EDGE LIFE

如月巽

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Case.04 心情

東都 中央地区α+ 三月二十七日 午後五時八分

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 住人達の帰宅時間に掛かる時間帯とは言え、一階玄関ホールからこの事務所がある三階までは待ち時間を入れても五分は掛からない。しかし、管理室を任せている疾斗から内線を受けて既に十五分が過ぎている。
「……遅えな」
 琥珀から赤茶に変わったポットから茶葉を引き上げつつ疾風は玄関先へ視線を移すが、外に人の気配すら感じない。
 予約時間からは大して過ぎていないが、連絡から時間が開きすぎていることを不思議に思い、携帯端末履歴から実弟を呼ぶ。
『──内線掛ければ良いだろう』
所長室部屋行くの面倒だったんだよ、依頼人来ねえんだけど」
『来ない?』
鸚鵡返しで尋ね返され短く肯定すれば、扉を開く音が微かに響く。
管理室から足を踏み出したのか、時折住人達へ挨拶を返す声が入るも、問いへの答えは戻ってこない。
『……こっちに戻ってきてはないな。カメラにも映っていない』
「風貌は?」
『青い短髪で俺達と背が変わらない男だ。飛鳥が言うには道に迷いやすい様だった、と』
「了解。外見てきてみるわ」
 要件だけを交える通話が切断されたことを確認し、一人掛けのソファから腰を上げて伊達眼鏡を掛ける。

 国家認可済の請負屋は、個人からの依頼だけでなく国からの仕事を請ける事が多々ある。そのため、事務所を構えている者達はあまり目立つことのない様にしている事が多い。
 先代から継ぐ形で事務所を持つ疾風達も例外ではなく、内装は細々こまごまと改築しているが、扉を含めた外観は他の住居と同じままにしている。
 個人で依頼に来た者への案内は下で行うものの、別所に行かれて迎えに出向くこともしばしばある。
 今回も同じような事になっているのだろう。

 マンション外に看板を出す気は無いが、せめて玄関くらいは分かりやすくしておくべきだろうか。
ぼんやりと考えつつ、疾風は前髪を掻き上げながら扉を開けようと押した。
「………ん?」
 無意識に締めていたのだろうかとドアノブ上を見てみるも、二重鍵はどちらも開けてある。
午前中に来て数回出入りしているが、建て付けが歪んでいた様子も無かった。
 昔には逆怨みした同業者に外側からかんぬきをされていた事もあったが、今日の管理室を担当しているのは派遣雇いではなく疾斗だ。何もなしに通すはずがない。
再度扉を押し開けようとしてみるが、先程よりも隙間が出来ただけでそれ以上は動かない。
しかし、僅かに見えた外界には人の指先が映る。
「…おいおい、なんの冗談だ」
 眉間に皺を寄せつつ、右目を閉じて扉の外へと片視線を向けながらヒップバッグに片付けていた携帯端末を再度取り出した。





「いやぁ、請負屋ってのは整備士のお知り合いも居るンすねぇ。すげぇなぁ」
「…こっちは寿命が縮んだんですがね、佐多さた 伍樹いつきさん。此方でお待ちいただけますか」
「あはは…すんません」
 来客用のソファに座り蒼髪の頭を掻いて笑う依頼人を毒で刺し、玄関先に待つ繋ぎ服の男の元へ向かう。
「帰って来た所で呼んじまって申し訳なかったですね、姫築さん」
「いえいえ。充電切れてしまっていただけで良かったですね」
「ホントに…人型機体は俺には分からなくて」
「機械がお好きでないと自分では弄らないですからね。ただ緊急用高速充電なので、お帰りの時まで保つかはわからないですが…」
「頂いたケーブルで充電させてから帰します。依頼料にウチの電気代上乗せついでに迷惑費貰っとくんで、それでまたメシ一緒に食いましょう」
 冗談を交え笑い、困りながら笑う姫築へ出張費を支払う。「料金より多い」と驚く整備士の肩を柔く押し、外へ出た姫築がその意味に気付き頭を下げるのを会釈で返して扉を閉じれば、コンクリート床が規則的に踏まれて行った。
(里央じゃない奴とは思ってたが、まさか親父さんがくるとはな。親子揃って迷惑かけたな)
 住人であり、自分達の本業を知る人物は彼の家族だけだ。ちょうど帰宅時間も近かった事から家族や個人の暮らしに重点を置く樹阪が機転を利かせたのだろう。
 機関側へは所属していない飛鳥の父親を寄越されるとは思わなかった。しかし、顔しか知らないような人間が派遣され、依頼人が居ようと関係無しに仔細を求められるのは正直面倒だ。
顔馴染みに状況説明をして手速く改善した事に安堵の息を落とし、応接室へと踵を返した。
「申し訳ない、充電はきっちり満タンにしてきたんスけどね。なんかもうだいぶヘタレちゃってて」
「さっきの整備士から聞きました。持ち主にバッテリー交換頼んだらどうです?」
 依頼書を挟んだバインダーを片手に、向かいの一人掛けソファへ腰を降ろせば、青年姿の人型機体は数回瞬いて首を傾いで薄く目を閉じる。
 大して変わった事を言ったつもりはないが、表情一つ動かなくなり言葉も止まる。
 彼の思考回路にはその様な考えは入っていなかったのか、微かな駆動音だけが室内に舞う。
(プログラムに無いことを言ったか?それにしてもローディングが長すぎる様な…)
 カップに継ぎ足した紅茶を啜り、壁掛け時計に目をやれば五分程経っている。
足首に繋いでいるケーブルが抜けたのか、とテーブル下を確認しようと頭を下げる。
「……起こしてもらえませんか?」
「はい?」
 突然投げられた言葉に反応して身体を起こし上げると同時、テーブル下へ強かに頭を打つ。
 音に驚いたのか足が慄いたのが見えたが、それに構わず首を傾げて言葉無しに問い直してみれば、不思議がる様に頭を揺らして硝子玉の眼球を此方に向けた。






依頼人   佐多さた 伍樹いつき
内 容   対象者の覚醒
期 間   未定
備 考   対象者状況確認の必要性有り
      偽姓による医療従事業務許可を要請する
要請者   新堂 疾風
      

受諾人   新堂 疾風
      新堂 疾斗
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