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第四話
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心地好い快感に満たされながら、彼に両手を伸ばすとしっかり握り返された。その安心感からか快感はより大きく深くなる。
「んっ、あっ、あぁ……んっ」
早くなる腰の動きに彼も限界が近いことが分かった。
二人で荒い息を吐く息遣いと、クチュクチュと卑猥な音が部屋に満ちている。
「あっ、ダメッ、イキそう……。一緒にイキたいっ……」
彼の手をぎゅっと握って、顔が見たいのに気持ちよくて目を開け続けるのが難しかった。
「俺も、出そうっ。俺も一緒にイキたいっ」
同じところを変わらぬスピードで突かれ、我慢できないくらいに快感が高まる。
「あっ、イクイクッ、イクッ……」
身体中を快感の波が駆け抜ける。
「出るっ」
そこに彼が熱いものを吐き出し、ぴくぴくと出しながら跳ねるモノに反応して私の体も跳ねる。
深く長い快感は徐々に引いていき、濃い余韻がじんわり残る。彼がぐったりと私に覆いかぶさる。触れる肌が熱い。私の上で出し切って息を整える姿が愛おしい。
「愛してる」
私の言葉に彼の体が強張った。あっと思ったがもう遅い。
肘をついて顔を上げた彼が私を見つめる。片手で私の頭を撫でる。私の目から涙が溢れ、彼の目からも雫がこぼれて私に降りかかる。
「菜乃葉、俺も愛してる」
彼が心なしか薄くなってきている気がした。
「ごめんなさい」
まだ外は暗い。私が口走らなければもっと一緒に居れたのに。バカバカバカ。あんなに気を付けて言葉を選んで、しゃべることを我慢していたのに。
「菜乃葉がいってなくても、俺が我慢できなくていってたよ。菜乃葉からいってくれて嬉しかった」
あまりにも優しい声。もう聞くことができなくなる大好きな声。彼の体温も重さも感じなくなってきた。
「菜乃葉に出会えて俺は幸せだった。楽しかった。見守ってる。待ってる。誰よりも愛してる。菜乃葉が幸せならそれでいい」
ただでさえ涙でぼやけているのに、彼の顔がうっすらとしか見えなくなってきている。その顔に触れようとしたが、そこに感触はない。
「私も幸せだった。誰よりも愛してる……」
いえたのはそれだけだった。彼は微笑みながら私に触れることのできないキスをして消えてしまった。
声を出して泣いた。叫ぶように泣いた。彼をもう抱きしめることも、彼に抱きしめてもらうことももうできない。
泣きじゃくって泣きじゃくって、気がつけば眠りに落ちて朝になっていた。
目が腫れぼったい。体がだるい。喉がすごく乾いている。
あれは夢だったんだろうか。それとも幻覚か。
全裸で寝ていたことと、びっしり書き込まれた遺品整理のメモだけが現実だった。
もう少しだけ頑張って生きてみようと思う。
空の上の彼が心配して、見ているだけなんて歯がゆいとやきもきしないように。安心して見守ってもらえるように。
でも、彼が私と交わしたかった約束は守れない。
最後の約束は守るよ。無理はしない。一人で抱え込まず、誰かと助けあって生きていく。でもそれが配偶者とかじゃなくてもいいよね。私は彼以外を愛したりしない。
私は昨夜のとろけて全てが混ざりあったようなセックスを人生最後のセックスにすると決めたんだから。
彼と最後にセックスをしたあの夜から長い年月が経った。
五十と数年、私はよく生きた。彼が亡くなってからも二十年近く生きちゃったのかとふと思う。
私の決意は揺らぐことなく、けれどもたくさんの人に頼り支えてもらい、時には支えながら無理せず生きてきた。
もう少しくらい生きるつもりだった。けれども病魔には勝てそうになく、私は無理して戦わずに受け入れ、苦しみの少ない治療を選ぶことにした。
両親は数年前に他界し、私は一人になった。それでも今私のベッドの周りには今までお世話になった友人家族が看取りに来てくれている。
そんなに泣かなくてもいいのに。
かすんでいく意識の中、やっと彼に会えると思うと死はあまり怖くない。いや、やっぱり少し怖い。ちゃんと迎えに来てくれるかな。そんなことを思っていると意識が完全に途切れ暗闇に飲み込まれた。
「思っていたより随分早いじゃん。もっとゆっくりでよかったのに」
目を開けると彼がそこにいた。亡くなった時の姿ではなく、出会った頃の若い姿で。
「ちゃんと待っててくれたんだ。約束守ってくれて嬉しい」
「菜乃葉は守ってくれなかったけど」
「守ったよ。一人で無理して生きてこなかったでしょ? はるちゃん以外を好きになるなんてできないよ」
「うん、知ってた。菜乃葉にしてはよくやったよ。えらい」
優しく頭を撫でてくれた彼は手を差し出した。私はその手を握り、彼に引かれるままに歩き出す。伸ばした私の手は年相応に張りを失っていたものではなく、白く張りのある若い頃の手だった。
ここからまた彼と始めていくんだ。そう思った。
彼がいれば何も怖くない。ここでまた一緒になれたんだから、何かあって離れることがあっても、また出会い続けることができる。そんな気がした。
「んっ、あっ、あぁ……んっ」
早くなる腰の動きに彼も限界が近いことが分かった。
二人で荒い息を吐く息遣いと、クチュクチュと卑猥な音が部屋に満ちている。
「あっ、ダメッ、イキそう……。一緒にイキたいっ……」
彼の手をぎゅっと握って、顔が見たいのに気持ちよくて目を開け続けるのが難しかった。
「俺も、出そうっ。俺も一緒にイキたいっ」
同じところを変わらぬスピードで突かれ、我慢できないくらいに快感が高まる。
「あっ、イクイクッ、イクッ……」
身体中を快感の波が駆け抜ける。
「出るっ」
そこに彼が熱いものを吐き出し、ぴくぴくと出しながら跳ねるモノに反応して私の体も跳ねる。
深く長い快感は徐々に引いていき、濃い余韻がじんわり残る。彼がぐったりと私に覆いかぶさる。触れる肌が熱い。私の上で出し切って息を整える姿が愛おしい。
「愛してる」
私の言葉に彼の体が強張った。あっと思ったがもう遅い。
肘をついて顔を上げた彼が私を見つめる。片手で私の頭を撫でる。私の目から涙が溢れ、彼の目からも雫がこぼれて私に降りかかる。
「菜乃葉、俺も愛してる」
彼が心なしか薄くなってきている気がした。
「ごめんなさい」
まだ外は暗い。私が口走らなければもっと一緒に居れたのに。バカバカバカ。あんなに気を付けて言葉を選んで、しゃべることを我慢していたのに。
「菜乃葉がいってなくても、俺が我慢できなくていってたよ。菜乃葉からいってくれて嬉しかった」
あまりにも優しい声。もう聞くことができなくなる大好きな声。彼の体温も重さも感じなくなってきた。
「菜乃葉に出会えて俺は幸せだった。楽しかった。見守ってる。待ってる。誰よりも愛してる。菜乃葉が幸せならそれでいい」
ただでさえ涙でぼやけているのに、彼の顔がうっすらとしか見えなくなってきている。その顔に触れようとしたが、そこに感触はない。
「私も幸せだった。誰よりも愛してる……」
いえたのはそれだけだった。彼は微笑みながら私に触れることのできないキスをして消えてしまった。
声を出して泣いた。叫ぶように泣いた。彼をもう抱きしめることも、彼に抱きしめてもらうことももうできない。
泣きじゃくって泣きじゃくって、気がつけば眠りに落ちて朝になっていた。
目が腫れぼったい。体がだるい。喉がすごく乾いている。
あれは夢だったんだろうか。それとも幻覚か。
全裸で寝ていたことと、びっしり書き込まれた遺品整理のメモだけが現実だった。
もう少しだけ頑張って生きてみようと思う。
空の上の彼が心配して、見ているだけなんて歯がゆいとやきもきしないように。安心して見守ってもらえるように。
でも、彼が私と交わしたかった約束は守れない。
最後の約束は守るよ。無理はしない。一人で抱え込まず、誰かと助けあって生きていく。でもそれが配偶者とかじゃなくてもいいよね。私は彼以外を愛したりしない。
私は昨夜のとろけて全てが混ざりあったようなセックスを人生最後のセックスにすると決めたんだから。
彼と最後にセックスをしたあの夜から長い年月が経った。
五十と数年、私はよく生きた。彼が亡くなってからも二十年近く生きちゃったのかとふと思う。
私の決意は揺らぐことなく、けれどもたくさんの人に頼り支えてもらい、時には支えながら無理せず生きてきた。
もう少しくらい生きるつもりだった。けれども病魔には勝てそうになく、私は無理して戦わずに受け入れ、苦しみの少ない治療を選ぶことにした。
両親は数年前に他界し、私は一人になった。それでも今私のベッドの周りには今までお世話になった友人家族が看取りに来てくれている。
そんなに泣かなくてもいいのに。
かすんでいく意識の中、やっと彼に会えると思うと死はあまり怖くない。いや、やっぱり少し怖い。ちゃんと迎えに来てくれるかな。そんなことを思っていると意識が完全に途切れ暗闇に飲み込まれた。
「思っていたより随分早いじゃん。もっとゆっくりでよかったのに」
目を開けると彼がそこにいた。亡くなった時の姿ではなく、出会った頃の若い姿で。
「ちゃんと待っててくれたんだ。約束守ってくれて嬉しい」
「菜乃葉は守ってくれなかったけど」
「守ったよ。一人で無理して生きてこなかったでしょ? はるちゃん以外を好きになるなんてできないよ」
「うん、知ってた。菜乃葉にしてはよくやったよ。えらい」
優しく頭を撫でてくれた彼は手を差し出した。私はその手を握り、彼に引かれるままに歩き出す。伸ばした私の手は年相応に張りを失っていたものではなく、白く張りのある若い頃の手だった。
ここからまた彼と始めていくんだ。そう思った。
彼がいれば何も怖くない。ここでまた一緒になれたんだから、何かあって離れることがあっても、また出会い続けることができる。そんな気がした。
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