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災厄の幸福

災厄の弟子

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魔王様と爺様は、新魔王お披露目の為の準備があるとかで先に城へと向かわれた。

即位の式は1日目は貴族達を呼んでそれは盛大に行われるらしい。
第10隊までの隊長も呼ばれるらしいが俺は16隊なので参加資格は無い。
そして2日目に魔王様をはじめ、新魔王軍の行列が街をぐるりと周るそうだもちろん俺に声は掛けられていない。

どんな式が行われるか知らないけど……魔王様の凛々しいお姿を拝見出来るなんて……俺も早く地位を確立していかないとな。
その為にも与えられた隊を立派に育てあげなければ。

仮面を付けた魔物に付き添われ、魔王城を目指して街の中を歩いた。
一定の距離を保たれて、話しかけても顔を背けられた。
初めて会ったのになんでそんなに嫌われているのか……上着からはみ出た触手のせいかもとなるべくはみ出さない様に用心しながら歩く。

「仮面の魔物様、あの中心に建つ大きな建物が魔王城でしょうか?」

生まれてまもなく見た建物よりももっともっと大きく豪華な建物。
あの時訪ねたあの城は魔王城では無かったのか?
いや、門番の悪魔族は魔王様と言っていた……考えても答えはでない。

「アルファルド様、ペルソリアとお呼びください」

「ペルソリア様ですね。よろしくお願いいたします」
なるべく印象を良くしようと魔王様の為に練習した笑顔で手を差し出したのに……。
「うぐっ!!うっ……ゲホッ!!」

手を握り返されるどころか背を向けられたどころか、咳き込まれてしまった。
そんなに感情の豊かな方では無いと思っていたのだが……地味にショックを受けた。

「申し訳ありません。私は魔王様や宰相様ほどの耐性はありませんので少し離れていただけると助かります」

「……いえ、失礼いたしました」
はっきりと離れろと宣告を受けて上着から出ない様に力を込めて持ち上げていた触手がだらりと垂れ下がった。
しかしもうここまで嫌われていたらどうでも良くなった。

「あの手この手と……アルファルド様、ご質問の通りあの建物が魔王城です。そしてその周りに広がるのが我らが『ユラメテウスの街』となっております」

嫌われていても俺を宜しくされた任務には従ってくれて軽く街の案内もしてくれるし……気を取り直して歩き出した。

魔王城を中心に壁で囲まれた上級の魔物が住む区域が広がり、その外側に店などが並ぶ商業エリアと中級の魔物の居住区、そのさらに外側に下級の魔物が住んでいる。

そしてそのさらに外側……森や山が広がりかつての俺、野生の魔物の生息地。

そのまま西へ向かって魔王領を越えると人間の住む国がある。
南側も大分人間が領地を広げてきているそうだ。

元々は魔王領を囲む様に2匹の凶暴な古の竜の領地があったらしいが、遥か昔に一匹欠けてから竜は大人しくなりそこに人間が入ってきたそうだ。
北は未開の地。
険しい岩山ばかりでわざわざ領地を広げる意味が無いんだとか。

そんな説明を受けているうちに街を抜けていた。
広大な原っぱの中に不釣り合いな大きな檻がいくつか並んでいるのが見えた。

「あそこが第16隊の宿舎です」

宿舎ね……檻が置いてあるだけで小さな小屋すら無い……街の中ですら無い。
部屋の中での暮らしは慣れて無いからそれはいいけど。

「これは……斬新な宿舎ですね」
もしかしたら俺の宿舎の認識が都会とは違うのかも……。

檻の中には牙を剥き出しに威嚇してくる魔物達。
これが俺の部下たちか。
檻の中で暴れる魔物達はおおよそ魔王軍に入隊出来るレベルではない野生の魔物だった。

魔王様を筆頭に悪魔族は魔物の中で殆どの者が上級、1番ランクが低い夢魔達でさえ中の上だ。
魔竜族も同じ。
魔獣族や魔植物族等、その他の上級から下級まで幅広い。

下級の魔物でも言葉を用いて意思の疎通が取れるのだが、檻の中で暴れている魔物達はさらに下だ。
言葉を理解せず、本能のままに生きている。

……本来なら兵士ではなく食料。

爺様はよほど俺を魔王軍に迎えたくないのか、それとも期待をされているのか……本能の赴くまま、自由に生きるこいつ等に統率力を教え込めとは中々の難題。

「求められているのは兵士としての強さでは無いのでしょうか?」
こいつ等より扱いやすい魔物は沢山いるはずなのにあえて食料を武力に育てる意味とは……ペルソリアさんに聞いてみたが答えは返ってこなかった。

「私はただ貴方をここへ案内する様に申し付けられただけですので」

仮面の下の表情は読めず、爺様が俺に何を求めているのか読み解くことは出来なかった。

「それでは私の役目はこれでお終いですのでここで失礼いたします」

「道案内ありがとうございました。ご期待に添えるよう力を尽くしますと魔王様……爺様にお伝え下さい」
ここで不安な素振りを見せては魔王様に力不足が筒抜けだと虚勢を張って笑顔で見送った。

別の用があるのかペルソリアさんが大慌てで帰っていった後も暫く、それぞれ種族ごとに檻に入れられた20匹の魔物達と睨み合っていた。
軽く檻に触れただけで噛みつこうと突進をしてくる。

兵士を求めているとは言われなかった……食料か?
こいつ等を育てて子を増やし肉を安定して供給……それは魔王軍の仕事ではない気がする。
そうなるとやっぱり兵力として?

「うん。考えていても答えは出ない。なら取り敢えずこいつ等と俺の間に師弟関係を築かねばな」

俺は檻を引いて草原の向こうに広がる森へと移動した。

師匠達に教えていただいた事を今度は俺がこいつ等の師として教えてやろう。
まず第一歩だ。

森を取り囲む様に結界を張った。

「お前達……俺を喰いたいのか?なら死ぬ気で来い」
全ての檻を開け放つと魔物達は待っていたとばかりに飛び掛かって来た。

1番に向かってきたのは……懐かしいな、ジャイアントベアーか。
あの時は脅威でしか無かったのに……。

振り下ろされた腕を掴むと地面に巨体を叩き付け、膝でジャイアントベアーの太い骨を折った。
狩りをするならそのままもいでやるところだが、あくまでこいつ等は魔王様からお預かりした大事な部下。
殺す事が目的ではない。

根性はあるのか、なおも立ち上がり俺に噛み付こうと牙を剥き出しにしてきたジャイアントベアーの懐に潜り込むとそのまま拳を叩き込んだ。
肋骨を何本か粉砕したらしく、ゴポゴポと血の泡を吹き出してジャイアントベアーの巨体は地面へ崩れ落ちていった。

確実に俺は強くなっている……。
昔の自分を懐かしんでいると横から飛び出してきたグレートグレーウルフから脇腹に噛み付かれた。
この体はオメガドラゴン様にいただいた物で替えが無い為、簡単に傷が付かないように魔力で包み防御してあるし、グレートグレーウルフの牙は俺の魔力を練り込んだ服すら貫通していない。

「スピードは良いが顎の力が足りないな」

噛み付いてきた両顎を掴んで思い切り裂くように押し開いて顎を外すと、閉じれなくなった口の中へウォーターボールを流し込んだ。
苦しそうにもがくグレートグレーウルフの口の中に絶え間なく水を流し続けて……頃合いを見て水を止めると、大量の水を吐き出しながらグレートグレーウルフはそのまま地面に転がった。

「次は誰だ?」
俺を取り囲む魔物達を一瞥すると、魔物達は耳を倒して後退りを始めて散り散りに森の奥へと消えていった。

向かって来た2匹の惨状を見て、力量の差を悟ったらしい……結界を張ってあるので森から出る事は出来ないけどな。

弱った2匹をそのままにしておくと他の魔物に食べられてしまいそうなので、それぞれ檻に戻すと攻撃用のウォーターボールとは異なる大きな水球を作り出し魔物を中に押し込んだ。
「回復系はこれしか使えないんだ。悪いな」
オメガドラゴン様曰く、ヒーリングボールの中では息も出来るし、ゆらゆらと波に揺られる感覚がとても気持ちが良いらしい。
疲労を回復する程度の魔法だけど無いよりは良いだろう。
魔物達を狩るついでに薬草なんかが有ったら取ってきてやろう。

さてと……それじゃあ逃げて行った魔物達を連れ戻しに行こうか。

俺は森の中へ向けてゆっくりと歩き出した。
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