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まほろ よろず祓い屋
よろず屋の拾われ子
天や神が、人を助けるというような意味があるのだという。
佑という名を貰った日。
この世のものとは思えぬものを見た。
澄んだ水面を思わせる瞳、夜明け前にわずかに現れる空のような髪。
気を失う前に見た幻のようなものだったのかもしれない。
夢か現かそれすらも、記憶が欠けてわからない。
彩り豊かな粉が並べられている。
仕切りのされた木箱の中だ。
元が何であるのか実はよく分からないのだけれど、それらを混ぜ合わせ、呪いをかけると、抜群に効き目のある薬になる。
先程まで小分けにしていた薬包を一つ手にとって、佑は水神様のご加護をと心を込めた。
胸と両の手がほわんと温かくなる感覚が好きだ。
合わせた手をそっと開けば、薬包の表面に薄っすらと印が浮き上がる。
上手くいった証だ。
ふぅっと息を吐き出し、別の一つを手にとる。
繰り返し、最後の一つを仕上げた頃には室内は朱に染まっていた。
「お?もうそんな刻限かぁ…」
薬包の山をちらっと見やり、手元の印入りを天辺に置く。
別段頼まれたわけではない。
ただ世話になりっぱなしというのが、性に合わないだけだ。
ここは失せ物捜索、文の代筆、薬の調合、何でもござれのよろず屋である。
ここの店主は、真保呂という男。
日がな一日庵に篭って、妙ちきりんな道具をこさえている。
顔は良いが、少々風変わりな男だ。
記憶を無くし邸の前で途方に暮れていた自分を、拾ってくれた男でもある。
まあ正確に言えば、ここの所有者である方は別にいる。
真保呂はその所有者である基辰様に、佑を置いてくれるよう口利きしてくれたという事なのだが…
真保呂も大概世話焼きだと思うのだが、基辰様は更に輪をかけてお人好しな気性だ。
次から次へ求められただけ与えてしまうものだから、薬包があり過ぎて困るという事はないだろうと踏んだのだ。
それにしても、もう日が傾いたというのに額や首筋にはじっとり汗が滲んでいる。
ああ、そうだ喉が渇いていたんだった。
思い出したように手を伸ばし、空の水差しにがっくり肩を落とす。
佑自身も熱中すると、いろいろ後回しになってしまうからいけない。
ふたりのことをどうこう言えないなと手の甲で汗を拭い、どれ水でも汲んで来ようかと手をついた。
ついでに灯りも用意して、庵に篭った真保呂の様子もと、あれこれ巡らせる。
「おや、捗りましたな…」
低く穏やかな声がした。
それと同時に気配を感じる。
「…さ、佑殿」と、立ち上がろうとついていた手元にスッと水の満たされた椀が差し出された。
振り返った先には、壮年の男の姿。
「あ…司羅貴さん」
切れ長のキリリとした目が、こちらに目を止めるなりやんわりと細められる。
「有難うございます。ちょうど喉が渇いてたものだから助かります」
礼を述べ、小首を傾げる。
そういえば、いつから居たのだろう。
そう思いつつ顔を綻ばせた佑に、司羅貴と呼ばれた男は「それはなにより」と目尻の皺を一層深くした。
なんにしろ、有難い。
椀に手をかけさっそくごくごく飲み干していると、今度は司羅貴の背後からぽちゃりとした童が顔を覗かせた。
「あ、あの。佑殿…」
柔らかな響きの高い声。
司羅貴もそうだが、ここの邸の住人は皆神出鬼没だ。
「あれ?御嵩。そんなところに居たの?」
声をかけると童はしばらくモジモジとして、やがて司羅貴の背後からぴょこんと姿を現した。
「どうしたんだい?」
「あのぅ、そろそろ何か口にされませんか?だってゆうべ粥を召し上がられたきりですし…真保呂様も佑殿も、食事を摂るのはとっても大事な事なんですよぅ。なんで忘れるのか私にはさっぱりですよぅ」
そう言って、司羅貴の背後から夕餉の乗せられた膳を二つ引っ張り出す。
どこから出したんだといつも思うのだが、大抵内緒ですよとはぐらかされてしまう。
とはいえ、良い匂いだ。
「どれも美味しそうだね。お腹の虫が鳴きだしそうだよ。いつも有難う」
「…んふふ、良かったです」
佑の前に膳を置くと、御嵩はぷにぷにした自身のほっぺたを両の手で挟んで、焼き物が特にお勧めなのだと嬉しそうに告げる。
それから拗ねたように口を尖らせた。
「真保呂様も佑殿くらい褒めてくださいましたら、張り合いがでますのに…」
「熱中されると食事を摂ること自体忘れてしまいますからな、あの御方は…」
そう言って、御嵩から受け取った膳を二つ重ね持ち立ち上がる。
司羅貴の去った後には、膳がもう一つと、その奥に飾られた大きな丸い鏡が一つあるのみだ。
どこから?と、首を傾げつつ。
「いただきましょう」という御嵩の声に、佑は頷いた。
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