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災厄の幸福

災厄の憂鬱

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陽星が沈んで、周囲は真っ暗だが遠くにちらほらと光る街の明かりの奥、煌々と光を放っている魔王城。

今夜は悪魔貴族達が集まり、魔王城では夜通し魔王様のお祝いをしている。
魔王軍の幹部やら将軍やら隊長やらは式の参加者であると同時に警備も担っているのだろう。

悪魔族は魔王様しかまだ知らないけれど、ランクで言うと魔竜族と並び最上位。
そんな強力な魔力を持った悪魔族達が一堂に会している会場で、不埒な考えを持つ者がいないとは限らない。

魔王様が負けるとは思わないが……そんな舞台で魔王様をお守りする役目を与えられるなんて、羨ましすぎる。

木の上から眺める魔王城の灯りはとても遠くみえた。

……いや、少し前はもう二度と会えることはないと諦めていたんだ。
こうして魔王様から大切な兵士を預かり、お側へ近づくための機会も与えられたんだ。
こんな距離、けして遠くなんかない。

魔王様……爺様から与えられたこの試練。
チラリと地上を見下ろすと、木の下に並ぶ檻の中に魔物達が一様に身動きもせずにヒーリングボールの中に浮かんでいる。

ほぼ野生の魔物達を魔王軍に属する上級の魔物ばりに育て上げろという、生まれ持った種族を超えさせる無理難題。
最下位のスライムである俺が魔王軍に加入を認められたのだから無理ではないのだろうが難題。

可能性がゼロではないのだから……必ず成功させて少しでも魔王様のお側に近づける様に頑張ります。

木の幹に体を預けると、いまはまだ遠い魔王城へ夢を抱きながら目を閉じ眠りについた。

ーーーーーー

陽星が爽やかな朝を連れてきて、一度伸びをして木の上から飛び降りると魔物達は目を覚しここから出せと言わんばかりにヒーリングボールの中でもがき暴れている。

昨日十分その体に戦力差を教え込んでやったというのに、喉元を過ぎてもう忘れてしまったのか……今日も昨日のおさらいで苦痛と恐怖を教え込んでやらないといけないかな?
死なない程度って割と難しくて面倒なのにな……軽くかざした手を握りしめると全てのヒーリングボールが割れて魔物達が地面に落ちた。

下級も下級の魔物とはいえ、さすが野生の魔物の中では上位に君臨する種の魔物達、昨夜は立っているものは一匹もいなかったが一晩で回復して元気になったらしく、地面に落ちると同時に飛び起きて体勢を整えた者が24匹中6匹……ん?24匹?

元々いたのは魔獣族のジャイアントベアー2匹とグレートグレーウルフ5匹にデスホーンホースが3匹、魔鳥族のバードードーが4匹と魔蟲族のアーマーキラーボールが4匹、魔植物族のアマナイタケが2匹だったはずだが……グレートグレーウルフが1匹、アーマーキラーボールが2匹、アマナイタケが3匹増えてるな。

この森に元々生息していた魔物まで連れてきてしまったようだ。

増えてしまった分はこいつらの餌にしようかと思ったけど、見た目で個体の判別なんて俺には出来ないし増える分には怒られはしないだろうと言い訳しながら檻に近づくと、魔物達は一斉に平伏した。

これは……オメガドラゴン様に教えられた懐柔策の第一歩は成功したのではなかろうか。

檻を開け放しても動こうとはせずにじっと……いや、震えているな。

俺が一歩近づくとアーマーキラーボールは丸まり、グレートグレーウルフは耳を寝かせながら腹を見せて寝転び、別のグレートグレーウルフは俺の靴を必死に舐めている。
この中で一番力の強いジャイアントベアーは地面に伏せて両手で目を隠していた。

じゃあ、今日は煩わしいの無しにして次の段階に移れる。
憂鬱な訓練を飛ばして良いと思うとつい嬉しくなって足を舐めていたグレートグレーウルフの頭を撫でてやった。

「今日は食料の調達にしよう」

昨夜は目を開けている者がいなかったから気にしなかったけれど、こいつ等の食料すら支給されていない。
つまり現地調達しろと言うことだろう。

この森で食料調達でも良いけれど……森の向こうの山を見上げた。

昨日この森で魔物達を追いかけながら探していた物があるのだが、それはついに見つけられなかったのだ。

あの山にならあるかもしれない……この26匹を守りながら移動するのは重労働だが、こいつ等の修行にもなるし行ってみるか?

「アルファルド様?」

後ろから声を掛けられてゆっくりと振り返った。
「おはようございます、ペルソリア様」

近くにいるのはわかっていたし監視かなぐらいに思っていたが、その両手で籠を抱えていた。
籠の中には果物や加工された肉やパン。
てっきり現地調達だと思っていたけれどちゃんと支給されるんだ。

「この子達の食事……にしては少なくありませんか?」

「いえ……これはその……個人的な差し入れで……」

ペルソリアさんがそう一歩近づいた途端、魔物達がいきなり毛を逆立てて威嚇を始めた。

「伏せろ」
俺の命令に魔物達は俺の顔色を伺いながら渋々と伏せをする。

ペルソリアさんの方が明らかに格上なのに牙を剥くとは……ペルソリアさんだから良いものをこれがもし魔王様だったら大問題だ。
魔王様に唸り声の一つでも上げたらこいつ等殺さなくてはいけなくなる。
しかしその魔王様からお預かりした大事な魔物……魔物を踏みつけながら葛藤に苦しむ。

そういう状況にならない様に教育もしてやらないといけないな。

「申し訳ありませんペルソリア様。2度とこの様な事の無きようにしっかりと教育しておきます」

「いえ、昨日の今日でこんな低能な魔物達をここまで手懐けるとは……流石ですね。野生の魔物の中でも命令を聞くような種族ではないのに……」

命令を聞くような種族ではない魔物の隊を纏めろと言った爺様の真意を是非お聞かせ願いたいところだけれど、聞いても教えてはくれないだろうから曖昧に笑って流した。

ペルソリアさんから籠を受け取りお礼を告げると魔物達の前に並べていく。
力量を考えずにペルソリアさんに唸りかけたのもお腹が空いて気が立っていたからかもしれない。
オメガドラゴン様も食事が遅れると相当機嫌が悪かった。

「ほらお前達、ペルソリア様に感謝しながらいただくんだ」
俺が合図を出すと魔物達は大口で目の前に置かれた食事に喰らいついた。
しかし……やはり皆で分けるには量が足りないな。

「ああ……それはアルファルド様にお召し上がりいただきたくて……いや、差し上げた物なので好きにしていただいて結構なのですが……ってアルファルド様!?何をっ!!」

「何って……部下達に食事を与えているだけですが……あ、魔王様には内密に……」
魔王様から触手を勝手に傷つけるなと言われた事を思い出して、口止めを願い出た。

触手の先を噛み千切って流れ出る体液を魔物達の口に順番に流し込んでいく。
食卓にスライムディップなる物が出るぐらいだから俺の体液も食べられるはずだ。

弟子に惜しみなく自分の魔力を与える。

これもオメガドラゴン様が俺にしてくれた、飴と鞭の使い分け。

「その様な低俗な者達になんて勿体無い事をなさるのですか!!」

ペルソリアさんに腕を掴まれ止められるが、そんな大層な物では無いし……そもそも俺はその低俗な者のさらに最下層の魔物だし。

「すぐに回復しますので大丈夫です。この子達に自分の魔力を与えるかわりに俺……私もこの子達から魔力を吸わせて貰い、師弟関係の絆を……何をなされているのですか?」

順番を待つ魔物達に紛れてペルソリアさんも仮面を外してしゃがみ込み口を開けて待っている。

「是非私めにもその甘美なる褒美を……」

ペルソリアさんの顔は人型。
人型を取る悪魔族は知能の高い者が多いと聞いていたけれど、頭の良い奴の考える事はさっぱりわからない。

だけど魔物達が食べた食料はペルソリアさんが個人的に持ってきてくれたと言っていたから、出し惜しみする程の物でもないし良いか。
むしろこんな物を食べさせて怒り出したりしないか心配だった。

魔王様の配下の魔物を殺したくはないからなぁ。

恐る恐る触手の先から溢れる、青く透き通った液体をペルソリアさんの口の中へとろりと落とした。

「っ!?これはっ!!」
口に入れた瞬間に目を見開きペルソリアさんはわなわなと震えだし涙を溢し始める。
そんなに不味かったのだろうか?
他の魔物達は普通に食べているけれど……。

「何という甘露!!『暴食の美食家』と呼ばれた私でも今まで味わった事のない極上の甘味の魔力だ!!」

甘い……そんなに甘いのか。
甘いという味覚がどんな感じかわからない……自分も少し舐めてみた。
これが甘いという味か……スライムディップとそう変わらない気もするけど?

「魔王様には絶対内緒ですよ」
感動してくれているところ悪いけど、魔王様に知られたら勝手に触手を切って約束を破った事がバレてしまう。

「え……魔王様には差し上げていないのですか?」
「魔王様のお口にこの様な物、無礼でしょう」
嫌いなスライムを食べさせてなんて失礼極まりない。

最後の一匹に与え終わると触手の先をギュッと押して切り口をくっつけた。

これで暫く放置しておけばすぐに勝手に塞がるだろう。
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