まほろ よろず祓い屋

春きゃべつ

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まほろ よろず祓い屋

逢花の里



山神様のご加護を…

辞宜をして、両の手のひらに乗せた木槌ごと頭上へ掲げる。
祈りを込めれば、ほわりと胸のあたりが温かくなった。
その感覚は、まるで薬包の仕上げをしている時のようだ。
見下ろした視線の先では、黒土の上に引かれた煌めく白砂の線が見慣れぬ模様を描き出している。
何かに例えるならば、桔梗の花に近いだろうか。
魔除けの効果があるというその模様の真上で、今度は握り直した木槌を幾度か傾ける。
すると木槌の端の方から、光の粒がさらさらと溢れ出た。
溢れ出た光の粒は寄り集まって、青白く煌めく蕾を空中で形造る。
やがて蕾は花を咲かせ、咲いたと同時に綻んで、最後には霧が晴れるかの如く霧散してしまった。
まさに夢か幻。
そんな光景に〝これもまた人には視えぬ花なのだろうか〟などと思い浮かべ、佑は静かにその場を後にした。

逢花の里は、四方を山に囲まれた小さな集落だ。
時折り吹き抜ける山風に煽られて、青々と伸びた苗が波のように揺れる。
そんな青田の波を眺めつつ、佑は里に幾つも走る畦の一つを歩いていた。
吹きつける風を心地良く感じながら正面を向けば、十数歩先の畦を行く童の後ろ姿が視界に入る。
その童子の腰元から垂れた尾は、あいかわらず彼の歩みに合わせるように右に左にふよふよと揺れ動いていた。
「和むなぁ…」と胸の内で呟く。
振り動く尾をしばらく眺めた後、佑はてくてく歩く彼のさらに前方へと視線を移した。
今朝がた皆で通った少し幅広な道が、今歩いている畦を横切っていく。
その先にはせり出すように横たわる小山があって、迂回するように道は大きく片側へと逸れていた。
あのせり出た山の奥まった場所に、月魄様の庵がある。
ということは、里の周りを一巡りし終えたという事のようだ。
そういえば〝半分巡れれば上々〟と香涼が言うていたっけ。
小那の話では、この辺りの祠は全部で十。

先程のでちょうど半分だから…

見上げた視線の先で、ちぎった綿をまばらに浮かべたような雲が流れていく。
前方に連なる山の端は、茜に染まりはじめていた。
もうじきなんとも言い難い色合いへと移り変わっていくのだろう。
茜から、朱紫、青紫、それから藍へ、濃紺へ。
あっという間に闇に包まれる。

そう言えば…

「如何しました?」

ふいに声をかけられ、考え事を切り上げた佑は隣を並び歩く同行者に視線を向けた。

「今。そう言えば、と」

「あ、いや…」

かぶりを振って、大したことではないのだけれどと付け加える。
どうやら考え事が口から出てしまっていたようだ。
少しばかり恥ずかしく思いつつも、今しがた浮かんだばかりの疑問をぽつぽつと口に出してみる。

「少し不思議に思って。何故、もぬけの殻なのかと…」

「もぬけの殻……?ああ。祠にございますか」

香涼の切り返しに「そう」と頷いて、正面を向いた佑は眉根をわずかに寄せた。
里に下りて一番はじめに案内された祠を思い出す。

「ひやりとしたよ。よもや使いを遂げる前に、御神体が奪われてしまったのではないかと思って…」

「ああ、たしかに驚いておられました。お二人とも」

「そりゃあ驚くよ」

「祀られておるのが常でございますからな。ここらの祠は少々風変わりやもしれません」

「本当に何の為に置かれているのだろう。空の祠が五つも。多すぎやしない?万が一の為の備えと言うていたけれど、香涼はどう思う?」

月魄様に何か聞いていないのかと、隣を並び歩く同行者をもう一度見上げる。

「小那殿に案内していただいた祠の配置は、まるで里を囲うておるかのようでした。それを思えば結界の類いというのは如何でしょう?」

「結界?」

「然様。逢花の里を目には視えぬ壁で囲うのです」

「成る程、見えぬ壁か…」

「とはいえ私は、月魄様より道具の扱いと、この地に纏わる話をいくつか聞き及んだだけに過ぎませぬ」

あくまで予想にございますと前置いて、香涼はこちらを見下ろした。

「里に置かれた祠はまだ半分ございます。残り半分の在り処が気になるところですな。それに月魄様が仰るには…」

「あー、お二人だけでずるいですよ。なんのお話です?」

声がして視線を向ければ、先導していた小那がとたとたとこちらへ舞い戻ってくるのが見えた。
それほどかからず合流を遂げた彼は「おいらもお仲間に加えて下さい」と少し頬を膨らませ、隣に並んだ佑を見上げる。
なにやら小那も加わって、畦はぎゅうぎゅうだ。
ずいぶん賑やかな帰路になったものだと笑む佑を見て、焦れた小那は小首を傾げ「なんの話なんです?」とせっつくように繰り返した。
興味津々の眼差しが、佑を挟んで反対側にいる香涼の方へと向けられる。

「これはすみませぬ、小那殿。何故、この逢花の祠はこうも中身が空なのか。そもそも空の祠がいくつも置かれているのは何故かというお話をしておりまして…」

「え。何故なのですか?」

ぴんと立った小那の耳を見下ろして、笑みを深めた佑は「何故なの?」と再び香涼を見上げた。

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