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Case.05 奪回
海上 三日目 五月十七日 午前六時二十二分
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「───。はい、疾斗達に伝えます。解りました、失礼します」
携帯端末から通信が途切れたことを確認し、髪の水分をタオルで拭きながら、都築は疾斗の居るリビングスペースへと足を向ける。
赤ワインにも似た深紅色のジャガードが張られたソファーへ身を委ねる部屋主を覗けば、此方を見上げる。
「大丈夫か?」
「兄貴に確認してもらったが、何処も欠けて無かっ「食器じゃねえよ、お前だよ」
「あぁ…多少痛むが問題ない」
こちらの発言に意外だと言いたげに片眉を上げた疾斗へ溜息を返せば、何かおかしいのかと訊きたげに首を傾ぐ。
昨晩治療を受けたまま寝たのか、ノースリーブの下から左肩を固定するテーピングが見える。
船上で実弟のふりをしていた疾風を通して連絡を取り合ってはいたが、夜間の海面で水上バイクの灯だけで人を探すのは困難を極めるに等しい。
幸い停船や方向転換をすることは無く、見つけたと同時に水上バイクのアクセルを完全に開き、すぐにその身を回収することが出来たが、引き上げた疾斗は痛みを訴えた。
普段着用している上衣は軽量鉄糸を織り込んだ特殊な生地で出来ている。そのため多少の衝撃は吸収して身体の損傷を防ぐが、昨晩は一般的な強度しかない衣服で飛び降りたのだ。命を落としていたかも知れない状況で肩の脱臼で済んだのは運が良かった。
「なんでお前ら、揃いも揃って俺の寿命縮めるのが得意なんだ?船から飛ぶって、映画じゃねえんだぞ」
学生時代から付き合いがある彼らの事は、機関所属の人間の中では一番よく知っている方だ。其故、無茶な依頼や行動は予想はしていたが、今回は想定範囲から遥か上の内容だった。
国内を騒がせる義賊への協力
自らが所属する機関の長である樹阪から聞いた瞬間、驚きを超えて呆けてしまった。
一般の業務代行請負人は、受諾依頼を機関へ業務遂行申請する事が義務付けられているが、国家認可を持つ場合は申請免除の権限を有している。
そのため普段は調査依頼を受けない限り、書面上の事後報告を確認するだけであることが多く、今回のように仕事の内容を前もって知ることは稀なのだ。
業務日程期間が南都のリゾートホテル【グローリリーフ】の機材定期点検期間だった事もあり、樹阪から補佐役としての役目を命じられたのが四日前。
その翌日には今回のパーティー参加面子を知らされたが、各人の経歴を見て頭が痛くなったのは記憶に新しい。
「…怪盗が船から居なくなった印象をつけたかった」
「それは解る。解るが疾風の方が適任だったんじゃねえのか?」
作戦の怪盗役が彼の兄であれば、本人の主力道具である鉄糸短矢を用いて迎えを待つ、という芸当が出来ただろう。
しかし疾斗にはそう言った術が無い。
「オークション用の泡銭を少しでも確実に稼いで貰う必要があったんだ」
「だからって無茶苦茶過ぎだろ、阿呆か」
軽く握った拳で頭を小突けば、やや眉を顰めながら視線で不満を訴える。
「……機関員としてじゃなく、友人として言ってんだ。解ってくれ」
喉まで出掛かった一言を飲み下し、これ以上の叱言を止めるため問い掛けをおいて口を閉じる。
実兄である疾風へ仕事中毒者と嫌味を言うが、都築から見れば、予測もつかない行動をとる疾斗の方がよほど仕事中毒に見える。
二人の父親がこの場に居たら説教の一つでもしてくれるのだろうか。そう想像してみるも、説教どころか爆笑して怪我部位を叩く姿しか思い浮かばない。
(とはいえ、あの親父さんでもこんな無鉄砲な仕事は請けねえか)
誰に向けているわけでもない溜息を零し、昨晩渡された船員用の作業服へ袖を通す。やや重い静寂の中、客室の扉を叩く音が響き、振り返る間も無く潮風と温い空気が男と共に入ってきた。
「今時のルームサービスってのは返答待ちしねえの?」
「細けェ事気にすんなよ、嫁さんに嫌われるぜ?」
「嫌われてたら初恋叶ってねえんだわ。そういうお前はもう少し気にしろ」
少しも反省の色がない管理長に文句をつけてやろうかと思うも、今言ったところでこの友人は笑って軽く流すだけだろう。片眉を下げつつ出された紙片を受け取り、持参してきたタブレット端末に表示した船内図と照合する。
「ったく…前代未聞な仕事請けたおかげで、こっちは出張延長してんだ、少しは反省しろ」
「解ってますよ、都築次長。今回は直接御手を借りるんだ、失敗するつもりなんざ毛頭ねえ」
今回、この場所へ入り込んだのは【怪盗】回収のためだけではない。
二人の知識では賄うことの出来ない作業-機器操作業務を担うためだ。
「失敗したら降格されても文句言えねえぞ?きっちり依頼完遂しろ」
「降格してもらっても構わねえけど、まぁ了解」
やや不穏な発言を聞き流し、発信器の信号がホログラム内に表示されるか確認すれば、ポインターが現れる。
「よし出来た。言われてた色で設定してある、くれぐれも渡し違えるなよ」
「ああ、助かる。そうだ、飯食い終わったら台車ごと外出しといてくれ。お前は後で包帯交換すっから、それまで大人しくしてろよー?」
「ああ……」
ソファーに座ったまま返事を返す実弟へ肩を竦め、偽髪を掻きながら出て行く背を送り、扉の鍵を閉めながら都築は苦笑する。
ルームサービスを頼むための電話はベッドルームに置かれているのだが、疾斗は入浴後治療を受けてからはリビングスペースを一歩も出ていない。
(素直に「様子見に来た」って言やぁ良いのに)
彼の所属事務所から来ている人間が連絡した、とすれば多少解らなくもないが、それでも若干強引な話だろう。
台車の上で伏せる蓋を開ければ、食べやすさを考慮した片手食の用意。その傍らには、疾斗が好んで食べる胡麻団子も置かれている。
「飯、どうする?」
「……食べる。それと………悪かった」
音にしなかった言葉を汲み取ったのだろうか。間を空けて呟かれた謝罪に、都築は苦く笑いながら、サイドテーブルへと食事を置いた。
携帯端末から通信が途切れたことを確認し、髪の水分をタオルで拭きながら、都築は疾斗の居るリビングスペースへと足を向ける。
赤ワインにも似た深紅色のジャガードが張られたソファーへ身を委ねる部屋主を覗けば、此方を見上げる。
「大丈夫か?」
「兄貴に確認してもらったが、何処も欠けて無かっ「食器じゃねえよ、お前だよ」
「あぁ…多少痛むが問題ない」
こちらの発言に意外だと言いたげに片眉を上げた疾斗へ溜息を返せば、何かおかしいのかと訊きたげに首を傾ぐ。
昨晩治療を受けたまま寝たのか、ノースリーブの下から左肩を固定するテーピングが見える。
船上で実弟のふりをしていた疾風を通して連絡を取り合ってはいたが、夜間の海面で水上バイクの灯だけで人を探すのは困難を極めるに等しい。
幸い停船や方向転換をすることは無く、見つけたと同時に水上バイクのアクセルを完全に開き、すぐにその身を回収することが出来たが、引き上げた疾斗は痛みを訴えた。
普段着用している上衣は軽量鉄糸を織り込んだ特殊な生地で出来ている。そのため多少の衝撃は吸収して身体の損傷を防ぐが、昨晩は一般的な強度しかない衣服で飛び降りたのだ。命を落としていたかも知れない状況で肩の脱臼で済んだのは運が良かった。
「なんでお前ら、揃いも揃って俺の寿命縮めるのが得意なんだ?船から飛ぶって、映画じゃねえんだぞ」
学生時代から付き合いがある彼らの事は、機関所属の人間の中では一番よく知っている方だ。其故、無茶な依頼や行動は予想はしていたが、今回は想定範囲から遥か上の内容だった。
国内を騒がせる義賊への協力
自らが所属する機関の長である樹阪から聞いた瞬間、驚きを超えて呆けてしまった。
一般の業務代行請負人は、受諾依頼を機関へ業務遂行申請する事が義務付けられているが、国家認可を持つ場合は申請免除の権限を有している。
そのため普段は調査依頼を受けない限り、書面上の事後報告を確認するだけであることが多く、今回のように仕事の内容を前もって知ることは稀なのだ。
業務日程期間が南都のリゾートホテル【グローリリーフ】の機材定期点検期間だった事もあり、樹阪から補佐役としての役目を命じられたのが四日前。
その翌日には今回のパーティー参加面子を知らされたが、各人の経歴を見て頭が痛くなったのは記憶に新しい。
「…怪盗が船から居なくなった印象をつけたかった」
「それは解る。解るが疾風の方が適任だったんじゃねえのか?」
作戦の怪盗役が彼の兄であれば、本人の主力道具である鉄糸短矢を用いて迎えを待つ、という芸当が出来ただろう。
しかし疾斗にはそう言った術が無い。
「オークション用の泡銭を少しでも確実に稼いで貰う必要があったんだ」
「だからって無茶苦茶過ぎだろ、阿呆か」
軽く握った拳で頭を小突けば、やや眉を顰めながら視線で不満を訴える。
「……機関員としてじゃなく、友人として言ってんだ。解ってくれ」
喉まで出掛かった一言を飲み下し、これ以上の叱言を止めるため問い掛けをおいて口を閉じる。
実兄である疾風へ仕事中毒者と嫌味を言うが、都築から見れば、予測もつかない行動をとる疾斗の方がよほど仕事中毒に見える。
二人の父親がこの場に居たら説教の一つでもしてくれるのだろうか。そう想像してみるも、説教どころか爆笑して怪我部位を叩く姿しか思い浮かばない。
(とはいえ、あの親父さんでもこんな無鉄砲な仕事は請けねえか)
誰に向けているわけでもない溜息を零し、昨晩渡された船員用の作業服へ袖を通す。やや重い静寂の中、客室の扉を叩く音が響き、振り返る間も無く潮風と温い空気が男と共に入ってきた。
「今時のルームサービスってのは返答待ちしねえの?」
「細けェ事気にすんなよ、嫁さんに嫌われるぜ?」
「嫌われてたら初恋叶ってねえんだわ。そういうお前はもう少し気にしろ」
少しも反省の色がない管理長に文句をつけてやろうかと思うも、今言ったところでこの友人は笑って軽く流すだけだろう。片眉を下げつつ出された紙片を受け取り、持参してきたタブレット端末に表示した船内図と照合する。
「ったく…前代未聞な仕事請けたおかげで、こっちは出張延長してんだ、少しは反省しろ」
「解ってますよ、都築次長。今回は直接御手を借りるんだ、失敗するつもりなんざ毛頭ねえ」
今回、この場所へ入り込んだのは【怪盗】回収のためだけではない。
二人の知識では賄うことの出来ない作業-機器操作業務を担うためだ。
「失敗したら降格されても文句言えねえぞ?きっちり依頼完遂しろ」
「降格してもらっても構わねえけど、まぁ了解」
やや不穏な発言を聞き流し、発信器の信号がホログラム内に表示されるか確認すれば、ポインターが現れる。
「よし出来た。言われてた色で設定してある、くれぐれも渡し違えるなよ」
「ああ、助かる。そうだ、飯食い終わったら台車ごと外出しといてくれ。お前は後で包帯交換すっから、それまで大人しくしてろよー?」
「ああ……」
ソファーに座ったまま返事を返す実弟へ肩を竦め、偽髪を掻きながら出て行く背を送り、扉の鍵を閉めながら都築は苦笑する。
ルームサービスを頼むための電話はベッドルームに置かれているのだが、疾斗は入浴後治療を受けてからはリビングスペースを一歩も出ていない。
(素直に「様子見に来た」って言やぁ良いのに)
彼の所属事務所から来ている人間が連絡した、とすれば多少解らなくもないが、それでも若干強引な話だろう。
台車の上で伏せる蓋を開ければ、食べやすさを考慮した片手食の用意。その傍らには、疾斗が好んで食べる胡麻団子も置かれている。
「飯、どうする?」
「……食べる。それと………悪かった」
音にしなかった言葉を汲み取ったのだろうか。間を空けて呟かれた謝罪に、都築は苦く笑いながら、サイドテーブルへと食事を置いた。
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