まほろ よろず祓い屋

春きゃべつ

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まほろ よろず祓い屋



岩とぶつかり清水が涼やかに流れ落ちる。
木々に囲まれたごく小さな滝だ。
日がてっぺんを通り過ぎた頃であっただろうか。
滝壺の淵にしゃがみ込んでいた青年が、波紋を広げ続ける水面からふと顔をあげた。
視線の先には、黒犬の姿がある。
いつからその場所に居たのかはわからないが、その黒犬は滝壺の中央、水面からわずかに突き出た大岩の上に居た。
青年が首を傾げ軽く会釈をしてみせると、黒犬は一瞬戸惑うような素振りをみせる。
それから、探るように「たつみ様でございますか?」と問うた。
渋みのかかった男の声だ。
巽と呼ばれた青年は、ゆったりと頷き「貴方は?」と問い返す。
喋る犬に驚く様子はまるでない。
黒犬は滝壺の水面に点在する岩を伝い青年の前まで歩み寄ると、その場へ座して辞儀をするように頭を下げた。

「斗真と申します。現世うつしよへの干渉者を見定める為、あちらこちらと渡る宮の使神つかいがみにございます」

「とま殿…。宮の使神つかいがみ殿が、私に何用か?」

「お耳に入れたい事があり立ち寄りました」

斗真はそう答え、その上で力添えを願えぬかと付け加えた。
巽は思案するように、水面へ視線を落とす。
再び視線を上げると、彼はまずは聞きましょうと先を促した。

現世うつしよの都で、ここしばらく神隠しが相次いでおります」

斗真は告げ、短い間に幾人も姿を消しているのだと続けた。

「ふらりと戻ってきた者もおるようなのですが、事情を聞こうにも…」

「記憶が…失せている?」

途切れた言葉を補うように続けた巽に、斗真は「…おそらく」と頷く。

「まるで魂が抜け出た抜け殻のような有様で、確かな事はわからぬのですが…」

「……」

会話が途切れ、両者の間に沈黙が流れる。
沈黙を破るように、斗真は鼻先をあげた。

「月魄様という名に、お聞き及びはございませぬか」

名を聞いて記憶を辿る。
いかにも人の良さそうな白髪の老人の顔が、巽の頭に思い浮かんだ。
神世に住まう月の精。
物好きな性分なのか、時折現世こちらに渡ってきては里の者らと楽しげに語らっているらしい。
そう、人伝てに聞く。

「ええ。…そのお方が?」

「宮に文が届きまして。その文には、こたびの一件を聞きつけた者が己のせいではないかと気を揉んでいると」

「……なるほど。それで仔細を伺いに向かわれるというわけですか」

頷く斗真に、巽は問う。

「……何故、私の元へ?」

「それは…ここ幾年かのうちに姿を消した者。記憶を失くした者について探っている者がいる。そんな話を思い出したのです。その者は祓屋はらいやと呼ばれておるそうで」

「…成る程」

意図を察し、再び視線を水面へ向けた。
水面に浮き上がり、先程から漂っているそれを巽は拾い上げる。

「私に出来る事ならば、お力添え致しましょう…」

ですが、と続けた。

「こちらも急を要している様子。捨て置けませぬ」

顔を上げ、こちらからも頼みがあると告げる。
それからしばらく両者は言葉を交わし、改めて待ち合わせると約束をして別れた。
立ち去る斗真の後ろ姿を見送っていると、程なくして別の気配が現れる。
慣れ親しんだ気配だ。
立ち上がり、背後に控えている側仕えの男へと顔を向ける。

「先ほどの者は、なんと…」

「話を聞きに来たそうだよ。都で起きている神隠しに纏わるであろう話を、ね」

「神隠し、でございますか」

「ああ。…今宵、月魄様の元へ向かう事になった。おまえもともに来ておくれ」

「はい」と頷く男から視線を落とすと、巽は溜息をもらす。

「司羅貴。すまないが、日暮れまでにいくつか集めて欲しいものがあるんだ」

「畏まりました。真保呂様」

無造作に束ねられた青年の黒髪が、目の前を通り過ぎていく。
その様子を目で追いかけながら、庵に戻るその背に司羅貴は続いた。
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