カレーですか……」

出来るかな?いや、まず無理。
カレールーを1から作った事のある日本人なんて何人いるんだ?

それでも期待の籠った目で見られて、無理だと答えられなかった。
串焼きだけでこれだけ喜んでくれる……いつか作ってあげたい。
でもこの世界でカレールー、もしくはそれに代わるものなんて見つかるのかな?

「今すぐは無理ですけど、作れる様に頑張ってみます」

「やった!!約束ね?」

ライさんは嬉しそうに笑って……ハイタッチをさせられた。

『聖女になれるように頑張る』

叶う見込みのない約束はなんだか似ていた。

ーーーーーー

ライさんの拾ってきたナップトットの葉は魔力を帯びていて、食材を包んでいると腐らないらしいので持てるだけの肉を詰め込んだ。
おかげでいつまでも新鮮な肉を常備できたし、ゴットンさんに餞別に貰った食べられる野草を見分けてくれるレンズのおかげで食べ物には困らずにメソンの森の前まで辿り着いた。

メソンの森はわかりやすかった。

全ての葉と草が黄色い森。
綺麗な紅葉の山にも見えるのに魔獣よりも厄介な、魔物がいるんだよな。
でもここに……ボレアス国のフュラ・ユイヴィールと聖女がいる。

一種異様な雰囲気の森に尻込みをしていたが勇気を振り絞り、一足先に森の入口に立っていたライさんの元へ走った。

「心配しなくてもここしばらく魔物の排出はされていないってさ、今なら魔物の数も少ないはずだってモルテが言ってたよ。魔物の排出が始まったら森から溢れ返るほどいるらしいけど」

そうか……辿り着いたのが今の時期で良かった。

こうやって歩いている分には銀杏並木を歩いているみたいで綺麗なんだけど……少ないとはいえ魔物がいるにはいるんだよな。もっとオドロオドロしい森を想像していたのに、逆に明るい森の中をライさんについて進んでいく。

「ライさん、メソンの森には着きましたけど……これからどこへ向かうんですか?」

目的地がこの森自体だったので、この先は何を目的に進んでいいのかわからない。

「目的も無く森の中をブラブラするだけらしいよ。そして魔物に会ったら駆除、そしてまた森の中を彷徨って魔物を探す」

マゾゲー……かな?
気の狂いそうな役目に始まる前からうんざりしかけた。

「とりあえず……森の中心部へ行こう」

「え?でも中心には魔王がいるって……魔王は倒しちゃ駄目って」

フュラ・ユイヴィールが強いのはわかったけれど、普通は聖女のサポートがあって、それも無いのに魔王に乗り込むとか正気の沙汰とは……。

「大丈夫だって。倒すんじゃなくて通り抜けるだけだから。見た事ないけどただの大木でしょ?攻撃しかけなければ大丈夫だよ。きっと」

「見た事無いのにどうして大丈夫だって言えるんですか」

走り出したライさんに手を引っ張られ、森の奥へ奥へと進んでいく。
なんだか凄く……追い詰められているような余裕がない焦った様子が、らしくないなと思う。

「危険でも何でも、早くボレアス国側へ移動しないと……ね?」

「ライさん……」

泣きそうな笑顔に胸が締め付けられた。

この人は何をどこからどこまでわかっているんだろう?
探る様に俺の手を引く後ろ姿を伺っていると緩く振り返った口元が薄く微笑んだ。

「御園君はボレアス国のフュラ・ユイヴィールが『雑賀君』なのかもって思っているんでしょ?」

久しぶりに他人の口から聞いたその名前に思わず足を止めてしまった。

「どうしてその名前を……」

真っ直ぐにライさんの視線が俺を捕らえた。
黄色に染まる世界で赤い瞳が際立って輝いている。

「一番最初。初めて君がこの世界に来た時、君は僕の腕の中で幸せそうにその名前を呼んで『好きだ』と言ったでしょ?覚えてないかな?」

「覚えてないです。すみません」

「そして、モルテに他の国のフュラ・ユイヴィールの話を聞いていた時、最近交代が行われたボレアス国の事を聞いて目の色が変わったでしょ?それからもボレアス国の話が出る度に目の色が変わる」

「目の色が変わる?」

ライさんの指が俺の目尻をなぞった。

「御園君は気付いてないみたいだけど、瞳の色が日増しに赤みを帯びていってた。赤い瞳はユーク国のフュラ・ユイヴィールと聖女の証……徐々に心を開いて、俺の聖女になってくれようとしているんだって嬉しかった……けど、君が遠くを見つめて何かを考えている時、いつもその瞳は黒く染まっていた」

瞳の色が赤に……ライさんの赤い瞳を見つめた。少し潤んで揺れている。

「その表情は愛おしそうながらも悲しげで、ああ……雑賀君の事を思っているんだろうなって気づいたよ。他者に興味を持たなかった御園君がボレアス国の話を聞いて会いたいと言い出した時……黒い瞳はボレアス国の聖女の象徴……馬鹿な勘繰りだと思いながらも御園君はボレアス国の聖女になりたがっている。そしてそのボレアス国のフュラ・ユイヴィールはもしかしてその『雑賀君』なんじゃないかって……」

俺の腕を掴んでいたライさんの腕から力が抜けて……赤い瞳のその目は伏せられた。自嘲気味に笑う口元だけが見える。

ライさんは俺を好きだと言ってくれた。
俺が雑賀君を……誰かを想っている事に気付いていながら。

ライさんはどんなつもりで俺をメソンの森に連れてきてくれたのか。
どんな気持ちでボレアス国のフュラ・ユイヴィールに会わせてくれようとしたのか。
どんな思いで俺に笑いかけてくれていたのか。

優しさを貰うばかりで俺は何も返せていない。
フュラ・ユイヴィールと聖女との信頼関係が大切だと言ったライさんの言葉に……聖女になれない俺が何を言っても嘘くさいと思ってた。聖女になれるまでは黙っていようと思ったけど……ライさんが俺を守ってくれていた様に、俺だってこの人の笑顔を守りたい。

「ライさん……貴方の言った事は半分当たりで半分間違ってます」

「半分?」

雑賀君、もう良いよね?

今日俺は……俺の中の君を殺します。
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