まほろ よろず祓い屋

春きゃべつ

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まほろ よろず祓い屋

月宮の夢番



緩い螺旋らせんを描きながら月に届かんとしている様子は、さながら浜辺に転がった巻貝のようだ。
大小様々な島が連なり、それらは螺鈿細工らでんざいくの如き空に浮かんでいる。
螺旋の頂には、柔らかな光を放つ社殿があった。
社殿の廻廊かいろうを囲む勾欄こうらんの隙間から、島と島を繋ぐ丹塗にぬりの唐橋を見下ろす者がいる。
漂う白塊達によってぼんやり照らし出されたその橋を眺めながら、その者は夢見心地に息を吐いた。

「……っ!?」

しゅるり。
視界に入ってきた白いもさもさを、両前脚ではしっと掴む。
驚いて思わず捕まえてしまったが、どうしたものだろうか。

「…げ、月魄げっぱく様」

子狸の姿で、小那は振り返った。

「……これは、何です?」

「ふむ?それは玉響たまゆらじゃな…」

白い塊を捕まえたままたずねる弟子に、月魄はそう答えた。
ともに来客を待っていた青年が、その問答を聞き目を向ける。
斗真と言う名の青年だ。

「たまゆら……」

「……夢番じゃよ」

「ゆめばん……?」

月魄の言葉を繰り返し、小那はそういえばここに来る前にも似たような物が漂っていたのを見たなと思い返す。

「ゆめばんとは…なんです?」

初めて渡ってきた神世かみよという場所は、どこをとっても物珍しいことばかりである。
小那は、両前脚の中の白い塊を見つめた。

「はて。……夢番と呼ぶようになったのは、いつからであったか。ここは数多あまたある月宮つきみやのうちの一つでな。そやつは、この月宮の番をしておる精霊なのだ」

「番を…」

然様さよう。…たしか現世あちらでは、ばくなどという名で呼ばれておったかの」

月魄の言葉に斗真が頷く。

「なんでも悪い夢を喰ろうてくれるのだとか。海の向こうの国に伝わる神獣と、人の世には伝わっておるようですな」

「悪い夢を……」

どうやら夢の番をする者という意味で、夢番と呼ばれているようだ。
それならば、先ほどのたまゆらというのは…

「…では。たまゆらというのが、この者の名なのですか」

うんうん唸りながらたずねる小那を見て、月魄が少し混乱させてしまったかと顔をくしゃりとさせる。

「あぁ、いや。…なんと申せば良いかの。…名ではあるが、個々を表すものではないのだ。元は日宿ひやどしの勾玉、月宿つきやどしの勾玉が、触れ合い立てた音から生じた精霊でな。音に集い、穢れを喰らい、場を清浄なものに整える」

まるで寺の和尚が小坊主に説法を説くようにゆったりと語る。
すると、斗真が現世うつしよの都で耳にした話から思うにと続けた。

「おそらく神世こちらに迷い込んだ者が穢れを払われ、現世あちらで目を覚ましたのでしょう。悪夢を喰らう神獣とされるのは、神世かみよの記憶がわずかに残った故でしょうな」

月魄と斗真の会話を聞きながら、小那はほんの少し首を傾げた。

「という事は……ばくとは、このような丸い形をした獣なのでしょうか?」

丸い獣なら他にもたくさんいそうなものだけれどと、天を仰ぐ。

「いいや。それは見慣れぬ者に警戒して丸まっておるだけ。そのうち正体を現すはずじゃよ」

目を細め笑む月魄から視線を外し、勾欄の隙間から覗く白塊達の漂う橋を再び見下す。

「ではあれも、今は丸まっているだけなのですか?」

周りに浮いている白塊達もたまゆらなのだろうか。
小那の疑問に、月魄はたっぷり蓄えられた白い顎髭を扱きながら、うーむと唸り声をあげた。

「今は丸まっておるだけなのか…か」

丸くぼんやり光るそれらは、子狸姿の弟子が言うように、玉響の今の状態に似ているともいえるだろう。

「…ふむ。なかなか言い得て妙じゃな。だがあれは、形こそ似ておるが玉響ではないぞ。神世こちらに迷い込んだ者達で、肉体は現世うつしよにある。眠りの中におるもの、死地を彷徨っておるもの、様々じゃ」

ならば人魂のようなものかしら。
さらに小首を傾げる小那に、今度は斗真が答える。

「なにも人に限ったものではないのですよ。獣だって夢は見るでしょう?」

言われてみればそうか。
こくりと頷く。
だけれど、一つわかったと思うとすぐさまあらたな疑問が生まれてくる。
あの白塊達の大半が夢を見ているのだとすれば、たまゆらは彼等が眠る度に穢れを喰らうのだろうか?
人の世には、人も獣もそれこそ山ほどいる。
たまゆらを両前脚で抱えたまま、小那はふるふると頭を振った。

「そんなに沢山穢れを喰らって、たまゆらは平気なのでしょうか?人も獣も沢山おりましょう?」

腹がはち切れてしまわぬかと心配する小那に、斗真も月魄も思わずといった様子で口元を綻ばせる。

「いやいや、平気じゃよ。喰ろうた分、使うておるからのう」

「使う?」

「ああ、そうじゃ」

だから安心せいと頷いて、それにと先を続ける。

「神世に迷い込んだ者が、必ずしもこの月宮に辿り着くというわけでもないからの」

「ええ。月宮一つをとっても、神世には数多ありますからな。それこそ玉響も数多おりましょう…」

一旦言葉を区切ると、斗真は小那の方へと身体を向けた。

「…小那殿は、変化の術を使われるでしょう?」

「あ、はい」

改まった口調で問いかけられ、頷く小那も姿勢を正す。

「その折、何が必要と思われるか?」

「え、えぇと。…妖力でしょうか?」

小那の出した答えに、斗真が小さく頷く。

「…それは、才の部分に当たりますな」

外れてはいないが、言わんとしているところとは少しだけ違うようだ。

「獣や物や人が、現世うつしよの者に影響を及ぼす為には、元々持っている妖力、霊力のうりょく媒体どうぐも必要です。なれど、それとは別に、源となる燃料ちからが必要となるのです」

斗真の話に耳を傾けていると、月魄が同意するように頷いた。

「それは神世の者とて同じこと。…願いや信仰心。様々ではあるが、形のないものから得ておるのう」

それまで穏やかに語っていた表情が、ほんの少しだけ険しいものになる。
一つ息を吐くと、月魄は「だがな…」と続けた。

「……なかには、大切な記憶や生魂までを喰らう悪食あくじきもおる。それも己の力を得る為だけにの。そうした者は、喰らい続けるうちに狂うていく…」

「そうなると……自我はなくなり、やがては化け物と成り果てる」

月魄の言葉を引き継ぐようにぽつりと付け加えると、斗真は目を閉じ眉根をわずかに寄せた。

「こたび、小那殿が見たという老婆。亜久理あくりという名の妖が化けておったのやもしれませぬ」

「あくり……」

「ええ。鏡の奥に誘い込んでは記憶を喰らう。悪さができぬようにと奴の一部は封じられたのですが…」

やはりあれでは手緩かったやもしれぬと、斗真が表情を曇らせる。
なんとも言えぬ重い空気が、辺りに漂った。
もぞもぞ…

「……?」

両前脚の間だ。
何事かと視線を落とすと、丸まっていたはずのたまゆらが姿を変えていた。
大きさはさほど変わらないが、もふもふとした鞠のような代物から、頭と脚と尻尾が飛び出ている。
面長の顔につぶらな瞳。
耳は小ぶりで丸くまるで子熊のよう。
顔のまわりはもこもことした毛に包まれ、尾っぽは先の方だけがふさふさとしていた。
たまゆらは何かに注目している様子だ。

「うわぁ…」

視線の先をつられるように見上げ見下ろし、小那は感嘆の声をもらした。
螺鈿の如き空には、碧瑠璃色へきるりいろの龍が…
星々を映す水面には、白い大蛇が…
優雅に泳いでいた。
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