それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和

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 なんだか絵本にありそうな話だった。
 要は山賊に襲われて困っていた村をねこの神様が助けてくれたってことか。
 よくある話だな。きっと腕の立つ誰かが山賊退治をして、その話が回り回って伝説になったんだろう。付いたのは尾びれ背びれじゃなく肉球と尻尾みたいだが。
 看板には山賊達を倒す猫神の絵が描かれている。
 火を吹き、尻尾で絞め、口で山賊を咥え、爪を振るってケチな村長を凪いでいた。
 人と比べるとかなり大きい。これじゃまるで虎だ。いや、虎より二回りは大きかった。
 神にしては可愛げがない。どちらかと言うと化け物だ。
 実際嘘をついたって理由で村長まで殺している。
 貧しい村みたいだし、ネズミを捕ってくれるねこは重宝したはずだ。その感謝を伝えるため神様にしたって説もありそうだな。
 どちらにせよ子供騙しだが。
 こんなのが小説のネタになるんだろうか? なったとしてもどんな読者が読むんだ?
 まずい。この旅が徒労に終わる気がしてきた。
 いや。まだ分からない。それにもしつまらなくてもそれを面白くするのが作家の仕事だ。
 とにかくこれはまだ始まりにすぎない。大事なのはこの村にどんなおかしな風習があるかだ。
 自分にそう言い聞かせていると近くにタクシーが停まって女が一人下りてきた。
 年は三十代半ば。細身で髪は長く、白いノースリーブにジーンズを着て、足下はサンダルを履いていた。サングラスをかけ、キャリーケースをゴロゴロ運ぶと俺の隣で地図を見上げている。どうも場違いな女だった。
 すると看板に気付いたのか顔をそちらに向け、デジカメを撮り出した。
「すいません。それ撮っていいですか?」
「あ、はい」
 俺が後ろに下がると女はカメラを構えた。しかし撮らずに振り返る。
「あれ?」
「え?」
 女はサングラスを取って俺を見上げた。
「もしかしてなんとか四迷?」
「は? …………あ」
 それは朝陽春子だった。
「お前か……」
「やっぱり。どこかで見た顔だと思ったのよね。なんでこんなところにいるの? えっと、桜花四迷」
「有馬だ。人の名前を競馬のレースで覚えるな。それになんではこっちの台詞だ」
「あたしは面白い町があるって聞いたから取材しに来たの。あなたも?」
「……まあな」
 まずい。よりにもよって朝陽春子と取材先が被るとは。作家にとって題材が被るのは致命的だ。どれだけ先に取材をしてようが世に出るのが遅れれば先に出た作品のパクリとして認定される。
 いや、同じ出版社なら出すことすら許されないだろう。そして編集部が俺と朝陽のどちらを取るかは明白だった。
 牽制しておくか。
「俺はもう三日もここを取材してる。作品もほとんど書き上がってるからな。あとはもう仕上げるだけだ。来月には本になってるかもな」
「嘘ね」と朝陽は言った。「三日も取材してる人が入り口にある地図の前でうろうろしてないでしょ。どうせあなたも今来たばかりなんじゃない?」
 図星すぎてなにも言い返せない。もう開き直るしかないか。
「……だとしてもこの町は俺が書く」
 朝陽は呆れていた。
「そんなの決まってないでしょ。町に名前でも書いてるの?」
「書いたら諦めるのか?」
「町中に書いてくれたらね。きっと捕まるけど」
 朝陽は余裕の笑みを浮かべた。どうやら諦める気はさらさらないらしい。
「俺が先に見つけたんだぞ。こういうのは大体先の奴に優先権が認められるだろ」
「特許とかならそうかもね。でも小説で優先されるべきは面白いかどうか。あたしはあなたより面白いものが書ける。だからこの場合優先権はあたしにあるって考えるのが普通じゃない? 一度だって重版したことがあったっけ?」
 なんだこいつは? むかつくにも程がある。日本が法治国家じゃなかったら殴り倒していたかもしれない。
 いや、落ち着け。怒ったら負けだ。もっと余裕を持つんだ。
「次はするよ」
「あらそう。その次が来たらいいけど」
 朝陽はニコリと笑って猫神伝説の看板を撮り出した。
 その後ろで俺は拳を握り、歯ぎしりしながら朝陽の背中を睨んでいた。怒りとは裏腹に内心焦ってもいた。
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