EDGE LIFE

如月巽

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Case.04 心情

西都 西地区β 三月三十一日 午後十二時三十三分

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 コンクリート打ち放しの広い空間。照明やインテリアの調整にスタッフが走る。
 暖色調光の中、黒と灰を基調としたクラシカルなワンピースドレスを纏った女性モデル メイ ─ 倉井 冥奈が撮影監督からの話に頷き、幾つものコードが繋がれた白ワンピースの娘が彼女の動きに合わせて首を揺らす。
「いやー、流石は最新型模造機体コピリア。並んで座ってる背格好がまるっきり同じだねェ」
後方から突如飛ばされる聴き慣れた声に振り向けば、渋皮色の髪を一本に束ねた細身の男が片手を上げる。
「誰かと思えば。今日はオフの筈だろう?」
鈴原すずはらマネからお呼び出し受けたんだよ。別の現場で穴開けた奴が出て代打にアキチビがご指名受けたんで、私の代打お願い!ってな」
「道理で電話に行ったまま帰って来ないわけだ」
 わざとらしく溜息を深く吐く同僚の月原つきはら 涼夜りょうやから手渡されたボトルの緑茶をコードに塗れたグローブを着けたまま受け取る。

少々癖の有る口調で話す彼は、高等科生時代からの知り合いであり所属事務所の同僚だ。
彼自身は請負業に就いて八年だが、気心がしれていることと職務になれば私情を挟まずに動ける人間である事から、五年前に疾斗は月原を公認代理請負人として指名している。

 蓋をあけて緑茶を口へ運び、隣に座る人型機体を横目で確認すれば、同じ顔をした機体がゆるりと目を開いて此方へ笑みを見せて頭を下げた。
「…ちょっとの撮影なら身代わり頼めるレベルだなァ…こっちも忙しいハヤトちゃんには最適」
「社長はそれを見越して俺を選出したらしい。動作複製モートロードが時間掛かるのは難点だがな」

人型機体が普及し始めたのは十五年ほど前。
ここ数年は如何に人間へ近付けられるかが焦点として当てられており、その進化は目覚ましい。
目前に居る模造機体は今秋に販売される最新型の物で造られており、まるで鏡からそのまま抜け出してきたような風貌をしている。
開発に携わったメーカーはマネージャーへ価格を話していたようだが、その値を耳にするのは気が引けて席を外したため聞いていない。
一般市場で売られている素体が数百万ほどするため、諸経費を考えると恐らく一千万以上は掛かっていることだろう。

 嵌めているグローブを視線で指し示して肩を竦めてみせれば、暫く考えこむように目線を地へ落とす。行動の意味が取れなかったらしい機械仕掛けの自分は、眉をひそめて首を傾げながら此方を一瞥すると、説明を受ける倉井へと顔を上げてみせる。
 行動の取り方が自分と同じように見えたのだろう。目を細めてもう一組の擬似双子へと目を向けた月原は、此方の気配に気付いた機体が笑む様子に嘆息を零した。
「メイちゃん様も笑った顔がそっくりじゃねーの。なに、二体とも見た目だけで喋ったりはしないわけ?」
「俺達の声で話すが、似過ぎていて少し気味が悪かった。今は必要ないんで切ってあるがな」
「ちゃん様同士は見てて飽きなそうだけど、ハヤトちゃん同士は会話がなさそうだな…目と目で話せる的な」
「それは何処ぞの緑髪だけで充分だ」
 月原が来る一時間ほど前、試験を兼ねて実際に話をしていた。
 人工毛髪や義眼の色までそっくりに造り込まれた二体は、遠目で見てもその姿は普通の人間と遜色はない。疾斗自身は途中で切り上げてしまったが、近くに居ても駆動音は殆ど聞こえない上、電子データに変換された内面的特徴と声帯を用いて限りなく自分達に似た一言一動をとって見せる。
 いずれは体温を再現する事が目標だと製作側からは聞いているが、完全体でない現状でも「緊張で手が冷たい」とでも言わせれば容易く騙すことが出来るだろう。
 精巧な仕上がりの複製機体をしばらく見つめ、数日前に訪れた蒼髪の依頼者を思い返す。
「そーいやその何処ぞの緑髪さんから昨日連絡来たぜ?ハヤトちゃんと交代で管理室頼みたい、って」
暫く留守になるんでな。子供達の面倒を見れなくはないんだが…」
「OK。大丈夫了解だ。影響受けやすいからねェ、ハヤトちゃんは」
 右目を示しながら苦笑する月原へ、緩く口角を上げて頷く。ボトルに口を付け、メイ達を見つめている機体の方を見れば、視線に気付いたのか此方へ振り向いて首を傾ぐ。
(…これは除外するにしても、この前の人型機体はそれなりに金が掛かっているはず)
 機体単身で依頼に来たと言うことは、成長型人工知能を組み込んでいるのは間違いないだろう。そうなれば主人が誰かしらいる筈だ。
しかし、飛鳥や疾風から聞いた話を思い返すと、今までに耳にした事のある話とはあまりにも食い違いが多く、今の疾斗の中には依頼自体を疑っている自分がいる。
「月原、撮影終わったら時間もらえるか」
「管理室の鍵もらえるなら」
「それは渡すに決まっ「ハヤトさん大っ変お待たせしました!ご準備お願いいたします!」
 スタジオ中へ響き渡るほどの呼び出しに驚き、取り落としかけたボトルをもう一人の【ハヤト】が咄嗟に支える。
 発声源であるだろう人物を諌める現場監督と両耳を塞いだ倉井、驚いたように目を瞬かせる白い【メイ】が視界に映り、渡されたボトルの蓋を閉めて向かう。
「モデルさん達驚かすほどデカい声出す奴がいるか、阿呆!」
「すいません、緊張して声がおっきくなっちゃって…」
眉を困らせ、その場を回る様に頭を何度も下げる娘に軽く首を振って笑う。
 本業に思う疑念を胸奥へ縫い止める様に深く呼吸を整え、頭を切り替えて構えられたカメラの前へと足を進めた。
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