21 / 21
まほろ よろず祓い屋
灯りもどき
なにか白い物がおる。
そんな気がして足を止め、戸口の方へ目を向けた。
「気のせいか…」
誰ぞ戻ってきたのかと思ったのだが…
薄暗い土間の戸口は開け放たれ、その先には深い闇が漂っている。
なれどそこには、人の気配もなければ姿もない。
きっと遅い遅いと思うているから、そのように何か見えたような気になったのだろう。
一つ息をついて、今頃他の皆はどうしておるのだろうかと佑は思い巡らせた。
結局、今この庵に居るのは、里で祠を巡り歩いていた佑と香涼と小那の三人だけだ。
あまり遅くならぬようにと言うていた月魄様も、未だ戻ってはおらぬ。
「何処へ行ったのだろう…」
何処からともなく聴こえてくる虫の音に耳を傾け待ってみたが、いくら眺めたところで闇の中には草木の輪郭が僅かに見えるばかり。
そのうち諦め、肩を落とした。
「今宵は戻らぬのやもしれぬな…」
土間の端にある厨へ視線を移し、暗がりに置かれた水桶を目指し歩み寄る。
目当ての物を手に取ろうとほんの少し身を屈め、やはり気になってその身を起こした。
「お。…あれは…」
振り返ると同時に、戸の隙間に白い塊がさ迷い出すのが見えた。
あちこち浮遊して再び舞い戻ってきたのだろう。
どうやら気のせいではなかったようだ。
なにか見覚えがあるなと思い返し、里からこちらへ引き返す途中に目にしたものだと気づく。
ふわふわとあてどなく浮遊する様は、野原を漂う綿毛のようにも、草叢を仄かに照らす光虫の類いのようにも見える。
だが、そのどちらでもないように思えた。
近寄ってまじまじと見たわけではないから、実のところはわからぬ。
ただ、なにか実態が伴っておらぬように思えたというだけだ。
果たしてあれは何なのだろうか?
首を捻るが、さっぱり見当もつかない。
「……謎だ」
浮遊する白い塊をしみじみ眺め。
我に返った佑は「あ、いや。それより粥か」と頭を振った。
足下の山菜入りの籠を引っ掴み。
そのまま両手で抱え込んで、振り返りざまに「ねえ」と奥へ呼びかける。
返事がない。
具材の調達そっちのけでぼんやりおもてを眺めていた身としては、どのくらい呆けていたのかと不安になってくる。
頼まれたこの山菜もだが、放り出してきた粥が一番心配だ。
急げとばかりにぱたぱた土間を小走って、草履を平石の上に脱ぎ捨てる。
だが小上がりに上がったところで、佑は立ち止まり、中の様子に首を傾げた。
「……か、香涼?」
香涼はこちらに背を向けたままだ。
こちらの呼びかけに気付いているのかいないのか、曖昧な呻き声をもらしながら、ぎこちない仕草で両手を忙しなくさ迷わせている。
「あの…なにして…」
再び声をかけると、中腰の香涼の背中がぴくりと身動いだ。
「あ、ああ。佑殿。そろそろかと思うのですが…」
「そろそろ?」
「はぁ。これがなかなか難しく。…これぐらい…あ、いや。これでは……んん?やはり、あれはもう少し…」
「何が…」と佑が眉を寄せている間に、香涼の方がその場を退いて、かわりに囲炉裏と川魚の群れが現れた。
その川魚の有り様に「ん?」と、首を傾げる。
「これは……」
ずいぶんと姿勢が良いけれど、串刺しとはこのようなものだったろうか?
もっとこう、うねうねとしていたような…
考えている間にすぐさま横から手が伸びて、引っこ抜かれた串魚が新たな場所に突き立てられた。
おそらく魚を焼いているのだろうが、それにしてはあまりに忙しない。
「ね、ねえ、香涼?…そこまで構わずとも良いのではないかな?少しくらい手を止めても、そんなにすぐ丸焦げにはならないよ」
「そ、そういうものでしょうか。…もっと火に近づけた方が…いえ、離したほうが…どのように焼くのが正しいのでしょう…」
「それは…」
引っ込めたばかりの両手を不安げに揉みながら、大真面目に首を傾げる香涼を前に、思わず言葉に詰まってしまう。
よろず屋の仕事なら少し手伝うた事はあるが、厨仕事は任せきりで佑としてもようわからない。
「正しい焼き方かぁ…」
改めて考えると、こまめに構うのが正しいのではとさえ思えてくる。
御嵩ならどんな風に焼くだろうか?
一昨昨日の夕餉の折には焼き物が特にお勧めだと言うていた。
「あれは美味かったなぁ……あれ?」
そういえば、御嵩はあれだけの品をいつもどこで用意しておるのだろうか?
考えてみれば不可思議だ。
雑多な物であふれた真保呂の庵には囲炉裏自体がないし。
基辰様の別邸の離れでも、厨で誰かが朝夕の支度をして居るところを見た覚えがない。
これはどういう事だと首を捻って、佑は「ああ。また…」と小さく呟いた。
串魚に手を伸ばしかけてはしきりに首を傾げる香涼の様子が、見れば見るほど笑いを誘う。
悪いと思いつつ。
思わず吹き出しそうになって、佑はこれはいかんと頭を振った。
「……ん?」
笑いの衝動をどうにか堪えひと息つくと、念佛じみた呟きが耳に飛び込んできた。
何事だと視線をさまよわせる。
「るく……まぁるく…」
「まぁ?」
呟きの出処はどうやら小那のようだ。
彼は囲炉裏の反対側の隅の縁に膝をつき、目前の灰床に据えられた鍋の中身を長細く削られた木べらでかき混ぜている。
あれは山菜を投じようと思っていた粥入りの鍋のようだ。
おそらく佑が厨へ行っている間に、小那が後を引き継いでくれたのだろう。
「有り難う。粥の具持って…」
「ぁるく…まぁるく…ま」
「……あぁ、こっちも」
声をかけたが、没頭しているのかひたすらぐるぐるかき混ぜ続けている。
目を離さず、円を描くようにかき混ぜるものと月魄様に教わったのかもしれない。
これ以上声をかけるのはやめておこうと、佑はひとまずその場に腰を下ろした。
それにしても…
粥と焼き魚の支度だけだというのに、ずいぶんと手間も時もかかるものだ。
簡単そうでいて、加減が難しいのだなと思う。
しかも三人がかりでこの有様なのだから、彩り豊かな膳をいつも一人で賄っている御嵩はさぞかし大忙しに違いない。
こたびの祓屋の手伝いを終えたら、何か手伝える事はないか聞いてみようか。
そんなことを思い浮かべながら、佑は籠の中身をちぎりはじめた。
「佑殿。申し訳ありませぬ」
籠の野草をちぎり終えた途端、横から深刻そうな物言いがして佑は何事だと顔を上げた。
ひとまずちぎり終えた野草入りの笊を脇に置き、香涼の方へと向き直る。
「その…やはりこちらはまだかかりそうです。おそらく生焼けが紛れておるかと…」
「生焼け?」
ため息まじりに肩を落とす香涼の視線を辿っていけば、先程まで灰床に散らばっていた串達がすべて火元へと移されていた。
「ああ、生焼け…」
表情から察するに、あの後も葛藤が続いていたのだろう。
構いすぎて、生焼けが出来上がってしまったというわけだ。
「大丈夫だって、急いでるわけじゃなし。それに生焼けがどうしても気になるなら粥に投じて煮込めば良いさ。ね、気長に待とう…。あ、それよりも」
気落ちしている香涼の気を逸らすべく、戸口の方を指差して見せる。
「おもてにね。灯りもどきが漂うていたんだ」
「灯りもどき?……ああ。あの白塊にございますか」
「うん、そう。小那が…」
「へ!なんです??」
「ん?」
上手い具合に気が逸れたと思うたら、突然小那がぴょこんと顔を上げた。
自分の名が出てきたものだから、呼ばれたと勘違いしたようだ。
丁度いいやと小那の方へ向きなおり、もう一度戸口の方を指し示す。
「ほら、ここに戻ってくるとき。小那が灯りがわりに連れてきたのがいたろう。それが戸口の向こうを行ったり来たりするのが見えたんだ。そうしたら、なんだか急に正体が気になりだしてさ」
「灯りがわり…?あぁ、あの白いまんまるですね!あれは…」
「あれは?」
「あれは……あれ?どちらだろ。ちっとも見分けがつかないや…」
口ごもると同時に小那が眉を寄せる。
「見分けがつかぬとは、どういう事です?小那殿」
香涼に促され、小那はひと唸りしてからぽつぽつと喋りはじめた。
「それが…みな白くて、ふわふわで、まあるいんです。…たくさん浮いておったのですよ。あちらにも。でも、斗真様も、月魄様も…似ているけれど。違うって…」
話すうちに自信がなくなってきたのか、小那の眉がどんどん八の字になっていく。
そうしている間に彼の目の前にある鍋の中身が水気を失いくつくつと言いはじめた。
ちらりと目を向けちぎり終えた野草を粥の中へと放り込むと、思い出したように小那が握りしめていた木べらを動かし始める。
木切れが崩れ、ぱちんと火が爆ぜた。
「ねえ、小那。あちらというのは、白いまん丸を拾うた鳥居の辺りのこと?」
「あ、えぇ…と。〝つきみや〟というところですよ。水がたくさんで、橋もたくさんで。白いまんまるが、たっくさん漂っていて。…えと、それは…みんな迷い込んだからで。……こちらでは夢で。〝ばんにん〟とは、違くって……あ、あれ?」
「つきみや?」
「はい。つきみやです」
こくりと頷く小那と顔を見合わせ首を傾げると、聞き手にまわっていた香涼が入れ代わりに口を開いた。
「月魄様のお言葉をそのままお借りするならば、月宮とは月司の住まうところですね」
「つきつかさ?」
「ええ。月司というのは、私のような若輩の桜の精とは違い。顕現し時を重ね。土地神様とともに神世からこの現世を見護るお役目を与えられた月の精にございます」
「ふぅん。つきつかさの住まうところか…。それじゃ、あの白いふわふわは、神様のおられるところから、人の住まう現世へとさまよい出てきた存在という事?」
「おそらく。……あ、いえ。どうでしょうか。あの白塊がもし、人や獣の魂魄や生じたばかりの精霊の類いとなると、一概にそうとも言えませんね。神世から迷い込んだのか、元々現世でわいたのかが分かりませぬので」
「そうかぁ。やっぱり知っていそうな方に直接聞いてみるのが一番なのかも…」
「あ、斗真様!」
「へ!?と、斗真様??ど、どこっ…」
小那の視線を辿って振り返る。
するといつからそこに居たのか、土間と板の間の小上がりに見知った黒犬がぽつんと座り込んでいるのが見えた。
「…あ。斗真様。…いつからそこに?」
「これは…お戻りだったのですね。斗真様、なにもそのようなところに隠れて居られずとも」
「あ。いや。その。驚かせるつもりはなかったのだが。話の腰を折るのもどうかと…」
一斉に喋りかけられ、土間の小上がりにちょこんと潜んでいた黒犬が慌てたように身を起こす。
それから前脚をわたわた踏み馴らすと、申し訳なげに「すまぬ」とひと言頭を下げた。
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語
紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。
しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。
郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。
そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。
そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。
アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。
そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。
転生後はゆっくりと
衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。
日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。
そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。
でも、リリは悲観しない。
前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。
目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。
全25話(予定)
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
毒舌アイドルは毒の魔物に転生する。
馳 影輝
ファンタジー
毒舌を売りにして芸能界で活躍できる様になった。
元々はアイドルとしてデビューしたが、ヒラヒラの衣装や可愛い仕草も得意じゃ無かった。
バラエティーの仕事を貰って、毒舌でキャラを作ったらこれがハマり役で世間からのウケも良くとんとん拍子で有名人になれた。
だが、自宅に帰ると玄関に見知らぬ男性が立っていて私に近づくと静かにナイフで私を刺した。
アイドル時代のファンかも知れない。
突然の事で、怖くて動けない私は何度も刺されて意識を失った。
主人公の時田香澄は殺されてしまう。
気がつくとダンジョンの最下層にポイズンキラーとい魔物に転生する。
自分の現象を知りショックを受けるが、その部屋の主であるリトラの助言により地上を目指す。
ダンジョンの中で進化を繰り返して強くなり、人間の冒険者達が襲われている所に出くわす。
魔物でありながら、擬態を使って人間としても生きる姿や魔王種への進化を試みたり、数え切れないほどの激動の魔物人生が始まる。