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まほろ よろず祓い屋
来客を待つ
丸二日動き通しだったせいか、ここにきてふとした折に睡魔が波となって押し寄せてくる。
これでは別天地の来客を迎える前に、己が夢の世界へ旅立ちかねない勢いだ。
立ったまま意識を手放しそうになるのをぐっと堪え、佑は滝壺の上に昇った月を見上げた。
人ではない存在。
人の世と人ならざる者の世とを結ぶ場所。
本当にこのような場所から現れるというのだろうか?
本当に現れたとして…
ふと思う。
昨夜の使いの折にも思ったが、このような刻限に外へ出るというのは不思議なものだと。
『迎えにいこうか』
帰参した司羅貴が報告を終えると、真保呂はその場にいた皆にそう告げた。
今思えば佑を同行させようとしている真保呂に、司羅貴は少し驚いていたように思う。
司羅貴もまた、真保呂の様子がいつもと違うと思ったのだろうか?
それとも単なる思い過ごしか。
何処とはなしに眺めていた星空から、滝壺の前で同じく客の到来を待つ司羅貴へと視線を向ける。
それから傍らに立つ、すっかり見慣れた養い親の顔を伺い見た。
真保呂の声が、未だ消化しきれぬまま頭の中で悶々としている。
いつも通りの飄々とした表情…
『私は反対だ…』
はじめて見る表情だった。
少なくとも、佑は真保呂のあんな表情ははじめて見た。
教えてくれとせがんだのは、こちらだけれど…
睡魔を追い払うように、頭を軽く振る。
それにしても。
一度で理解するには奇想天外過ぎた。
呪いの事や、神出鬼没な住人達。
思い当たる節はある。
むしろ佑にとっては、これまで疑問に思っていた事が結果としてわずかにだが知れた。
祓屋の事、呼札の事、香涼の事。
渋々ながらも真保呂は教えてくれた。
教えるまで諦めなさそうだと思ったのだろう。
それがわかるくらいには、ともに過ごしてきたという事だ。
佑には過去の記憶がない。
正確には、邸の前で死にかけていたところを拾われるまでのだ。
目覚めた時には、それ以前の記憶はすっかり抜け落ちていた。
生死の境を彷徨っていたと聞かされていたし、記憶がないのは一時的なものかと思っていたのだが…
未だ、戻る気配すらない。
すっかり元気になった佑が、基辰様の別邸に未だ置いてもらっている理由の一つがそれだ。
つまり、他に行くあても戻る場所もないという事である。
せめて何か役立てる事を。
そう思うのだが、佑が祓屋の依頼を手伝う事を真保呂は渋っているようだ。
厄災事を引きつけやすい体質。
どうやらそのように考えているようである。
真保呂曰く、祓屋の依頼はよろず屋の依頼と違い人でないものと対峙する事が多いという。
真保呂からすれば、佑が自ら厄災事の渦中に飛び込もうとしているように見えるのだろう。
真保呂だけではなく、司羅貴も御嵩もそうなのかもしれない。
少なくとも皆、佑の身を按じてくれている。
それはわかっているのだけれど、自分一人が知らぬままぬくぬくと蚊帳の中にいるのは嫌だ。
だからあの時、除け者にされたくなくて何がなんでも手伝うつもりだと言い捨てそっぽを向いた。
『私は反対だ…人は脆い…』
返ってきたのは予想外に大真面目な真保呂の声音で、思わず振り返った。
困り顔、呆れ顔…単に心配しているだけとも違う、なんとも言えない表情をしていたように思う。
それ故に、どうしていいものかわからなくなってしまったのだ。
困らせてしまっているのだろうか…
これは、我儘なのだろうか。
『何が起こるとも知れないからね。こたびの相手は人ではなさそうだ。反対だよ。…けれど、引き退る気はないのだろう?』
何も言えぬままそうしている間に、いつもの調子に戻った真保呂が笑む。
あの表情は…
すっかりいなくなった睡魔をもう一度追い払うように頭を振って、佑は滝壺の水面から突き出た岩に視線を戻す。
「あ……」
そこにはいつの間に現れたのか、白髪の老人とその背に隠れるようにして立つ童の姿があった。
彼らが別の石に飛び移ると、程なくして黒い犬の姿がすぅっと現れる。
人の世と人ならざる者の世とを結ぶ場所。
見えない境界線の存在を佑は感じた。
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