16 / 21
まほろ よろず祓い屋
小さな相棒
人里離れた山奥。
木々に埋もれるようにその庵はひっそりと佇んでいた。
ここは月魄の現世での仮の住まい。
こちらに着いて早々に荷を下ろし軽装に整え直した佑は、庵の前の大きな石に腰を下ろし人待ちをしていた。
夜明け前から歩き続け熱を帯びた両足を軽く叩きながら、庵の板塀に背を預ける。
じりつく日差しを遮るものなく直に受ける逢花の里に比べ、ここは幾分過ごしやすい。
頭上を覆う木々の葉がさわさわと音を立てるのを聴きながら、佑は心地のよい涼風に目を閉じ口元を緩ませた。
まるで暑気を吹き払ってくれるような…
「…うーん…うー…」
「……?」
風の音に小さな唸り声が混じって、佑はぱちりと目を開けた。
そのまま戸口の方へと視線を差し向ける。
そこにはしゃがみ込んで、戸にぴたりと張り付いている者の後ろ姿があった。
彼の名は、小那。
昨夜水神様の滝壺から現れた者のうちの一人で月魄の弟子だ。
ひょろっとした浅黒い手足と、くりっとしたつぶらな瞳が印象的な童である。
年の頃は九つか十くらいだろうか。
おそらく居残った香涼と月魄が、なにを話しているのか気になって聞き耳を立てているのだろう。
半開きになった戸の隙間から、彼の頭がじわじわ中へと吸い込まれていくのが見える。
本人はこっそり覗いているつもりだろうが、あれでは…
思わず吹き出しそうになった口元に手をあて、ふいに真顔に戻った佑は「妖、か…」とぽつり呟いた。
よく見れば彼の水干の腰元からは、筆に墨をちょんと付けたような獣の尾が垂れ下がっている。
それが彼の心情を表すように、時折ぴんと伸びたりぱたぱたと振り動く。
なんとも可愛ゆく微笑ましい光景だが、斗真達が追っている〝あくり〟という者もまた彼と同じ妖であるそうだ。
「同じなのかもしれぬな…」
目に見えぬものや己の理解の及ばぬものを人は怖れるものだ。
人でないものとは、それほどに恐ろしいものなのだろうか。
漠然とだが、ふとそんな考えがわきあがる。
少し前までそんな事を気にした事などなかったのに不思議なものだ。
普通は怖いとか恐ろしいとか思うところなのだろう。
けれど己の目で見た彼らを、それほど恐ろしいとは思えなかったのだ。
それは佑が彼らの一面しか見ていないからなのかもしれないが、それ故に案外人も妖も同じなのかもしれないと思う。
個々によって、性格も違えば、受ける印象だって違うかもしれないのだから。
それに不思議といえば他にも気になることがあった。
ここにくる途中の里で出会した者達は皆、小那や月魄の姿には気づいていたのに小那のあの尾には無関心だったのだ。
同行していた香涼にもである。
どういう仕組みなのだろうかと、道すがらずっと考えていたのだ。
香涼が前に言うていたように、これもまた目に見えぬものをみるさいということなのだろうか。
だとすれば…
〝 何故、自分にはみえるのだろう 〟
こたびは食い下がったことで、知れた事もあったがその分わからぬ事も増えてしまった。
わいて出た疑問に小さく息を吐き「あちらはどうしているかな…」と、組んだ腿の上に頬杖をつく。
真保呂達と別れたのは逢花の村に辿り着いてすぐだったから、今から半刻ほど前のことになる。
彼らが向かった先は、先日訪ねた邸の方角。
依頼を引き受けるか否か。
おそらく悠慶様の元へ返事をしに行ったのだろうが…
「あぁ…」
…あれでは時期に気づかれるな。
とうとう振り動く尾だけになってしまった小那から視線を外し、佑は戸口脇の板壁に再び背を預けてそのまま天を仰いだ。
重なり合った葉の隙間から、夏の強い日差しが降り注ぐ。
眩しくて、僅かに目を眇めた。
そういえば荷を降ろして室を出る際に、月魄が風変わりな道具を取り出すのがちらりと見えた。
あれは黒犬からの預かり物だったのではなかろうかと首を捻る。
だとすれば、今頃香涼はあれの扱い方を聞いているのかもしれない。
〝 この村の祠を巡って、私の代わりに預かり物を置いてきてくれないかい 〟
自分もなにか手伝いたいと食い下がった祐に、真保呂はそう言った。
単独行動は控える事。
預かり物の扱いは香涼に任せる事。
問題が起きた時には、深追いせずに引き返す事。
他にもいくつか条件を出されたが、それでも月魄の庵でただじっと皆の帰りを待つよりは良かったと思う。
なにより粘りに粘った甲斐があったというものだ。
「村の祠か、何の為に置くのかな…」
「万が一の時の備えのようなものらしいですよ」
「あれ?香涼…」
声のした方へ視線を向けると、戸口の前にはいつのまにか小那の代わりに荷袋を手にした香涼が立っていた。
「佑殿。お待たせ致しました」
「月魄様とのお話はもう済んだの?」
「ええ」
「備えって…もしかして斗真様からの預り物の事?」
「然様。扱いは教えて頂きましたので、これより先は我らだけで問題ないかと。日暮れまでには戻られよとの事です。上手くすれば、今日中に半分は巡れそうですね」
「そうか…」
頷いて、ぽてぽて駆けてくる足音に気づいた佑は視線を香涼の背後へと向けた。
「あ、あの。お二人とも。…月魄様はご用があるらしくって…。支度をしたなら、おいら達だけで向かわれよと言うておりました。あと、あんまり遅くならぬようにとも…」
「ああ、知らせてくれて有難う」
「あ、はい。改めて宜しくお願いします。かりょう様、おゆう様」
ぺこりと頭を下げた小那に笑みを向ける。
「そうだ。…呼び捨てで良いよ、小那。その方が俺も気が楽だし。それに依頼先で名乗ってしまったから、村では佑と呼んでもらえると助かる」
「え?あ、はい。たすくさ…えーっと、たすく」
「うん。改めて宜しく」
「はい」
ぱっと笑顔になった小那につられて、またにこりと笑う。
なんだか小さな相棒が出来たみたいで、くすぐったい気分だ。
「でしたら…私の事も、香涼と呼んで頂けると嬉しいのですが。小那殿」
「へ?あ。うぅ…か…よ、呼び捨てですか?」
呼び捨てでと言うわりに、自分はしっかり殿付けだ。
香涼の申し出に、小那が返答に困ってまごついている。
「香涼さんは、呼び捨てにはしてくれないんだ?俺の事も未だに佑殿って呼ぶよね」
「それは…ご勘弁を。私はこちらの呼び方が性に合っておるもので…」
「あ!え、えっと…。では、おいらも。落ち着くので、か、かりょうさんと呼びたいですっ」
「ふふっ。これは香涼の負けかな…」
「そのようですね、佑殿。では、それで…」
小那の出した妥協案に少し残念そうに頷くと、香涼は「さて、参りましょうか」と二人の背を押し微笑んだ。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語
紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。
しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。
郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。
そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。
そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。
アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。
そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。
転生後はゆっくりと
衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。
日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。
そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。
でも、リリは悲観しない。
前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。
目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。
全25話(予定)
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
毒舌アイドルは毒の魔物に転生する。
馳 影輝
ファンタジー
毒舌を売りにして芸能界で活躍できる様になった。
元々はアイドルとしてデビューしたが、ヒラヒラの衣装や可愛い仕草も得意じゃ無かった。
バラエティーの仕事を貰って、毒舌でキャラを作ったらこれがハマり役で世間からのウケも良くとんとん拍子で有名人になれた。
だが、自宅に帰ると玄関に見知らぬ男性が立っていて私に近づくと静かにナイフで私を刺した。
アイドル時代のファンかも知れない。
突然の事で、怖くて動けない私は何度も刺されて意識を失った。
主人公の時田香澄は殺されてしまう。
気がつくとダンジョンの最下層にポイズンキラーとい魔物に転生する。
自分の現象を知りショックを受けるが、その部屋の主であるリトラの助言により地上を目指す。
ダンジョンの中で進化を繰り返して強くなり、人間の冒険者達が襲われている所に出くわす。
魔物でありながら、擬態を使って人間としても生きる姿や魔王種への進化を試みたり、数え切れないほどの激動の魔物人生が始まる。